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第十四話

「……ツェリにはちょっと刺激が強すぎたかねえ」

「ば、馬鹿にしないで!こんなの何てこと無いわよ!」


そう気丈に振る舞ってはいるが、繋いだ手は震えている。

暗闇でも分かるほど顔は赤く、視線もおろおろ落ち着かない。

絵に描いたような純情可憐。美味しくいただいちゃってくださいと言わんばかり。

何が何でもはぐれられないなと強く握り込む。


日が暮れたのを見計らって俺達は享楽街にやってきた。

この街の本領発揮は夜。だから今の時間では至る所でそれを感じる事となる。


豊満な体つきに秘部の見えそうなナイトドレスで客を誘う娼婦。

壁の薄い連れ込み宿から漏れるあられもない声。

妖しい道具の店の看板、道端で始まるラブシーン、事後を匂わす恋人達などなど。

慣れてない者にとっては赤面ものだ。ツェリはまさに該当する。


彼女は性的な知識には疎い、経験も俺だけだと思う。耐性なんか無いに等しい。

あの時だって全力で恥じらって……だめだ。思い出すな。そんな場合じゃない。

口に出さないようクッソ長い詠唱を唱え、熱くなった感情を萎えさせる。

探してもうだいぶ経った、ツェリにとってはこの場所は拷問だろう。

そろそろ休憩でも挟みたいが普通の宿屋なんてここには存在しないのだ。

無理矢理連れ込みダメ絶対。というかさすがの俺もそこまで進んだら理性を保てる自信がない。

やっぱりいったん街の外へ……。


「……ゲイル、どうかしたの?」

「ちょっと此処入って良い?」

「いいけど……」


路地裏への道を通り過ぎようとした時、狂った息づかいが聞こえた。

人間の耳ではわからないほど微かなもの。情事ではなさそうだ。

説明してる暇はない。それに見せた方が多分早い。

奥へ奥へ進む、袋小路の最終地点に着いた。


「……やっぱり」


予想通りの光景、男が倒れていた。

かろうじて息がある状態といった感じで意識は無いようだ。

見つけた途端、ツェリは取り乱すこともなくテキパキ診断を始める。


「魔力欠乏症ね。

 おっさん魔石持ってる?できれば青いの」

「ほいよ」


懐からお望みの品を取り出し渡す、それをツェリは男に呑ませた。

真っ青になっていた顔に血の気が徐々に戻ってくる。

呼吸も整い始めた。これでもう大丈夫だろう。

すぐに目覚めるはずだが地面に寝たままでは体に悪そうだ。

上着を脱いでそこへ男を乗せる。その際、男の体から微かに香った匂い。

後でそれも追求した方が良さそうだ。


「この人が魔法使った形跡無いわよね。

 だったら、これ……たぶんこないだの」

「だろうねえ。この青年は運が良かったんだわ。

 ……今までの被害者全員死んでるし」


聡い子だ。早速思い出してくれたらしい。

この症状はこの間ヘルマに報告した件と一致する。

依頼内容は最近相次ぐ不審死の原因究明。

被害者は成人男性。死因は禁術『生命吸収』による魔力枯渇。

他は根こそぎ吸い取られていたが、彼はかろうじて生命維持できる程度に残っていた。

それが明暗を分けた。脳にダメージを負ってなければ良いが。


「犯人の魔力は……追跡できるほど残ってないわね」

「気配も無いしとっくに逃げてるねえ、こりゃ」


肩を落とすツェリ。そんな時、男が目を醒ました。

ぼんやりとした様子で現状を理解できてないようだった。

何があったか尋ねるツェリのじっと顔を見て、男は手を叩く。


「そのバッチってハルモニアのやつだよな?

 あー、じゃあ……アンタ、あのツェリだろ!」

「そ、そうだけど。それより」

「可愛いとは聞いてたけど予想以上だな!

 胸は控え目だけど超タイプ!俺とそこの宿、ヒッ?!」


頭の真横、すれっすれの部分へ雷撃の魔法を放つ。

普通のナンパなら先にツェリがぶちぎれて唱えるんだが、

どうも野郎の発言でショックを受けて放心していた。

大人げない自覚はあるが俺は優しくない。


「おっさんの事、無視しないでくれる?」

「わかった!わかったよ!ちょっとした挨拶じゃん!

 なんでハルモニアの野郎ってそんな凶暴なわけ?!

 えーっと何があったかだっけ……覚えてないなあ、何で俺倒れてんの?」

「知らないから聞いてんじゃない」

「そう言われても……」


使えねえと舌打ちしそうだったのは咄嗟に抑えた。

立ち直ったらしいツェリがジト目で男を責める。

男は居心地悪そうにうんうん唸っていた。

仕方無い、男の発言に気になる点があった。ひとまずそれを聞こう。


「ハルモニアの野郎って俺以外は誰?」

「名前は知らねーけど目つき悪い剣士だよ。

 俺が昨夜遊んだ子、路地裏に連れ込んでた所に声かけたら……」

「はあ?!ジナムが女の子と?!ありえない!」

「嘘じゃないって!なんでか今日は男物のローブ着てたけど」

「……それって」

「あっ!思い出した!俺さっきまでその子といたんだよ!

