第十話
床一面に飛び散った僕の一番嫌いな色。
その中心には。その人を呼ぶ、でも返事は無い。もう肉塊なのだから。
ヒールに踏みつけられ、気色悪い音を立て、また破片と化していく。
止めなきゃ。でも足が震えて、僕はその場から動けない。
『私と二番目が対等?笑えない冗談だわ』
つかつかと床をその高い踵で叩きながら、同じ顔の化け物は僕に近づく。
絶望を実感していく無力な僕を女は嘲笑った。
そして僕が大好きだった人を纏わせた靴で腿を踏みつけてくる。
『痛い?痛いに決まってるわよね、そうしてるんだもの。
あんたは私の道具、ペット、そして影。だって二番目よ、当然じゃない』
『二番目、何故産まれてきたか。わかってるわよね?
私がいるから、あんたは生かされてる。それ以外の価値など無い』
『あんたは私の為に生きて死ぬの。だから私以外必要無いでしょ?
感謝しなさい。ほかはちゃんとぜーんぶ壊してあげる。今みたいに』
『最後にもう一つ。しっかり覚えときなさい。
もしかしたら気まぐれで使ってあげるかもしれないけどね。
私はあんたなんていらない。だから、』
喪失感に打ちひしがれる僕へ女は現実をたたみかけてきた。
怒りと悲しみと痛み、ごちゃまぜの感情に顔が歪む。
女と同じになるよう揃えさせられた髪を掴まれ、無理矢理仰向かされた。
『誰もあんたはいらない、』
それが世界の理なのと女は呪詛のように呟く。
細められた血色の瞳、それが酷く忌々しかった。
◆◆◆◆◆◆
昔の夢、僕がリヒトになる前の記憶。
最近は見ずに済んでいたのに。
なんで今こんな事思い出してるんだろう。
(……ああ、そっか)
あの女が言う気まぐれ、終わりが来たからだ。
もしかしたらこのまま逃げきれると思ってたのに。
怒りが恐怖を無くしてくれたのは僅かな一時だけだったんだ。
やっぱりそんなに甘くないか。なら覚悟しなきゃ。
僕が元の世界へ戻れば早々にここを去るだろう。
彼女はどこまでもあの腐った世界を美しく思っているから。
でもその前に捨てなきゃ、大事なもの。
嗅ぎつけられる前に、あんな思い一度きりでいい。
全部、全部、諦めよう。そうすれば、きっと。
『お前が好きだ』
彼の告白を筆頭に数え切れない程の幸福が目の前で流れていく。
リヒトになってから手に入れた大切なもの。
無理だとわかっていても失いたくない。
(ジナムさん、僕は)
届くはずのない幸福を掴もうと腕を伸ばす。
その瞬間、あたたかいものが僕の手に触れた。