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畑と犬と、不思議な日常

村人たちは、昨夜の光景を口々に語り合っていた。

「……あの白い犬が、光に包まれて化け物を追い払ったんだろう?」

「いやいや、俺は確かに聞いたぞ。あれ、声を発していた!」

酒場の隅では、大人たちが真顔で議論を交わしている。


その当の犬――シロは、畑で土を掘り返してミミズを追いかけていた。

「……お前、ほんとに神獣なのか?」

エリオは鍬を肩に担ぎながら、ため息をつく。

昨夜の威厳ある姿はどこへやら、今はただの甘えん坊で腹を出して転がっているだけだ。


だが、不思議なことも起きていた。

枯れかけていたトマトの苗が、シロが小さく鼻を擦りつけた途端に青々と蘇ったのだ。

「……偶然か?」

そう呟くエリオに、シロは得意げに尻尾を振った。


村の子どもたちも、すっかりシロの虜になっていた。

「シロ、遊ぼー!」

「きゃはは、くすぐったい!」

笑顔が広がる光景に、エリオの胸も温かくなる。


――けれど。

彼の胸の奥底には、どうしても拭えない違和感が残っていた。

「神獣……なのに、こうも無防備でいいのか?」


夕陽に照らされたシロは、安心しきったように眠っている。

その平和な日常の裏に、再び嵐が迫っていることを、まだ誰も知らなかった。


村の空気が、ふいに張りつめた。

遠くの森の方から、獣の唸り声が響いてくる。

「魔物だ……!」

物見櫓から叫んだ青年の声に、村人たちがざわめき立つ。


「まさか、この辺りにまで……」

エリオは鍬を握りしめた。

戦いたくはない。もう冒険者に戻るつもりもない。

それでも、村を守るために体が自然と前へ出ていた。


茂みを割って現れたのは、黒い牙をむき出しにした巨大なイノシシの魔獣。

眼は血走り、明らかに通常の獣ではなかった。

村の柵を突き破られれば、畑も家もひとたまりもない。


「くそっ……!」

鍬を構えるエリオの前に、白い影が飛び出した。

シロだ。

――だが、あの時のように光をまとった姿は現れない。


「おい、やめろ! 普通の犬のままじゃ敵わない!」

必死に叫ぶエリオ。

しかし、シロは振り返り、金色の瞳を一瞬だけ光らせた。


次の瞬間、轟音が大地を揺らした。

白い犬は荘厳な大神――神獣シリウスへと姿を変え、尾の光が夜を照らす。


「……来やがったな」

エリオの声は震えていた。

それは恐怖ではなく、畏敬に似た感情。


村人たちは息を呑み、ただその背中を見つめることしかできなかった。


大地を踏み鳴らし、神獣シリウスは黒い魔獣に向き直った。

その姿は白き炎に包まれ、尾が揺れるたびに光の粒が宙を舞う。


『この村を荒らすことは、我が許さぬ』


低く響く声が夜空に広がり、村人たちは思わず膝を折った。

魔獣が咆哮をあげ、突進してくる。

だがシリウスは一歩も退かない。


尾がしなると、閃光が走った。

空気そのものが刃となり、魔獣の突進を真っ二つに裂き、地へ叩き伏せる。

衝撃波で土が舞い上がり、畑の畝がざわめくように揺れた。


「……すげぇ……」

エリオは鍬を構えたまま、呆然と見上げていた。

ただの犬だったはずのシロが、村を守る絶対的な存在へと変わっていたのだ。


魔獣は痙攣し、やがて動かなくなった。

静寂が訪れ、村人たちは歓声をあげる。

「守られた!」「神の獣だ!」


シリウスは一瞥すると、光を失い、ふっと元の小さな白い犬へと戻った。

「わふっ」


エリオが駆け寄ると、シロ――いやシリウスは、どこか誇らしげに胸を張った。

そしておもむろに口を開く。


『……で、飯はまだか?』


「お前なぁぁぁぁ!」

エリオの絶叫に、村人たちの笑い声が重なった。


こうして村は救われたが、エリオの静かな隠居生活は、ますます遠ざかっていくのだった。

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