 あの男じゃ物足りなかったのか、また誘われてさ。

 で、盛り上がってきて口付けてした後……どうなったんだっけ?」


後遺症は術前の記憶喪失だけで済んだらしい。

だからこんな脳天気に笑っているんだろう。

せっかく助かった命を無駄にされては気分が悪い。


「禁術使われて死にかけたんでしょ」

「そーそー……って、え?」

「お前さん、魔力枯渇状態だったのよ。

 その口ぶりからして例の女と接触したのは一度目じゃないよねえ。

 前の時、妙に疲れたりしなかった?」

「……そういえば変にだっるいなあとは思ったんだけど。

 もしかして……魔力吸われてた?」

「気付きなさいよ」

「最中は夢中になってるから無理だって!

 それにやったら気持ち良くてさあ。

 何回でもできたし、今回もそれで誘った訳だし」

「吸いすぎると怪しまれるから数回に分けてたんだろうね。

 お前さんから快楽依存の魔香がする。あの女に異常な性欲を抱いたのはそのせい。

 禁断症状が出ると思うけど、死にたく無かったらもうあの女には近づかない方がベスト。

 あとさ、お前が遊んだその女って……こんな色の目か?」

「ああ、赤目だったなあ」


己のものに指差して聞き出せば思い通りの返答が。そういう事か。

情報は引き出せた。もうこいつに用は無い。さっさと追い払いたい所だが。

万が一禁断症状が出てもリヒトへ被害が出ないように予防線を。


「最後にお前さん助けた時の魔石、それの料金10万G。現金一括ね」

「え?ま、まじ?冗談だよね?」

「……残念ながら嘘じゃないわよ。

 アンタ瀕死だったから強力なヤツじゃなきゃ助けられなかったし」

「そんな金無いんだけど!」

「じゃあ、これに名前書いたらチャラにしてやってもいーよ?」


二つ返事で了承する男。

身なりからして金回りがいいとは思えなかったがその通りだったらしい。

差し出したのは口封じの魔具、契約内容は念入りにびっしり書いておいた。

これでどんな事があろうとも奴は情報を漏らせない。


書き終わった男はペンを置くと走り出した。

敷いていた上着を拾い、軽く払って着用する。

うるさい男が去って路地裏は本来の静けさを取り戻した。

さっきの情報と調査結果を頭の中で照らし合わせる。


生命吸収は簡単に言えば体を交えることで相手の魔力を奪う術。

その為、犯人は女魔術師だと推測していたが、

被害者は全員死亡している為、犯人の見当が付かない状態だった。

しかも無差別殺人だったせいで動機も不明、捜査は難航している。


「ねえ、おっさん。犯人ってもしかして」

「例の偽リヒトだろうね」


けれどようやく繋がった。ツェリも気付いたか。

能力傾向からしてリヒトは魔術師の系譜である可能性が高い。

そして例の女がリヒトと何らかの血縁関係だとする。

例の女は異界の魔術師。その前提で話を進めれば謎は解ける


意図的な異世界転移は凄まじい魔力を消費する。

おそらく失った魔力を取り戻す為に例の女は犯行に及んだのだ。

なら、享楽街をうろついていた理由も説明できる。

生命吸収は必ず獲物が必要。ここは欲が集う街、狩りには最適だ。

以上が俺の推測。確認の為にツェリの解答も聞いてみたが同意見だった。


「リヒトの様子がおかしいのはそれが原因っぽいねえ。

 あの子、おっさんの目やたら怖がってたし」

「じゃあリヒトは例の女が来てるのを知ってて、

 且つ彼女があの子には恐怖の対象って事よね?」

「そう考えて間違い無いと思うよ、おっさん」

「……リヒトも私と同じなのかしら」


ぽつりと呟いたツェリは過去の経験を思い出しているようだった。

残念ながら、たぶんそれも外れていないと思う。

異世界転移は命に関わる大魔術、少しでも魔法をかじったものなら誰でも知ってる。

でもそれほどの危険を冒してでも連れ戻したいのだ。

ツェリもリヒトも彼女達の価値は魔術師にとって垂涎もの。

だからといって渡さない。きっと俺もジナムも同じ理由。


「なら止めなきゃねえ」

「え?」

「リヒトも同じ道を辿ると思うんよ。

 でもおっさんと違ってジナムは魔術使えないから、

 このままじゃ最悪の結末になる」


運命の時は近い。そう思うのはあの男に手心をかけたせい。

魔力保有量というのは一人一人決まってる。

きっと必要な魔力が揃ったのだ。近いうち行動に出るだろう。

そしてリヒトが自己犠牲を選んでしまえば、後に待つのは悲劇だけ。


「……ギルド戻るわ」

「りょうかーい」


手を繋ぐ。前を見つめるツェリの目は自信と覚悟に溢れていた。

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