7話
指定された場所は健ちゃんところの物件で、おじさんが送ってくれた。
かなり改装が進んでいる。オシャレな内装だ。
壁は漆喰のようなものが塗られていて、コテで盛り上げた部分が波のように見える。
テーブルは使い込まれた木の風合いがワックスで光り、それにあわせた椅子も表情がある。
すごく居心地がいい。長居したくなる。経営側には迷惑だけど。
「こんにちは、猪瀬さん?」
「はい。河合さんですか?」
「うん。今日はわざわざありがとう」
「いえ、こちらこそ。あの、言われたポトフ作ってきました。」
「お、可愛い鍋だね。ル・クルーゼだ」
「この鍋、祖母の形見なんです」
「へぇ、おばあ様も料理が好きだったの?」
じゃぁ、こっちへと言いながら厨房に案内された。
こじんまりしているけど、使いやすそうな感じに好感がもてた。
オレンジを暖める。
「前は銀行員だったんでしょ?なんで辞めたの?」
「ケンカです。」
「ケンカ?」
「元カレが上司になって嫌がらせするもんですから、最後にブチギレ。」
「ふぅん。イジメるほど、君に惚れてたんだ。」
「えっ!」
「気づかなかったの!」
「・・・はい」
「そりゃ、相手が気の毒だ」
河合さんが蓋をあけ匂いを嗅ぐ。レードルでスープを掬う。
ポトフは好きで時々作るけど、人に評価してもらうのに作ったことはない。
なんだかドキドキする。
「ん。おいしい。」
詰めていた息を吐く。
「ハナちゃん、他にどんなもの作れるの?」
「えっと、どんなものを作りましょうか?」
カフェでは河合さんの作ったスイーツを出すけれど、ちょっとお腹に溜まるものも出したいらしい。
二人でメニューを考えるのは時間を忘れるほど楽しかった。
「河合さーん」
今行くーと声をかけ、河合さんは私に手を差し出した。
「よろしく、ハナちゃん。僕と一緒にこのカフェを育ててください。」
「こちらこそ!」
「じゃ、また連絡します。」
「はい!」
いやー、こんなにトントン拍子に話が決まって怖いわー。
オレンジを小脇に抱えて自宅へ向かう。
猪瀬ハナ。35歳。独身。職業、カフェのシェフ。