さいごの夏
私には昔から好きな人がいる。彼はいつもテストで学年一位、部活でも大活躍、平凡な私と比べるとまるで月とスッポン。私は勉強だって出来ないし、運動も得意ではない。それなのに、彼はいつも私なんかに構ってくれる。
彼と私は幼なじみだ。親同士の付き合いもあって、幼い頃からずっと一緒だった。何をするにも彼が前にいて、その後ろを私がついていく。周りの大人はその様子を『きょうだい』のようだとよく言っていた。クラスメイトには『金魚のフン』と馬鹿にされた。それでも、私はずっと、彼の後ろについていた。私は昔から、ずっとずっと、彼のことが大好きだった。
彼はいつも部活が終わってから私のことを待っていてくれる。私の方が先に終われば、私が彼を待つ。違う部活で部活終了時間も異なるためだ。彼が恋人でもない私と帰るのがずっと不思議だった。私がそれを訊くと、彼は「もう暗いし、夜も遅いから」と、顔色変えずに答えた。私は不満だった。彼は、クラスの女友達と話すときのような表情をしていたからだ。私といるときくらい、違う顔――誰にも見せない彼の本当の顔を見せて欲しかった。
毎日二人で帰っても、それ以上の関係になることはなかった。彼の中で、私はただの『幼なじみ』のままだった。季節はもう夏。私たちは受験を控えていた。彼は恐らく、県内で最も偏差値の高い学校へ進学するだろう。私はというと、私の学力を考慮すれば、恐らく近所の自称進学校へ通うことになる。
私は、彼と離れたくなかった。こんな『幼なじみ』という中途半端な関係で終わるのが嫌だった。でもそれは彼には届かない。彼はいつも前を見ている。彼はよく自分の夢を語った。彼らしい、偉大な夢だった。それを語る時はどこか遠くを見つめて、私なんかまるで眼中にない。
このままで終わってなるものか。何でも出来る彼に私を認めてもらうには、私自身が勇気を出さなければいけない。私が動かないと何も変わらないのだ。何もしないで後で後悔するくらいなら、私は何かして後悔するほうがいいと思った。 もう私を『幼なじみ』とは呼ばせない。『金魚のフン』とも言わせない。私は彼と対等に、『恋人』同士になりたい。だから、私は今日『告白』しようと決めた。
今日も一緒に二人で下校する。部活を引退した今でも、一緒に帰る習慣は変わらなかった。いつもと同じなのに、心臓が飛び出そうな感覚を覚える。手が震える。今私はどんな顔をしているのだろう。隣にいる彼は私の異変に気づいてはいないだろうか。そんなことばかりが気になって、自分が伝えたいことまで頭が回らない。
彼が振ってくれる話題に相槌を打つことしか出来ない。彼に一方的に話させているので、当然話の種も無くなり沈黙が流れる。時間がとても長く流れているように感じた。
この夏が終わり、受験が始まり、それぞれが進学してしまえば、今までのようにふたりきりになることはないだろう。思いを伝えるのはこの夏でしかいけないのだ。それを明日明日と先延ばしにしては結局思いを伝えられずに夏が終わってしまう。そうならないためにも今日思いを伝えようと決めたのだった。
いつの間にか、彼と別れる道まで来ていた。彼はまた明日、と手を振って先を急ぐ。彼が行ってしまう。それを私は眺めているだけしか出来ないのだろうか。この場で立ちすくむ私が憎らしい。動け、勇気を出せ、前へ進め。
私は何も考えず走り出していた。後ろを振り向いた彼は目を丸くしている。そして私は、彼の胸の中に飛び込んで、大泣きした。
彼は突然の出来事に驚いていたが、次第に表情をほころばせた。それは、私だけしか知らない彼の顔だった。「俺がいないと、お前は駄目だなあ」と、彼が私の頭をくしゃくしゃと撫でる。私は涙で顔を汚しながら、目を赤くさせながら、思いを伝えた。涙を流して少し楽になったのか、その言葉は自然と出てきた。
それから、彼は家まで送ってくれた。彼は、同じ学校に行けるように一緒に勉強しよう、と言ってくれた。結局彼の気持ちは分からなかったけれど、彼とはまだまだ離れられずに済みそうだ。