Day44 矢を向けられる人たち
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/プラネタリーディフェンスチーム》
朝の会議室。
スクリーンには、昨夜のアストレアAのデータが並んでいる。
「……TCM-1の結果、最終報告です。」
若手エンジニアが指し棒でグラフをなぞる。
「予定していたΔVに対して、
実測値はおよそ“96%”。」
「誤差はマージン内、
オメガとの“狙い”も
計画通りに修正できました。」
軌道図の上で、
アストレアAの線が
ほんの少しだけ外側に膨らんでいる。
白鳥レイナは、
腕を組んだまま頷いた。
「上出来ね。」
「“100点満点”じゃないけど、
宇宙でそんなもの求めたら
かえって危ないわ。」
別の職員が、
資料を切り替える。
「一方、第二インパクター――
“ツクヨミ計画”について。」
スクリーンの隅に、小さくロゴ案。
赤い円の一部を削るような白い軌道線。
その下に「TSUKUYOMI」と英字で入っている。
「今朝、官邸から正式に
名称使用の承認が降りました。」
「内部資料・IAWN向け文書では
本日から“Project TSUKUYOMI”表記に統一します。」
レイナが軽く手を挙げる。
「名前だけ一人歩きしないように、
説明用のリーフレットも一緒に作りましょう。」
「“月の神様だからロマンチックですね”で
終わらせたくないから。」
若手が苦笑する。
「ロマンで飛ばしてる計画じゃない、ってことですね。」
「そう。」
レイナは、
ツクヨミの打ち上げウィンドウの図を指さした。
「アストレアAが
“十分に押した”場合は、
ツクヨミは出番なし。」
「押し足りない、
もしくは“割れた”場合にだけ
“二本目の矢”として飛ぶ。」
「その“条件付き”の意味を、
官邸にも、メディアにも、
これから繰り返し説明していくことになるわ。」
職員の一人が、
申し訳なさそうに手を挙げた。
「……その、説明と言えば。」
「今朝から、
レイナさんの名前が
“ツクヨミの中心人物”として
SNSでだいぶ出回っています。」
「個人アカウントに
質問やら批判やらが殺到しているようで……」
レイナは一瞬だけ眉をひそめ、
すぐに表情を戻した。
「公式の窓口を繰り返し案内して。」
「私個人宛てに来るものは、
原則スルーでいいわ。」
「ただ、“素朴な疑問”は
むしろ参考になるから、
中園さんのところと連携して
Q&Aに使えるか検討して。」
(そして“素朴な疑問”と
“ただぶつけたい怒り”の線引きも、
こっちでしないといけない。)
会議が終わるころには、
窓の外はすっかり夕方の色になっていた。
《総理官邸》
官邸のテレビでは、
昼のワイドショーの録画が流れている。
<速報:日本主導“ツクヨミ計画”とは?>
大きなフリップに、
“第二の矢 TSUKUYOMI”と書かれている。
コメンテーターが言う。
「一本目のアストレアAに続いて、
日本が主導する“ツクヨミ”という
第二インパクター計画が
正式に明らかになりました。」
「“夜の神様”の名前ということで、
“表の光と裏の月”みたいな
イメージ戦略も感じますね。」
サクラはリモコンで
一度音量を絞り、
中園広報官に目を向けた。
「反応は?」
「賛否、きれいに割れています。」
中園はタブレットをめくる。
「“よく二本目まで用意した。ありがとう”という声と、
“そんなお金があるなら補償や減税に回せ”という声。」
「それから――」
「“どうせ本当の落下地点は
もう決まってるんだろう”という、
例の陰謀論ラインです。」
サクラは小さくため息をついた。
「“全部正しい”って顔はできないわね。」
「でも、“どれも分かる”とは言える。」
藤原危機管理監が
資料を置く。
「科学チームに
かなりの負担がかかり始めています。」
「特に白鳥さんには
メディアからの照会が
集中しているようです。」
「今日の帰宅時にも、
何かあり得ます。」
サクラはしばし黙り、
ぽつりと言った。
「……矢を増やすほど、
矢を向けられる人も増える。」
「それでも、
やめるわけにはいかないけど。」
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス前》
日がとっぷり暮れた相模原。
門の外には、
取材らしきカメラと
スマホを構えた若者が数人。
白鳥レイナは
肩掛けバッグひとつで
守衛所を出た。
(今日はまっすぐ帰る。
資料は全部クラウドとロッカー。)
そう考えながら
駅に向かおうとしたそのとき、
明るすぎる声が飛んだ。
「白鳥さーん!
