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100日後、巨大隕石落下  作者: 橘靖竜
第三章 人類の賭け

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Day67 火種は足もとから


《JAXA/ISAS 相模原キャンパス・朝》


梅雨の切れ間の薄い曇り空。

正門前には、昨日より明らかに多い人影が並んでいた。

 

白いローブ、赤い円と白い点のペンダント。

黎明教団の信者たちが、小さな声で同じ文句を繰り返している。


「オメガは神の光……」

「宇宙を殴らないで……」


手にしたプラカードには、

<NO PLANETARY STRIKE>

<アストレアA中止を>

と英語と日本語が並んでいた。


その向かい側には、

会社帰りらしい若者や大学生たちが数人、立ち止まっている。


「なんだよ、“宇宙殴るな”って。

 殴らないと死ぬかもしれないから

 科学者が必死に計算してんだろ。」


「でもさ、

 気持ちは分からんでもないけどね。

 “また人間が自然に手出ししてる”っていうか。」


口々にそんなことを言いながら、スマホで撮影を続ける。


門の横を通り抜けようとした若い職員が一人、

つまずきそうになって立ち止まった。

ネームホルダーには<プラネタリーディフェンスチーム>の文字。


ローブの女性が、すっと一歩前に出る。


「あなたの計算は、

 本当にみんなを救うんですか。」


職員は一瞬、言葉を失い、

小さく頭を下げて通り過ぎようとする。


その後ろから、若い男の信者が声を上げた。

「“神の光”に石を投げるのは、

 あなたたちも一緒ですよ!」


その瞬間、向かい側にいた大学生がカッとなって近づいた。

「お前らさ、

 何もしないで終わった方がいいって言うのかよ。」


「手を出すなと言っているんです。

 それが“本当の勇気”だと——」


言い合いはすぐに熱を帯び、

プラカードが一枚、バキッと音を立てて折れた。


「やめてください!」


警察官が二人、慌てて割って入る。

押し合いを止めるうちに、

誰かの肩が門の柵にぶつかり、ペンダントが千切れて地面に落ちた。


わずかな沈黙のあと、誰かがそのペンダントを踏みつける。


「縁起悪……」


足元で、赤い円と白い点がぐしゃりと潰れた。


一連の様子は、すでに何台ものスマホで撮られていた。


その動画は、数時間後には

<JAXA前、小競り合い>

<科学者 vs 信者>

というタイトルで世界中を回ることになる。



《都内・マンションの一室》


ニュースのワイドショーで、さっきの映像が繰り返し流れていた。


<JAXA前で一触即発>

<アストレアAに揺れる世論>


画面の端に、テロップが出る。

<けが人はなし/警視庁が警戒強化へ>


ソファに座った女性が、目を細めてテレビを見つめる。

テーブルの上には、JAXAのロゴが入ったマグカップ。


「……まただ。」


キッチンから出てきた夫が、ネクタイを緩めながら苦笑した。

「ニュース、見ちゃった?」


「見ちゃったよ。

 これ、あんたの職場でしょ。」


「正門の前。

 俺は裏口側だから、直接は見てないけど。」


妻はため息をつく。

「昨日までは“白い服の人たちが静かに祈ってるだけです”って

 落ち着いて言ってたのに。

 もう“だけ”じゃなくなってるじゃない。」


夫はマグカップを手に取り、少し黙ってから言った。

「怖いのはさ、

 “あんな動画”だけ切り取られて、

 “科学者と信者が殴り合ってる”って

 ストーリーにされることなんだよ。」


「こっちはただ、

 計算して、データ出してるだけなんだけどな。」


妻は、彼の背中を軽く叩く。

「“だけ”って言うな。

 あんたたちが頑張ってるの、

 私はちゃんと知ってるから。」


「でも——

 帰りが遅くなる日は、

 ちゃんと連絡して。

 ニュースに“理系研究者襲われる”とか出たら、

 私、本気で倒れるからね。」


夫は、苦笑いしながら頷いた。

(まだ、何も起きてない。

 でも、“起きてもおかしくない空気”になり始めている——)


その感覚が、じわじわと胸の奥に広がっていく。



《ESA 欧州宇宙機関/ダルムシュタット運用センター・夜》


静まり返ったオフィスフロア。

残っているのは、夜勤の少人数だけ。


ガラス越しの外は真っ暗だ。

その暗闇の向こうから、コツン、と小さな音がした。


続いて、パリン、という乾いた破裂音。


「……今の、何?」


窓辺にいた職員が振り向く。


ガラスには、小さなヒビが走っていた。

足元には、拳大の石が転がっている。


石には、油性ペンで雑な文字が書かれていた。


<NO ASTRAEA>

<DON’T PLAY GOD>


「やめて下さい!

