第十一話
「……起きたか」
起きがけの第一声。軽くでも返事すべきだろう。
けれど想像していなかった状況に僕は反応できずにいた。
隣に彼がいたのもびっくりしたが何よりがっちりと包まれた手。
夢のあれは彼のものだったらしい。
上半身を起こす。その動作の間も終わった後も手は離れない。
「あの、ジナムさん、手……」
「気にするな」
それだけ言ってジナムさんは手を強く握り込む。離してくれる気は無いんですね。
ジナムさんはたまに強引というか頑固な所がある。
嫌では無いけれど、どうしても気になってしまう。
そちらに気を取られているうちに彼が先手を打った。
「何があったか覚えているか」
「……はい」
彼女がこの世界へ来ていることに動揺し取り乱した。
気分が悪くなって……それからの記憶が無い所を見ると気でも失ったか。
周囲を見る。ここはギルドの医務室のようだ。
専属の医師は現在募集中、かわりにツェリさんやマスターが手当してくれるが、
二人とも姿がいない所からして、今は僕達二人きりらしい。
「だから背負ってきたんだが」
「すみません、重かったですよね……」
「逆だ。軽すぎる」
眉間に皺を寄せながら彼は言った、さっきのは世辞ではなく本音だろう。
普段からあの重い剣を使いこなす彼の事だ。
僕を負ぶさる位何てこと無いんだろう。
彼を侮るような失言だったと思い返した僕は謝ろうとした。
でもその前に彼の視線に気付いて身をすくめる。そして静かに唇は開かれた。
「そのくせ、お前の背負っているものは重いようだな」
何の事だと、とぼけようとした。
でも痛い位に渇いた喉は言葉を紡がない。
まっすぐ僕を見つめる金の双眸を前に僕は黙りこむ。それが精一杯の抵抗だった。
この態度こそ肯定である、そう認識されるとわかっていても。
「僕、は」
「無理なら言うな」
こればかりは僕一人の問題なんだ、大切な人達を巻き込みたくない。絶対に言う訳には。
無駄なあがきだとしても嘘にまみれた現状へ僕は更に偽りを重ねようとした。
けれど、ただ一つ発せた言葉は彼の意思に呑み込まれる。
再び静かになった僕に代わってジナムさんが口にした。
「……お前がどう思っていても俺にはお前が必要だ、リヒト」
わかったら寝ておけ、と大きな手が僕の頭を撫でる。
背を向けて彼が医務室から出て行った。その背を見つめながら横たわる。
存在を認めてくれた、許してくれた。求めてくれた。彼のそれは僕が一番欲しかった言葉。
迷い始める心。どうするべきなのだろうか。一人で悩むしかない。
その答えは僕にしか出せないのだから。