5話
--------お前、カフェで働いてみる気ないか?
健ちゃんのその言葉に、胸を打ち抜かれたような気がした。
カフェ。なんでだろう、今まで考えたこともなかった。
おばあちゃんはいい顔しなかったけど、安定した職場がよくて銀行に就職した。
おばあちゃんに育ててもらった分、家にお金を入れることしか頭になかった。
でも。でも、本音を言うと。私は調理師になりたかった。
昔から料理は好きだったし、それを仕事にできたらいいなーとは思っていた。
銀行の仕事はそれなりに楽しかったし、別に不満はなかった。
週末におばあちゃんと台所に立つだけでも、十分だった。
ふと、オレンジが目に入った。おばあちゃんの大好きなル・クルーゼ。
大事に大事におばあちゃんが使っていた、オレンジ。
「やる。」
ニヤっと、健ちゃんが笑った。
ちょっと、その顔、チェシャ猫みたいで気色悪い。
「うるせぇ。」
健ちゃんに小突かれた。
***
健ちゃんの先輩が駅前でカフェを開きたいと訪ねてきて、物件を何件か紹介して回っているとき、
手伝ってくれる人を探していると言われたそうだ。
すぐに私の顔が浮かんだけれど銀行を辞めそうもないと思っていたところに、昨日の事件だ。
渡りに船とすぐ先輩に連絡したという。
っていうか、事後承諾なんだ。小峰健太郎君。それはちょっと無責任だと思うの、ハナ。
「何が、ハナ。だ。気色ワル。」
「ん?なにか言ったかな?小峰健太郎君」
「とにかく、承諾しただろ。先輩から連絡来るから、話聞けよ。」
後先考えずに辞めたし、こっちも渡りに船だったね。
健ちゃん。ありがとう。
「俺、帰るから。煮物なんかに詰めて。」
「え、持って帰るの。ずうずうしい。」
「仕事を紹介してやったのに、その言い草?」
「おじさんとおばさんの分はあるけど、健ちゃんの分はありませーん。」
「俺のことはスルー?お前、だから嫁に・・・」
「結婚して何かいいことあるのっ!?」
くそ、健太郎。いやなこと思い出させやがって。
結婚してもしなくても、最後に女は一人だっつーの。
おばあちゃんも、一人。
おかあさんも男に捨てられて、一人。
近所の一人暮らしのお年よりも、おばあちゃんが大半だ。
だいたい、私が結婚しないのは、アンタが原因だ。
さっさと帰れ。
健ちゃんの分も詰めてあったタッパーを乱暴に渡して、外に追い出す。
なにかをゴモゴモと言っていたけど、聞こえない振りをする。
いい気分も台無しだ。二度と来るな、バカ健太郎。
今度は忘れず鍵をかける。
母屋にも、自分の心にも。