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100日後、巨大隕石落下  作者: 橘靖竜
第三章 人類の賭け

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Day45 シナリオツリー


《NASA/PDCOオフィス》


壁一面のスクリーンに、

“もしも”の枝が

ツリー状に広がっていた。


中央には大きく

「ASTRAEA-A」と書かれた丸。

そこから先に、

四本の矢印が伸びている。


1)命中・十分な偏向

2)命中・偏向不足

3)命中・破砕(少数破片)

4)命中・破砕(多重破片)


アンナ・マクレインが、

マーカーを手に

一本ずつなぞっていく。


「まず、一番“理想的”なパターン。」


「一本目の矢・アストレアAが

 オメガの“腰”に

 きれいにヒットして、」


「“ΔV”――

 速度の変化量が

 計画どおり入る。」


若いスタッフが補足する。


「この“ΔVデルタ・ブイ”っていうのは、

 小惑星のスピードと軌道を

 どれだけ“ちょっとだけ押したか”を

 表す数字です。」


「ミリ毎秒単位の変化でも、

 何百万キロ先では

 大きな差になります。」


アンナが頷く。


「この場合、

 オメガは地球軌道を

 “それて”通過する。」


「第二の矢は、

 “打つ必要なし”。」


ボードの1)の先に

小さく“NO SECOND”と書き込む。


「次。

 命中はしたけれど、

 “押し方が足りなかった”場合。」


アンナは2)の枝をなぞる。


「ΔVが計画より小さいと、

 オメガは“少しそれたけど

 まだ地球にかすってくる”軌道に

 落ち着く可能性がある。」


「このとき、

 第二インパクターを

 “追撃弾”として使う案がある。」


別のスタッフが資料を開く。


「日本主導の第二インパクター案――

 仮称“Second Impactor JP”は、」


「アストレアAの軌道と

 時間差で交差するように設計して、」


「“足りなかった分のΔV”を

 もう一度上乗せする

 イメージです。」


アンナは、

次の3)に丸を付けた。


「三つ目は、

 “当たって割れる”パターン。」


「これは

 DARTの時から

 最悪ケースとして

 議論されていた。」


スクリーンに

オメガのCGが表示される。

衝突点から

岩片が飛び散り、

大きめの塊が

二つ三つ残る映像。


「この場合、

 “大きい塊”は

 まだ第二インパクターで

 狙える。」


「でも“中くらい・小さい塊”の一部は、

 地球大気圏に

 突っ込んでくる可能性がある。」


若手スタッフが

苦い顔をする。


「つまり、

 “ツクヨミ(二本目)でなんとかなる”のは

 あくまで“大ボス”だけで、」


「“小ボス”や“雑魚”は

 地球側の防災で

 受けるしかない、ってことですね。」


アンナは最後の枝――4)に

赤丸をつけた。


「そしてこれが、

 一番見たくないシナリオ。」


「“当たるには当たったけど、

 細かく砕きすぎて

 “散弾”になってしまう場合。」


「この場合、

 第二・第三の矢を

 どれだけ用意しても、

 すべてを防ぐことはできない。」


室内が静まり返る。


「……第三の矢は?」


誰かが聞いた。


「SMPAGの一部には、

 “第三インパクター構想”の

 メモがあります。」


「ただ――」


アンナは

ツリーの一番下に、

小さな枝を足した。


『3rd Impactor(concept only)

 Launch window:Day25〜Day20

 実現性:極めて低い』


「時間が足りない。」


「オメガまで残り45日。」


「アストレアAと

 日本主導の第二の矢でさえ、

 時間ぎりぎりの綱渡り。」


「第三の矢を本当に作ろうと思ったら、

 今から世界中のロケットと工場と

 政治判断を総動員しても

 間に合うかどうか。」


若手がぽつりと言う。


「……RPGなら、

 ラスボス前に

 “最後の村”で装備を整える時間が

 ちゃんと用意されてるのにな。」


アンナは

目だけで笑った。


「現実は、

 “セーブポイントなしのラスボス戦”よ。」


「だからこそ、

 一本目の矢も、二本目の矢も、

 “外れてもいい”なんて

 これっぽっちも思ってない。」


彼女は時計を見た。


「TCM-1まで、

 あと数時間。」


「さあ、“狙い”を

 合わせに行きましょう。」




《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/会議室》


ホワイトボードには、

NASAと同じような

シナリオツリーが描かれていた。


違うのは、

真ん中の丸に

大きく“アストレアA”と

その横に

“Second JP(仮)”と

書かれていること。


白鳥レイナが、

まとめに入っていた。


「――というわけで、

 大きく分けて

 この四パターンです。」


「1)“当たって十分それる”なら、

 日本のインパクターは

 “打つ必要なし”。」


「2)“当たるけど足りない”場合、

 こちらの“追撃案”を。」


「3)“当たって割れる”場合は、

 “大きい破片”に対して

 “追い打ち案”を。」


「4)の“散弾化”だけは、

 どんな矢を用意しても

 完全防衛は不可能です。」


若手職員の一人が、

申し訳なさそうに付け足す。


「……つまり、

 どの案でも

 “ゼロ被害”はほぼ望めない

 ということです。」


「“大被害を中被害にする”、

 “中被害を小被害にする”――

 そういう勝負になります。」


レイナは頷いた。


「ええ。」


「プラネタリーディフェンスは、

 “ゲームオーバーを完全に消す”