ちょっとだけいいですかー!」
振り向くと、
派手なパーカーに
キャップをかぶった若い男が
スマホをこちらに向けている。
横には、
小型ジンバルを持った
カメラ担当らしき人物。
(ああ、“配信系”ね。)
男は満面の笑みで続けた。
「どうもー、“終末ウォッチTV”のレオです!」
「今日はですねー、
“ツクヨミ計画の黒幕じゃないか疑惑”の
白鳥さんに
なんと直接お話を伺えるチャンスを
ゲットしちゃいました!」
画面の向こう、
ライブ配信のコメントが流れていく。
<マジで本物?>
<顔出しOKなの…?>
<落下地点言わせろ>
レイナは、
表情を崩さないように
ゆっくり言った。
「JAXA職員として、
個人での取材には答えられません。」
「ご質問があれば、
広報部を通してください。」
レオは食い下がる。
「いやいやいや、
“広報を通してください”じゃ
視聴者は納得しないんですよー。」
「みんな知りたいのは、
“本当はどこに落ちるって
思ってるんですか?”ってところで。」
スマホが
ぐっと顔に寄ってくる。
「たとえば“日本海とか太平洋とか、
ざっくりでもいいんで。”」
「“こっそり家族だけ
海外に逃がしてたりしません?”」
コメント欄が燃え上がる。
<聞け聞け>
<家族の話はやめろ>
<それ聞くのは線越えてる>
レイナは一瞬だけ目を閉じ、
はっきりと言った。
「現時点で、
“ここに落ちる”と
特定できている地点はありません。」
「毎日データは更新されていて、
“確率が高い帯”は
変化し続けています。」
「だからこそ、
私たちは“ツクヨミ”を含めた
プラネタリーディフェンスで
“地球全体”を守ろうと
準備しているんです。」
レオは笑いながら首を振る。
「いやー、
教科書みたいな答えですねえ。」
「でも視聴者が聞きたいのは、
“あなた自身はどう思ってるか”なんですよ。」
「“日本はやばいと思ってる?”」
「それとも
“本当は別の国が危ないって
知ってるけど言えないだけ”?」
スマホのレンズが、
じわじわ距離を詰めてくる。
守衛が慌てて近づいた。
「撮影はここまでにしてください。
敷地外とはいえ、
職員個人への過度な接近は――」
レオは
一歩だけ下がりながらも、
声だけは落とさない。
「最後に一つだけ!」
「“もしツクヨミが失敗したら、
誰が責任取るんですか?”」
「総理?
JAXA?
それとも――
“この人”ですか?」
画面いっぱいに、
白鳥の横顔。
コメント欄がまた荒れる。
<やめろ>
<顔出しで責任問題言うのエグい>
<でも気持ちは分かる>
レイナは、
一拍置いてから答えた。
「もし失敗したら。」
「“責任を取る人”を
探す時間は
もう残っていないと思います。」
「だから私は、
今はただ
“失敗しないように計算する役”として
自分の仕事をやるだけです。」
「それが嫌な人は、
批判してくれて構いません。」
「でも――
どうか、私の家族や
他の職員の家族にだけは
矢を向けないでください。」
声は静かだったが、
抑えた怒りが混じっていた。
レオは一瞬だけ言葉に詰まり、
苦笑いでごまかす。
「……はい、
貴重なお話ありがとうございましたー!」
「みなさん、
コメント欄で“どう思ったか”
書いてってください!」
配信が切れ、
夜の空気だけが戻る。
守衛が小声で言った。
「大丈夫ですか。」
「送迎車を回しましょうか。」
レイナは首を振った。
「電車で帰ります。」
「……慣れちゃいけないけど、
慣れるしかない類のことですね。」
内ポケットの中で、
スマホが震え続けていた。
メッセージの通知。
SNSのタグ。
“ツクヨミの魔女”“国を売った科学者”――
そういう言葉が、
小さな画面の中で渦を巻く。
(矢は、
空だけじゃなく
人にも向く。)
(それでも、
空に向けた矢を
下ろすわけにはいかない。)
彼女は小さく息を吐き、
駅へと歩き出した。
《新聞社・社会部》
夜。
桐生誠のデスクに、
例の配信の切り抜き動画が
音声オフで再生されている。
画面の中で、
白鳥が何かを答え、
最後に静かに頭を下げる。
若手記者が顔をしかめた。
「……これ、
もう“科学の批判”じゃなくて
“人間のストレス発散”ですよね。」
「コメント欄も地獄です。」
「“言ってくれてスッキリした”みたいな人と、
“そこまで言うのは違う”って人と。」
桐生は、
少しだけ間を置いて言った。
「記事にする。」
若手が驚く。
「配信の中身を、ですか?」
「全部じゃない。」
桐生は、
取材ノートを開いた。
「“ツクヨミを作る側の人間”に
世間の感情が向かい始めている、
って話として。」
「“科学者は神様じゃない”ってことと、
“的にしていいサンドバッグでもない”ってこと。」
彼はPCに
新しいファイルを開く。
『連載第4回案:
“矢を向けられる人たち――科学者バッシングの行方”』
(これを書いたところで、
配信者を止められるわけじゃない。)
(でも、“言葉の矢”の先に
実際に生きている人間がいるってことくらいは、
どこかに残しておきたい。)
画面の隅には、
JAXA広報からの短いコメントも来ていた。
『個々の職員への過度な接触・撮影は
業務への支障となり得ます。』
『それでも、
私たちは“説明をやめる”つもりはありません。』
(矢を飛ばす側も、
矢を作る側も、
矢を報じる側も。)
(みんなもう、
引き返せないところまで来ている。)
桐生は、
キーボードに指を置いた。
Day44。
オメガまで、あと44日。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.




