表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100日後、巨大隕石落下  作者: 橘靖竜
第三章 人類の賭け

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/61

Day51 何もなかった顔の日


《総理官邸・執務室》


壁のモニターには、

いくつものグラフが並んでいた。


・国内犯罪発生件数

・主要都市の出社率

・小中高校の出席率


どれも、

Day90前後で一度ハネ上がり、

今はほんの少しだけ

下向きに折れ始めている。


「……“最悪期は抜けつつある”と

 言えなくもない、か。」


サクラが呟くと、

警察庁出身の藤原危機管理監が

冷静に補足した。


「ええ。“統計上は”です。」


「強盗・略奪系は減少傾向。

 通報件数もピークからは落ちています。」


「ただ、

 “人が人を疑いながら生きる”空気は

 まだ街に残っています。」


中園広報官が、

別の資料をタブレットで示す。


「メディア側のトーンも変化しています。」


「Day90〜Day80は

 “世界の終わり特集”一色でしたが、

 ここ数日は

 “アストレアA応援企画”や

 “こんなときこそ日常を”という

 ソフトな企画が増えています。」


「“隕石のことを考えない時間”を

 意識的に作ろうとしている感じですね。」


サクラは椅子にもたれ、

天井をちらりと見上げた。


「……人間って、

 “ずっと怖がり続ける”のは無理だから。」


「どこかで

 “何もなかった顔”をして

 コーヒー飲んだり、

 会社行ったりしないと

 心がもたない。」


天野里香秘書官が、

小さく笑って口を挟む。


「官邸の職員も、

 “アストレアちゃんのスタンプ送ってから出勤”

 って人が増えました。」


「“あのロケット

 宇宙で働いてるなら、

 自分も遅刻できないな”って。」


藤原が一応、

釘を刺すように言う。


「ただし、総理。」


「人々が“日常モード”に

 戻りつつある今こそ、

 こちら側は“最悪シナリオ”から

 目を離すべきではありません。」


サクラは真顔に戻り、頷いた。


「分かってる。」


「アストレアAが

 うまくいっている間にしか

 出来ない準備もある。」


中園が、

新しいスライドを出す。


〈IAWN/SMPAG 次回会合 議題案(抜粋)〉


・アストレアA経過報告

・オメガ軌道モデル更新

・「第二オプション」(複数インパクター案)の扱い


「国際枠組みでも、

 “複数の矢”の議論を

 正式議題に乗せる動きがあります。」


「日本から出している技術資料も、

 SMPAGのドラフトに反映され始めました。」


サクラは、

しばし黙ってスライドを見つめた。


(世界のどこかで、

 “二本目の矢”の話が

 静かに進んでいる。)


(地上では、

 人々が“いつもの一日”を

 なんとかやり直そうとしている。)


(その両方を、

 同時に抱えながら

 進まなきゃいけないのが

 この100日なんだろう。)


「……分かった。」


サクラは資料を閉じた。


「とりあえず今日は、

 “日常に戻ろうとしている人たち”の背中を

 もう一押しするメッセージを考えましょう。」


「“怖さをごまかすな”じゃなくて、

 “怖いままで仕事に行っていい、

 学校に行っていい”って。」


里香が、

少しだけ表情を和らげた。


「はい。

 “頑張れ日本”じゃなくて、

 “今日一日でいいから”くらいの言葉が

 いいかもしれませんね。」



《地方都市・中学校の教室》


五時間目、道徳の時間。


黒板には、

先生の字でこう書かれている。


『もしも世界が続くなら

 “その先の自分”について』


「じゃ、

 “ぶっちゃけまだ未来なんて考えられない”って人。」


そう言うと、

半分くらいの生徒の手が挙がった。


女子生徒の一人が

やや投げやりな口調で言う。


「だって先生、

 “220メートルの隕石が

 当たるかも”って話なんでしょ?」


「アストレアAがんばってるって

 ニュースで言ってますけど、

 失敗するかもって

 専門家も言ってましたよね。」


「将来の夢とか言われても、

 “とりあえず来月まで生きてるかどうか”

 くらいしか考えられないです。」


教室の空気が

少し重くなる。


先生は、

黒板に新しい言葉を書いた。


『“今月まで”と“来年まで”のちがい』


「いい質問だね。」


「じゃあ逆に聞くけど、

 “今月まで”しか

 世界が続かないとしても――」


「お昼ごはん食べる?」


「……食べます。」


「じゃ、

 明日のテスト勉強は?」


「……それは微妙です。」


教室に笑いが起きる。


先生は、

少しだけ真面目な声に戻した。


「アストレアAが

 うまくいくかどうかは、

 先生にも分からない。」


「ただ一つ言えるのは、

 “科学者たちが本気で計算して、

 失敗した時のことも含めて

 準備している”ってこと。」


「で、君たちに出来るのは――」


先生は黒板を叩く。


「“もし世界が続いた場合、

 未来の自分に怒られない過ごし方をすること”だと

 先生は思う。」


「“なんであの時、

 諦めて何もしなかったの?”って

 未来の自分に責められたくないかどうか。」


前の方の席で、

静かにノートを開いていた男子が

そっとペンを取った。


(“世界が続いた場合”。)


