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100日後、巨大隕石落下  作者: 橘靖竜
第三章 人類の賭け

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Day52 戻りはじめる日常

《朝の情報番組スタジオ》


明るめのBGM。

大型スクリーンには、

アストレアAの可愛いイラストと

折れ線グラフが並んで映っていた。


「続いての話題です。」


司会者が、

少しだけ柔らかい表情でカメラを見る。


「“人類の希望ロケット”アストレアAの打ち上げから数日――

 世界では、ある“変化”が起きています。」


スクリーンが切り替わる。


<世界主要都市の犯罪発生件数(Day90〜Day52/Interpol集計)>


グラフは、

オメガ・カウントダウン発表直後に

一気に跳ね上がり、

ここ数日は

わずかに下向きに折れ始めていた。


コメンテーターの一人が説明する。


「略奪や強盗、暴行など、

 “どうせ世界が終わるなら”という

 空気の中で、一時は急増していました。」


「ですが、

 アストレアAの打ち上げ成功以降、

 各国から“やや減少傾向”のデータが

 報告されています。」


別の専門家が続ける。


「学校の出席率、

 企業の出社率も、

 最悪期からは少し持ち直しているようです。」


「“どうせ終わるから何をしても無駄”から、

 “まだ何か出来るかもしれない”へ――

 人々の心理が、

 ほんの少しだけ揺り戻されているのかもしれません。」


画面には、

各国の街の様子が映る。


・ロンドンのオフィス街。

 空っぽだったビルの中に、

 ぽつりぽつりとスーツ姿が戻り始める。


・ソウルの地下鉄。

 “全員マスク+無言”だった車内に、

 学生たちの小さな笑い声が戻る。


・ニューヨークの小学校。

 教室で、

 子どもたちが“アストレアA塗り絵”をしながら

 先生の話を聞いている。


テロップが重なる。


<“いつもの一日”を

 もう一度信じようとする人たち>



《東京都内・通学路》


まだ肌寒い朝。

制服姿の中学生たちが、

少し早足で歩いている。


「お前、ちゃんと学校来るの久しぶりじゃん。」


「……うん。」


男子生徒が、

照れくさそうに笑った。


「なんかさ。

 “あと90日で地球終わるかも”って聞いてから、

 マジで“勉強とか意味ある?”って

 思っちゃって。」


「それは分かる。」


隣の友達が肩をすくめる。


「でも、

 昨日のニュースでさ。」


「“アストレアAがんばってます”って

 専門家のおっさんが

 マジ顔で言ってて。」


「“あ、まだ宿題サボるには早いな”って

 思った。」


「理由そこかよ。」


笑いながら、

一人がスマホを取り出す。


画面には、

擬人化されたアストレアA――

“アストレアちゃん”のイラスト。


<今日も宇宙でお仕事中!

 地球、ちゃんと守ってくるね!>


吹き出しがゆるい。


「こういうの見てるとさ、

 “終末モードのまま家で腐ってるより、

 学校行ってダベってた方が

 まだマシかな”って

 思えてこない?」


「……うん。」


少し間をおいて、

さっきまで黙りがちだった男子が言う。


「家でニュース見てると、

 ヤバいことしか流れないじゃん。」


「でも学校行くと、

 “アストレアちゃん描いてみた”

 とか言ってるやつがいてさ。」


「それ見て笑ってると、

 ちょっとだけ怖いの忘れる。」


その言葉に、

隣の友達が

少しだけ真面目な声で返す。


「怖いの、

 忘れていいんじゃなくて。」


「怖いまま、

 とりあえず今日の分だけ

 歩くって感じじゃね?」


「……なんか今日、

 お前カッコいいな。」


「期末テスト近いからな。」


「関係ねえだろ。」


笑い声が、

いつもの朝の音に

少しずつ溶けていった。



《コンビニエンスストア・夜勤明けのバックヤード》


薄暗い休憩スペースで、

店長とアルバイトが

売上表とにらめっこしていた。


「……ここだな。」


店長が指さす。


「Day90前後の一週間、

 万引きと強盗未遂で

 グラフがガタガタになってる。」


「そりゃそうですよ。」

若いバイトがため息をつく。


「あの頃、

 “どうせ隕石で終わるんだから”って言って

 お菓子抱えて逃げた中学生とか。」


「“レジごと持ってけ”みたいな目してた

 おっさんとか。」


「マジで日本かよって思いました。」


店長は、

その時のことを思い出し

肩をすくめる。


「でもここ一週間、

 売り上げ自体は

 少し戻ってきてる。」


「深夜の“妙な客”も

 前より減った気がするな。」


バイトが、

店内から聞こえるBGMに耳を傾ける。


「ニュースでアストレアAの話流れてるとき、

 お客さんの顔つきちょっと違いますもん。」


「“終わりのカウントダウン”じゃなくて、

 “もしかしたら助かるかも”って

 空気に少しなってる。」


「まあ……」

店長はゆっくり頷いた。


「だからって、

 “もう安心”とは言えないけどな。」


「ええ。」


バイトは、

天井を見上げる。


「でも、

 “いつ強盗が来るか分かんない夜勤”から、

 “ちょっと怖いけどいつもの夜勤”に

 戻ってくれたら――」


「それだけでも

 だいぶマシです。」


店長は、

彼の言葉に

「そうだな」と短く返し、

売上表を閉じた。


(完全に元通りには戻らない。

 でも、“全部壊れるだけ”でもない。)