 魔法じゃなくて、」


「“ゲームオーバーの確率と

 ダメージを

 少しでも減らしていく作業”です。」


「……そのことは、

 これから官邸にも

 正直に伝えます。」


スタッフたちの表情には、

緊張と覚悟が入り混じっていた。




《総理官邸・小会議室》


プロジェクターに映された

シナリオツリーを前に、

サクラはじっと見入っていた。


「……つまり、

 どのルートを辿っても

 “タダでは済まない”わけね。」


白鳥レイナが、

静かに答える。


「はい。」


「“最悪をゼロにする”のではなく、

 “最悪を少しずつマシにする”

 作業だと

 ご理解ください。」


防衛相の佐伯が口を挟む。


「“当たって割れる”ケースでは、

 日本としても事前に

 “津波・衝撃波・降灰”を想定した

 避難計画を

 大幅に上乗せする必要があります。」


「第二インパクターを打つ・打たないに関係なく、

 国内防災は

 “どのシナリオでも動けるように”

 準備しておかねばなりません。」


藤原危機管理監は

資料を閉じて言う。


「そして政治としては、

 “第二の矢を本気で作るかどうか”を

 近いうちに

 国民の前で

 明言せざるを得ません。」


「財政、

 ロケットの打ち上げ能力、

 信者による妨害行動……」


「“やる”と言えば

 必ず反発も強まります。」


サクラは、

ホワイトボードの

二本目の矢の部分を見つめた。


「第二の矢は、

 どこまで準備が進んでるの?」


レイナが答える。


「エンジンは

 既存のロケットの派生型で

 何とかなる見込みです。」


「問題は、

 “誘導”と“打ち上げのタイミング”です。」


「日本の打ち上げ能力、

 天候、

 オメガの位置、

 アストレアAの結果――」


「全部を足した上で、

 “ここしかない”という

 数日の窓を狙うことになります。」


サクラは

ペンをくるくる回しながら、

ふと口を開いた。


「……名前は、

 もう決めてるの?」


レイナが

少し驚いた顔をする。


「いえ、

 まだ“Second JP”みたいな

 仮の呼び方だけで……」


官僚たちが

互いに顔を見合わせる中、

サクラは窓の外の

白んだ空を見上げた。


「一発目は“アストレア”――

 ギリシャ神話の“正義の女神”の名前。」


「世界の矢としては、

 とても象徴的でいいと思う。」


「日本の矢は……

 そうね。」


彼女は少しだけ笑った。


「“ツクヨミ”はどうかしら。」


「月の神様。」


「太陽じゃなくて、

 “夜の側”から

 世界を見ている神。」


レイナが、

その言葉を転がすように繰り返す。


「……ツクヨミ。」


佐伯防衛相が頷いた。


「悪くない。」


「アストレアAが

 “まっすぐぶつかる光”だとしたら、」


「ツクヨミは

 “影から軌道をそっとずらす”

 イメージでしょうか。」


中園広報官が

ノートに書きとめる。


「“ツクヨミ計画”……

 名前だけ聞くと

 少し柔らかくて、

 でも日本らしさがありますね。」


「ただ、

 公表のタイミングは

 慎重にすべきです。」


藤原が確認する。


「総理。

 “ツクヨミ”という名前、

 官邸として正式に採用して

 よろしいですか。」


サクラは

一呼吸おいてから頷いた。


「採用しましょう。」


「ただし、

 公表はまだ先。」


「アストレアAのTCM-1が

 無事に終わって、」


「“一本目の矢の狙いが合っている”と

 世界が確認した後。」


「そのタイミングで、

 “日本は夜の側から

 もう一本だけ矢を用意する”と

 伝えたい。」


レイナは

その決定を胸に刻むように

小さく頭を下げた。


(ツクヨミ。)


(“月の神”の名前を借りておいて、

 失敗は許されないわね。)




《新聞社・社会部》


桐生誠のデスクには、

今日もシナリオ図が広がっていた。


「……これを

 中学生にも分かるように

 説明しろって言うのか。」


隣の若手記者が覗き込む。


「“当たる・当たらない・割れる・割れすぎる”

 って感じじゃダメですか。」


「ざっくりすぎるわ。」


桐生は苦笑しつつ、

メモを指でトントン叩く。


「でもまあ、

 基本はそれだな。」


「一本目が当たったときの

 “4コマ漫画”みたいなイメージで

 描いてもらうか。」


画面の端には、

取材メモが開いている。


『JAXA/レイナ談:

 “プラネタリーディフェンスは

 ゼロ被害を約束する魔法じゃない。”

 “最悪を少しずつマシにする作業。”』


『官邸関係者談:

 “第二の矢に

 日本らしい名前を付ける案が出ている。”』


(名前は、

 まだ書かないでおこう。)


(アストレアAだけでも

 十分に感情移入の対象になっている。)


(ここで“ツクヨミ”まで出すと、

 話が“キャラ人気投票”みたいに

 ねじれてしまう。)


桐生は、

連載第3回の冒頭を書き始めた。


『Day45。

 一本目の矢は、

 狙いを合わせるための

 最初の小さな噴射“TCM-1”を迎える。』


『その地上では、

 “当たった場合”“割れた場合”“割れすぎた場合”――

 いくつもの“もしも”が

 ホワイトボードの上に

 静かに並べられていた。』


(読者に全部を理解してもらうのは

 無理かもしれない。)


(でも、“一本打って終わり”じゃないことと、

 “それでも限界がある”ことだけは

 伝えたい。)


キーボードを叩く手が、

少しだけ早くなる。


宇宙のどこかでは今、

アストレアAのスラスターが

ほんの数秒だけ

“ふっ”と火を噴いている頃だ。


その先にある

無数の“もしも”を背負ったまま。



本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。

This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.


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