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100日後、巨大隕石落下  作者: 橘靖竜
第三章 人類の賭け

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Day57 作戦と祈りの間


《アメリカ・NASA本部/PDCO・状況室》


世界地図と軌道図が並んだスクリーンの前で、

アンナ・ロウエルは腕を組んで立っていた。


壁際のモニターには、

“IAWN”“SMPAG”のロゴと、

オンライン会議に参加している各国の顔。


「……以上が、Day57時点での

 オメガ軌道アップデートです。」


JPL/CNEOSの担当者が説明を締めくくる。


「推定直径約220メートル。

 質量と自転のモデルは以前と大きな変更なし。

 アストレアAの設計前提に影響はありません。」


ヨーロッパ側の研究者が、

少し険しい表情で質問する。

「万が一、

 アストレアAの衝突が

 “過剰な破砕”を引き起こした場合——

 ヨーロッパ大陸への破片落下リスクは?」


アンナが答える。

「極端なシナリオを除けば、

 “致命的な広域被害”には至りません。」


「ただし、

 “ゼロ”とは言い切れない。」


言葉を選びながら続ける。


「だからこそ、

 私たちは今、

 “何もしなかった場合”と

 “アストレアAを打ち上げた場合”の

 リスクを比較している。」


「その結果——

 “まだ希望が残る側”に賭ける価値があると

 判断した。それが現在の結論です。」


沈黙。

やがて、SMPAG議長が口を開いた。

「プラネタリーディフェンスは、

 誰か一国の計画ではない。」


「“最初の矢”は、

 アメリカと日本とヨーロッパの技術が

 共同で放つものだ。」


「我々としては、

 現時点でアストレアA計画に“Go”を出す。」


画面に、“AGREED”の文字が並ぶ。


会議が切断され、

状況室に静けさが戻る。


アンナの端末が震えた。

新着メールの通知。


<件名:ASTRAEA-A 関連脅迫メールについて>


政府のセキュリティチームからの一斉連絡だった。


『一部科学者・エンジニア個人への脅迫メールが

 増加しています。』


『SNSアカウント、家族構成、自宅付近の写真を

 添付したものも確認されました。』


『不審なメール・荷物は

 必ずセキュリティ担当を通すこと。

 絶対に単独で対応しないでください。』


隣の席の同僚が、

苦笑いまじりにぼそっと呟く。

「“惑星防衛”の前に、

 自宅防衛か……。」


アンナは、

モニターに映るオメガの軌道を見上げた。


(あの岩には、

 怒りも狙いもない。)


(怒っているのは、

 地上の私たちの方だ。)


「……やることは変わらないわ。」


自分に言い聞かせるように呟く。

「計算して、

 準備して、

 打ち上げる。」


「それが、

 “この立場に座った人間”の仕事。」


決意というより、

諦めに近い静かな声だった。



《JAXA/ISAS 相模原キャンパス・プラネタリーディフェンスチーム室/深夜》


時計は、

日付が変わる直前を指していた。


ホワイトボードには、

太字のマーカーで


<Day57:

 最終ミッションシナリオ確認

 +有事想定チェック>


と書かれている。


「じゃあ最後に、

 “うまくいかなかった場合”の想定、ね。」


白鳥レイナが、

プロジェクターに映った一覧を指さした。


画面には、

“アストレアA打ち上げ中止”

“ロケット上昇中トラブル”