 ここは研究施設です!」

外に向かって叫んでも、暗闇からの返事はない。


やがて遠くから、パトカーのサイレンが近づいてきた。


誰かが苦い冗談を言う。

「これでニュースのテロップが

 “ヨーロッパでも緊張高まる”とかになるんだろうな。」


職員の一人が、割れたガラスにそっと触れずに手を近づける。

「こんな小さな石で、

 機械は壊せる。

 ……人間も、たぶん。」


その言葉に、誰も返事をしなかった。



《NASA/PDCO セキュリティブリーフィングルーム》


壁一面のディスプレイに、世界地図と複数のピン。


<JPL 公開講演でのトラブル>

<ESAセンター窓ガラス破損>

<JAXA施設前 小競り合い>


セキュリティ担当官が淡々と報告する。

「ここ四十八時間で、

 アストレアAに関連する

 “軽微なインシデント”が急増しています。」


「現時点では、

 負傷者はゼロ。

 しかし、

 “次の段階”に進む可能性が高い。」


アンナ・ロウエルは腕を組んで、画面を見つめていた。

「講演会のキャンセルは?」


「今後予定されていた

 大規模な公開イベントは、

 一旦すべてオンラインに切り替えます。」


別の担当官が続ける。

「ケープカナベラル周辺については、

 発射当日を含む前後数日に

 “広めのバッファゾーン”を設定する方向で、

 地元当局と調整中です。」


「……つまり、

 ロケットの前に人が立てないようにする、ってことね。」


アンナの言葉に、何人かが苦笑した。


PDCOの若いスタッフが、端末の画面を見せる。

「博士のところにも、

 こういうメッセージが届いています。」


そこには英文が並んでいた。

<You are playing God.>

<Stop Astraea or you will regret it.>

<We know where you work.>


アンナは一つひとつをざっと目で追い、ため息を飲み込んだ。

「脅し文句としては、

 よくある類型ね。」


「ただ——」と、彼女は言った。

「こういう言葉を“面白半分”で送る人と、

 本気で“行動に移す人”の境界線は、

 外からは分からない。」


セキュリティ担当官が頷く。

「だからこそ、“ゼロリスク”は目指せませんが、

 “予測できるリスク”は

 すべて潰していくしかない。」


アンナは、自分の胸の中に浮かんだ言葉をあえて口には出さなかった。


(オメガの軌道は計算できるのに、

 人間の軌道は計算できない——か。)



《黎明教団・信者専用オンラインチャット》


黒地に白い文字の画面が、静かにスクロールしていく。


<セラ様の“ロケットの前に立つ勇気も祈り”って言葉、

 本当に刺さった>

<でも実際、前に立ったら捕まるよね?>

<それでも、止めないと。

 アストレアが飛んだら、

 “神の計画”が壊される>

<暴力はダメって言ってたじゃん>

<“暴力”の定義って何?

 ロケットの前に座るのは暴力?

 叫ぶのは暴力?

 ガラスを割るのは?>


しばらく沈黙が続いたあと、

一つの書き込みが現れた。


<“神の光を守るためなら、

 少しくらいの痛みは必要だと思う”>


すぐに、いくつかのスタンプと短い賛同メッセージが続く。

別のユーザーが、おずおずと書き込む。


<セラ様は“静かな祈り”って言ってたよ>

<“静か”って、“何もしない”じゃないと思う>

<声を上げない祈りなんて届かない。

 行動しない信仰なんて、信仰じゃない>


画面の向こうで、誰かの心が少しだけ、“次の段階”に足をかけた。



《総理官邸・執務室・夜》


藤原危機管理監が、分厚いファイルを机に置いた。

「国内外で、

 アストレアA関連施設への

 “軽度な攻撃”が発生し始めています。」


「今のところ、

 壊されたのは窓ガラスや看板、

 プラカードだけ。

 人身被害はありません。」


サクラは、ペンを回しながら黙って聞いていた。

「でも、“物”から“人”に移るのは、

 一瞬ですよね。」


藤原は、短く頷く。

「ですから、

 JAXA職員とその家族、

 大学の研究者への警護体制を

 もう一段階強化したいと思います。」


中園広報官が資料をめくる。

「世論的には、

 “科学者を守れ”という声と、

 “宗教を弾圧するな”という声が

 同時に出始めています。」


「警察が前に出すぎると、

 “信仰への攻撃だ”という

 新しいストーリーが生まれかねません。」


サクラは、目を閉じて考え込んだ。

「祈る権利も、

 反対する権利も、

 守る。」


「ただし——」

目を開き、ゆっくりと言う。


「誰かを傷つける“正義”だけは、

 この国では絶対に許さない。」


「それを、

 この先どこかで

 はっきりと言葉にしておく必要があるわね。」


藤原が頷く。

「次の会見で?」


「タイミングを見て。

 アストレアAが“希望の象徴”にされていくほど、

 そこに“憎しみ”も集まる。」


サクラは窓の外を見やった。

夜の東京は、まだいつもの明かりを灯している。


(宇宙に向けた一撃の前に、

 地上で誰かが殴られる未来だけは——

 どうにかして避けたい。)


その祈りは、宗教とは別の種類の祈りだった。




本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。

This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.


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