1話
おばあちゃんは、その朝、静かに眠っていた。
夕べはいつもと変わりなく、一緒にご飯を食べた。
私は会社でのできごとを取り留めなく話し、
おばあちゃんはご近所さんの日常を取り留めなく話した。
お互い、いつもの時間にはそれぞれの部屋に引き上げた。
最後に交わした言葉は、「おやすみ」。
そして、いつもの時間に起きてこないおばあちゃんの様子を見に行き、
おばあちゃんは天国へと旅立っていることを知った。
私と、この家と、【オレンジ】を残して。
*****
おばあちゃんが亡くなってから、半年が過ぎた。
両親は不仲で、私が言葉を覚えはじめた頃には離婚したらしい。
とりあえず母が私を引き取ったけど、まもなく男と共に行方をくらました。
私は乳児院行きが決定していたけれど、救世主のごとくおばあちゃんが現れ、
以来、おばあちゃんが亡くなるまで二人暮らしを続けた。
おばあちゃんは、華奢で背が小さく、今にも折れそうな身体つきの割には、
ほとんど病気らしい病気をしたことがない。めったに風邪すら引かなかった。
おばあちゃんいわく、「全ての基本は食事から」らしい。
そんなわけで、私も風邪らしい風邪を引くことなく、只今元気に絶賛計算中だ。
「猪瀬さん、それ終わったらこっちの表も集計して。」
「猪瀬さん、さっきお願いした伝票だけど、15時までに仕上げてくれる?」
「いの・・・・」
う る さ い。
どいつもこいつも、そのくらい、じ ぶ ん で や れ!
・・・などとは申せませんので、入行15年をかけて作り上げた胡散臭いスマイルを貼り付けて、殊勝に返事を返していく。
短大を卒業後、いまいちな出自の割りに地元の銀行に入行できたのは、
おばあちゃんの地元貢献度によるところが大きい。
住むところに困らないとはいえ、生活費は稼がねばならん。
あと20分で、お昼休みだ。お昼にはお弁当が待っている。
ちなみに今日のお昼は、おばあちゃんの残してくれたオレンジで作った、鶏肉のトマト煮込みだ。