“オメガ到達前に通信途絶”——

いくつもの嫌な言葉が並んでいる。


若手職員が、

ペンをくるくる回しながら言う。

「これ、

 本当に全部読み上げるんですか。」


「読みたくないですけど。」


「私だって、読みたくないわよ。」


レイナは苦笑しながらも、

一つひとつ項目を確認していく。


「……でも“想像しない未来”は、

 絶対に現実の前に立てないから。」


「“嫌だから見ない”は、

 科学の現場では

 一番やっちゃいけないこと。」


その時、

チームメンバーの一人のスマホが震えた。


「すみません……」


画面を見た瞬間、

彼の表情が固まる。


「どうしたの?」


「……さっき正門前で

 “もみ合い”があったときの動画が、

 “科学者への暴力”ってタグ付きで

 また拡散されてて。」


「俺、

 あのときたまたま後ろを歩いてたみたいで……

 顔が思いっきり映ってます。」


画面には、

驚いたような顔の彼。

コメント欄には、


<JAXA職員のこの人、守らないと>

<この人たちも“的”にされてるんだよな…>


というものもあれば、


<税金で神様にケンカ売ってる人たち>

<こいつらのせいで地球が終わる>


といった書き込みも混ざっていた。


「……消したいな、

 この動画。」


若手が小さく呟く。


レイナは少し考えてから言った。

「消したくなる権利は、

 当然あると思う。」


「でもね、

 “ここで働いている人がこういう顔をしてる”って

 世界に知られることも、

 私は大事だと思ってる。」


「ヒーローの顔じゃなくていい。

 ただの、

 眠そうで疲れてて、

 ちょっとビビってる顔。」


「その顔で、

 プラネタリーディフェンスを回してるんだって

 知ってもらった方が、

 私は安心する。」


若手は、

少しだけ目を伏せて笑った。

「……ヒーローじゃない顔で

 守っていいなら、

 もう少しだけ頑張れそうです。」


レイナも笑う。

「最初から、

 “ヒーロー募集”なんて誰も言ってないわよ。」


「“ビビりながらでも

 前に立ってくれる人”を募集してるだけ。」



《総理官邸・執務室/録画スタジオ》


簡易なカメラと、

国旗の入った背景パネル。


サクラは、

用意された原稿を一度伏せて

深呼吸をした。


「……“録画コメント”って、

 やっぱり苦手。」


中園広報官が笑う。

「生放送の方が

 お好きですもんね。」


「でもDay55当日は、

 総理は対策室に張り付きです。」


「“打ち上げ前に国民へ一言”は

 どうしても今日中に撮っておかないと。」


藤原危機管理監が、

原稿を指さす。

「“アストレアAが必ず成功する”とまでは

 言えません。」


「ただ、

 “人類が出来る限りのことをした”という点は

 はっきり伝えるべきです。」


サクラは、

原稿を半分だけめくって言った。

「じゃあ、

 このくだりは自分の言葉で話してもいい?」


中園が、

少しだけ驚いた顔をする。

「もちろんです。

 ただし、

 あまり徹夜モードのテンションにならないように。」


「分かってるって。」


カメラの赤いランプが点灯する。


サクラは、

ゆっくりと視線をレンズに向けた。


「――皆さん。

 五日後、

 世界は一つのロケットの行方を見つめます。」


「それは、

 “地球が助かるかどうか”を賭けた

 一度きりの打ち上げです。」


「でも同時に、

 “私たちが何を選んだか”が

 記録される瞬間でもあります。」


「何もしないで、

 ただ恐怖に飲まれる未来と。」


「怖くても、

 出来ることを全部やろうとする未来。」


「私たちは、

 後者を選びました。」


「……それが正解かどうかは、

 きっと歴史が決めます。」


「けれど、

 いま生きている私たちは、

 “怖いまま前を向いた”という事実を

 胸を張って残しましょう。」


中園が、

カメラの後ろで小さく頷いた。


(これはきっと、

 あとで編集しても

 あまり削りたくない部分になる。)


録画が終わると、

サクラはふっと肩の力を抜いた。

「……さ、

 これで少しは寝られるかな。」


藤原が苦笑する。


「寝てください。

 Day55までは、

 寝溜めできるだけしておかないと。」



《黎明教団・配信スタジオ》


柔らかなライトに照らされて、

天城セラがカメラの前に座っていた。


白いローブ。

胸には、

赤い円と白い点のペンダント。


「――世界は、

 五日後に“光に向かって矢を放つ”そうです。」


静かな声が、

マイクを通して広がる。


「彼らはそれを、

 “プラネタリーディフェンス”と呼んでいます。」


「でも私は、

 “過去の価値を

 死ぬほど守ろうとする最後のあがき”だと

 思っています。」


コメント欄が流れる。


<その通り>

<もう十分苦しんだ>

<リセットされたい>


セラは、

まっすぐレンズを見つめた。


「私は、

 あなたの“リセットしたい気持ち”を

 否定しません。」


「多すぎる借金。

 終わらない競争。

 報われない努力。

 誰にも見てもらえない苦しみ。」


「それを全部抱えたまま、

 “生きろ”とだけ言われても、

 つらいだけでしょう。」


「オメガは、

 そうした痛みを

 “光の中に溶かすチャンス”でもあります。」


「だから私は、

 アストレアAの前に立ちます。」


「ただし、

 石を投げるためではなく、

 手を合わせるために。」


「“光を壊さないで”と祈るために。」


彼女の目は静かだが、

その奥には強い熱が宿っていた。


「あなたがどこにいてもかまいません。」


「ケープの海岸でも、

 種子島の空の下でも、

 自分の部屋の窓辺でも。」


「Day55――

 “光を守るために立つ場所”を

 自分で選んでください。」


コメント欄に、

参加表明のメッセージが

次々と流れ込む。


<仕事休んででも行きます>

<子どもと一緒に祈ります>

<ロケットなんかに世界は渡さない>


モニターの外で、

誰かが小さく笑う。


(“暴力は望まない”って言いながら、

 こんなに人を動かせるんだ。)


(そりゃあ、

 怖くもなるよな。

 政府も、科学者も。)


Day57の夜。

祈りと作戦は、

それぞれの場所で静かに熱を帯びていく。


アストレアA打ち上げまで、あと2日。



本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。

This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.


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