(その中間で、

 レジを打って、

 品出しをして、

 日付の割引シールを貼る。)


(それも多分、

 この国の“プラネタリーディフェンス”の

 一部なんだろう。)



《JAXA/ISAS 相模原キャンパス・休憩スペース》


自販機の横のテーブルで、

若手職員たちが

スマホを囲んでいた。


「見てくださいよ、白鳥さん。」


画面には、

こんな投稿が映っている。


<“アストレアちゃん今日も出社”

 #人類の希望は出勤中>


スーツ姿のOLが、

出社途中に

空を見上げている写真。


キャプションには、


<“宇宙まで通勤ご苦労さまです”って

 心の中で言ってから

 会社行くルーティンになりました>


白鳥レイナは、

紙コップを片手に

その画面を覗き込んだ。


「……いいじゃない。」


「“出社しない言い訳”に

 隕石を使うより、」


「“ロケットに負けないように行くか”って

 理由にしてくれる方が

 よっぽど健全だわ。」


別の職員が、

タブレットの画面を見せる。


「これ、内閣府の資料から回ってきました。」


<国内犯罪発生件数(Day90〜Day52)

 +出社率・登校率の推移>


レイナは目を細める。


「……減ってるわね。

 ほんの少しだけど。」


「“人類の希望ロケット”って

 あんまり科学っぽくない言い方、

 正直苦手だけど。」


「でも、

 その言葉のおかげで

 誰かが万引きをやめて、

 学校に行こうって思うなら――」


彼女は、

紙コップを持ち上げた。


「そのくらいの効果は

 あってもいいわね。」


若手が、

少し遠慮がちに聞く。


「……アストレアA、

 今のところ“順調”って

 言っていいんですよね。」


「“今のところ”はね。」

レイナは即答する。


「軌道も、姿勢も、

 推進系も。」


「でも本番は、

 まだずっと先。」


「それに――」


彼女の視線が

壁に貼られたメモに向かう。


〈第二インパクター概念検討(日本主導)〉


「こっちの“二本目の矢”の方も、

 静かに走り続けないといけない。」


「地上で犯罪が減ったり、

 子どもたちが学校に戻ったりしている今のうちに。」


若手は、

その言葉に小さく頷いた。


(人々が“いつもの一日”を取り戻そうとしている今。

 それを“本当に続けられる未来”に

 繋げられるかどうかは――)


(ここの数字と、

 宇宙を飛んでいる一本の矢に

 かかっている。)



《黎明教団・小さな集会所》


狭い部屋。

中古のモニターと、

折りたたみ椅子がいくつか。


天城セラの配信が、

小さなスピーカーから流れていた。


「……最近、“犯罪が減ってきた”

 “学校や仕事に戻る人が増えた”

 というニュースを目にします。」


「それは、とても良いことです。」


セラは穏やかに微笑む。


「人は、

 “日常”に戻ろうとする力を

 本能的に持っています。」


「アストレアAに、

 少しだけ希望を乗せて

 明日も出勤する。」


「それ自体を、

 私は否定しません。」


集会所の端で、

フードをかぶった若者が

うつむきながら聞いている。


「ただ――」


セラの声が、

少しだけ低くなる。


「“いつもの日常”に戻れた人たちの陰で、

 戻る場所を持てない人が

 まだ大勢います。」


「仕事も、

 学校も、

 家族との関係も。」


「“日常を続けられる人たち”が

 安心した顔で空を見上げるその時、」


「“日常に戻ることすら出来ない人たち”は

 どこに立てばいいのでしょうか。」


若者の拳が、

膝の上で強く握られる。


「アストレアAを応援する気持ちと、

 “この世界が続くことが怖い”という気持ち。」


「その両方を抱えている人が

 ここにはたくさんいます。」


「黎明教団は、

 どちらか一つを選べとは言いません。」


「“日常に戻れた人たち”が忘れてしまいそうな

 あなたの痛みを、

 ここでは忘れない。」


配信を聞いていた女性が、

ぽつりと呟く。


「会社、

 “このまま辞めてもいいや”って

 思ってたけど……」


「アストレアちゃんのイラスト見て、

 ちょっとだけ“もう一日だけ行こうかな”って

 思ったんですよ。」


隣に座っていた年配の男性が頷く。


「行ってもいいし、

 行かなくてもいい。」


「どっちを選んでも、

 ここに戻ってきていい。」


セラの言葉が、

安堵と不安の両方を抱えたまま

その場に座る人たちの胸に

じわりと染み込んでいく。




宇宙では、

アストレアAが

何も知らない顔で

オメガへ向かって進んでいる。


地上では、

止まっていた学校のチャイムが鳴り、

閉じかけていたシャッターが開き、

レジの音が少しずつ戻り始めた。


犯罪の数は、

ほんの少しだけ減った。


笑い声は、

ほんの少しだけ増えた。


けれど、

“元通り”ではない。


“終わりかもしれない世界”と

“まだ続くかもしれない日常”の

あいだで、


人々はそれぞれの理由で

今日を選び直していた。



本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。

This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.

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