(そんな言い方、

 考えたことなかったな。)


(“続かなかった場合”ばっかり

 想像してた。)


黒板の端には、

担任が書き足した一行。


『今日一日分だけの未来なら

 誰でも決めていい』


それは大きな希望でも

キラキラした夢でもなかったが、

「じゃあとりあえず宿題やるか……」と

思わせるくらいの重さは

確かにあった。



《オンライン会議・IAWN臨時ミーティング》


世界地図の横に、

参加国名がずらりと並んでいる。


NASA/JPL・CNEOS、

NASA/PDCO、

JAXA/ISAS、

ESA、

各国の天文台や

“スペースガードセンター”。


画面下部には

小さくテロップ。


〈IAWN:

 International Asteroid Warning Network

 =小惑星の“見張り番”の国際ネットワーク〉


議長役が、

アストレアAの最新データをまとめた

スライドを切り替える。


「……以上がDay51時点での

 アストレアAの軌道と

 オメガ側の最新モデルです。」


「“今のところ”は

 プランどおりと言ってよいでしょう。」


各国から

短い拍手の絵文字が飛ぶ。


チャット欄には、

真面目な内容と一緒に

こんな文も流れていた。


<My kids drew Astraea with a cape today.

 They think she’s a superhero.>


<Same here. Students asked me if

 she gets “space salary”.>


(うちの子はマント付きで描いた。

 ヒーローだと思っている。

 うちの学生は“宇宙給料出るんですか”と聞いてきた。)


議長が苦笑する。


「市民の皆さんの想像力は頼もしいですね。」


「ただ、

 我々の仕事はあくまで――」


そこへ、

JAXA側の代表として

白鳥レイナが口を開いた。


「“ヒーローの中身の数字を

 ごまかさないこと”だと

 私は思っています。」


「地上でアストレアAが

 擬人化され、

 キャラクターになっているのは

 とても興味深い現象です。」


「でも私たちが

 “かわいいから大丈夫”と

 計算を緩めた瞬間、

 プラネタリーディフェンスは

 ただの物語になってしまう。」


一瞬、

会議室の空気が引き締まる。


PDCO主任が

頷いて言った。


「科学者は、

 “物語の裏側で

 ずっと冷たい数字を見ている役”だ。」


「だからこそ、

 SMPAGでも“第二のオプション”――

 複数インパクター案の検討は

 止めない。」


「一本目がどれだけ

 ヒーロー扱いされていてもな。」


誰かがチャットに書き込む。


<Our job:

 prepare for the day

 when the hero misses.>


(ヒーローが外した日のために

 準備しておくのが俺たちの仕事。)


白鳥は、

その一文を見て

心の中で小さく頷いた。


(地上の人たちが

 “いつもの一日”を

 少しずつ取り戻している今。)


(その“いつも”を守る準備を

 ちゃんと進めておかないと。)



《黎明教団・オンラインチャットルーム》


<最近さ、

 職場の空気が戻ってきた気がする。

 みんな“アストレアちゃん”の話して

 笑っててさ。

 置いてかれてる感じがする。>


<分かる。

 周りが“元通り”に戻ろうとするほど、

 自分だけ世界の終わりを

 引きずってる気分になる。>


<ニュースも“希望ロケット”ばっかり。

 でも俺の借金も、

 親との関係も、

 何も解決してない。>


そこに、

モデレーターのアカウントから

セラのメッセージが固定された。


<“日常”に戻れた人を

 責める必要はありません。>


<ただ、

 日常に戻れない人も

 同じ世界に生きていることを

 忘れてはいけない。>


<あなたが

 “まだ怖い”と思っているなら、

 その怖さは

 ここに置いていっていいのです。>


<世界が“何もなかった顔”をしても、

 あなたの心まで

 無理にそうさせる必要はありません。>


画面の向こうで、

それぞれの部屋にいる人たちが

スマホを握りしめた。


アストレアAのスタンプが

飛び交うタイムラインから

少し距離を置いて、

“まだ笑えない人たち”の

静かな息遣いが

そこにはあった。




宇宙では、

アストレアAが

今日も淡々と

計算された軌道を進んでいる。


地上では、

学校のチャイムが鳴り、

タイムカードが押され、

レジの引き出しが開閉を繰り返す。


“何もなかった顔”をしようとする人と、

どうしてもそう出来ない人。


その両方を抱えたまま、

Day51の地球は

また一日、

オメガに近づいていった。



本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。

This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