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100日後、巨大隕石落下  作者: 橘靖竜
第六章 着弾後の世界

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Day+15 外縁の記録者


《午前5時02分/茨城県・着弾地外縁》


十五日目の朝、

クレーター底の水は

もう誰が見ても

「昨日と同じではない」と分かる程度に

面を広げていた。


まだ浅い。

まだ濁っている。

それでも

最低部に点々とあった溜まりが

昨日までより

少しずつつながって見える。


その変化は

劇的ではない。

だが、

逆にその静かな変わり方が

かえって恐ろしい。


地形は

こうして

人間の悲しみとは別の速度で

次の形へ進んでいく。


外縁の空気は

朝の湿気を含んでいた。

崩落した土の匂い。

濡れた細粒物質。

まだ新しい地面の生々しさ。


十五日目の朝、

クレーターは

ついに

“将来の湖”の予感を

誰の目にも

うっすら見せ始めていた。


《午前5時44分/外縁観察ルート》


三崎祐介は

今日、

これまでで一番長く

外縁に留まる許可を得ていた。


もちろん条件付きだ。


採取なし。

限定ルートのみ。

現場優先。

即時退避あり。

記録は危険評価と将来の安全判断のため。


それでも、

三崎にとっては

今日が初めて

“本格的に始まる日”だった。


足元の土は

まだ若い。

崩れたばかりの地面特有の

ざらついた不安定さがある。

彼は

一歩ごとに

自分の重心と

地面の返しを確かめながら進んだ。


前方では

現場側の案内要員が

立ち止まりながら言う。


「ここから先、

 外縁が少し崩れています。」


「視界は取れますが、

 足元優先で。」


三崎は

短くうなずく。


「分かりました。」


クレーターが開けた。


実際には

昨日も見ている。

だが今日は違う。


見るために来た。

記録するために来た。

その意識で立つと、

景色の入り方がまるで違う。


底部の水。

外縁の保持。

放射状の倒木帯。

噴出物の厚みの違い。

崩落斜面の角度。

泥流の筋。


全部が

一つの巨大な文章みたいに見える。


地球が

ここで何をしたのか。

その文法が

ようやく少しだけ読める。


だがその瞬間、

三崎の中には

はっきりとした別の感情も走った。


見たい。

もっと近くで。

もっと詳しく。


研究者として

それは自然だ。

むしろ、

そこに何も感じないなら

専門家ではない。


だがその次の瞬間には、

もう一つの感情が

それを押し返す。


ここは、

人が住んでいた場所だ。


その二つが

胸の中で

ほとんど同時に起きる。


三崎は

目を閉じずに

その両方を受け止めた。


逃げない。

科学的な興奮からも、

それに伴う自己嫌悪からも。


彼は

記録端末へ打ち込む。


底部湛水、継続。

一時的滞留を超え、

将来的な湖化の可能性あり。

ただし現時点では

安全評価を優先。


その文字を見た時、

三崎は

ようやく自分の役目が

少しだけ定まった気がした。


自分は

この場所を

“面白い地形”として語るためにいるのではない。


変わっていくこの傷を、

 人がどう扱うべきかを

 科学の言葉で支えるためにいる。


それが、

十五日目の三崎にとっての

最初の確信だった。


《午前6時31分/東京・国際共同回線》


外縁観察と並行して、

東京では

海外の専門家たちとの共同回線が開かれていた。


アメリカの惑星地質学者。

フランスの隕石鉱物学者。

カナダの衝突地形研究者。

そして日本側の三崎。


回線越しに

リアルタイムで

写真と記録が共有される。


アメリカ側が言う。


「底部の水の広がり方、

 想定より早いですね。」


フランス側が応じる。


「ええ。

 ただし、

 初期の浅い湛水と

 安定した湖を混同しない方がいい。」


カナダ側が

静かに付け加える。


「でも、

 “この場所は乾いた穴のままでは終わらない”

 という印象は強い。」


三崎は

そのやりとりを聞きながら

昨日までよりはっきりと言った。


「この場所の評価は、

 地形だけでは完結しません。」


「将来の安全、

 生活圏、

 記録保存、

 その全部と結びつきます。」


一瞬、

回線の向こうで

誰も言葉を挟まなかった。


それから、

アメリカの研究者が

ゆっくりうなずいた。


「Understood.

Then document everything.」


記録しろ。

全部。


その言葉は

研究者としての命令でもあり、

未来への責任の言葉にも聞こえた。


《午前7時18分/現地・生活再建支援テント》


一方、

現地の生活再建支援テントでは

仕事と住まいの相談が続いている。


だが十五日目になると、

そこへ

少し別の種類の話も混じり始めた。


「この先、

 あの場所を

 どうするつもりなんですか。」


質問したのは

四十代の女性だった。


家を失い、

夫の勤務先も閉じ、

仮設住宅の相談に来ている。


担当者は

少し困った顔で答える。


「現時点では

 安全評価が優先で……

 今後の扱いは

 まだ決まっていません。」


女性は

小さくうなずく。


「そうですよね。」


「でも、

 埋めて何もなかったことにするのか、

 あのまま残すのか、

 ……考えてしまうんです。」


その言葉は

まだ政策には早い。

だが、

被災した側が

もうすでに

“この傷を将来どうするのか”を

考え始めていることを示していた。


城ヶ崎悠真は

少し離れたところで

そのやり取りを聞き、

胸の奥がざわつくのを感じた。


考えるには早い。

でも、

考え始めるには遅すぎない。


十五日目とは

そういう日だった。


《午前8時12分/官邸・再建骨格会議》


サクラは

今日の会議で

初めて

クレーター地域の将来的な扱いについて

明確に言葉にした。


「今すぐ方針を決める必要はありません。」


「ただし、

 “ただ埋めれば終わり”という

 発想だけで

 進めるべきではないと思います。」


会議室が少し静まる。


誰もが

同じことをどこかで考え始めていた。

だがまだ、

誰も先に口にしていなかった。


「安全が第一です。」


「生活再建が第一です。」


「でも同時に、

 この場所が

 何を奪い、

 何を残したのかを

 未来へどう渡すかも

 考えないといけない。」


田島が

慎重に言う。


「記録地として残すか、

 将来一部保存か、

 そのような議論ですね。」


「ええ。」


サクラはうなずく。


「今はまだ

 答えを出す段階ではありません。」


「でも、

 答えを出さないまま

 流していい場所ではない。」


その言葉は

1000日後の未来を

まだ誰も知らない今の段階で、

初めてその方向へ

ほんの少し窓を開くものだった。


Day+15。

着弾から十五日。


三崎は

ついに本格的に外縁の記録者となり、

クレーターが

乾いた穴ではなく

変化し続ける地形だと

科学の言葉で捉え始める。


同時に人々は、

その傷を

ただの被害地としてではなく

将来どう残すべき場所なのかまで

考え始めていた。


十五日目の国は、

ようやく

“この場所とこれからどう付き合うのか”

という問いを

ほんの少しだけ

未来へ向けて開き始めていた。




本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。

This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.


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