9 ヤツの秘密を知っている
「…………」
あたしの視界には、毛足の長いラグの毛の先が見えた。
茶色。茶色。焦茶。茶色。
動く気にはなれなかった。
そこへ、部屋の片隅にあった気配から声がかかった。
「莉子、なんでそこにいるんだ?」
「…………」
あたしは、そちらの方へのそのそと顔を向ける。
すると、部屋の隅に置いてあるデスクから、黒髪眼鏡のインテリ系イケメン大学生が、こちらを呆れた目で見ているのが見えた。
尚の兄、拓真だ。
一人でいるのも落ち込むばかりで、あたしは自室に戻ってから拓真の部屋に押しかけた。
あたしの自室の窓を開ければ、拓真の部屋の窓が見える。
その落ちたら痛いかもしれない80センチばかりの家と家の隙間を、あたしはしょっちゅう乗り越えて、拓真の部屋に転がり込んできていた。
まあ、大抵は頼まれて来てあげてるんだけど。
その、誰に聞いても、『ああ、うんうん。まあまあイケメンじゃん?』みたいな顔を前に、あたしは拓真の部屋のど真ん中に敷いてあるラグの上に、寝転がったままでいた。
「理由はないんだけど」
「理由はない、ね」
そう。初恋に気づいたら相手は別の女の子と仲良くしていて悲しくなっちゃって、なんて言えるわけがなかった。
「理由がないのに、莉子がこんなところに転がってるわけないんだけどな」
鋭い。
流石幼なじみ。お隣のお兄ちゃんだけど、お世話になりまくっていて、あたしにとってはもう本当のお兄ちゃんにも近い。
「そんなことない。時々転がってるよ」
「ああ。そうだな。前転がってた時は、友達と喧嘩して泣いてた時。その前は、高校に落ちるかもしれないって泣いてた時」
「どっちも泣いてない!」
今だって、泣いてないつもりだ。……泣きたい気持ちではあるけど。
「そうかいそうかい」
拓真は、特にそれ以上ツッコむこともなく、またデスクに向かった。
こういうサッパリしたところも、居心地のいいお兄ちゃんとなっている一因である。
あたしはそのまま、またぼんやりとラグの毛を数える作業に戻る。
それから1時間ほど経っただろうか。
気晴らししたいな。
なんて思うわけで。
「拓真、新作見せてよ」
なんて無理を承知で言ってみる。
「今日は、まだ見せられるようなもんないけど」
とか言いながら、拓真は今やっているパソコンでの作業を中断して、デスクチェアに寄りかかり「ふぅ」と一つ息を吐くと、その作業中のものをタブレットへ送ってくれた。
こういう時に甘やかしてかまってくれるのが、流石お兄ちゃん、なのだ。
タブレットを借りて、作業中の原稿を見せてもらった。
そこには、ところどころ綺麗に線が引かれた、ファンタジックな格好をした少年と少女が描かれている。漫画だ。
拓真は漫画を描いているのだ。家族にも友達にも秘密で。
そんな秘密を窓越しにあたしが知ってしまったから。そして、あたしがデザインに興味があると知っていたから。今では拓真はあたしを唯一の読者としてここに招き入れ、感想を求めてくる。
「へぇ、キレイ」
あたしは、素直に感想を言う。
「この大ゴマの構図いいね」
素直に褒めると、拓真は、ふふん、とドヤ顔を見せる。
「だろ?そこは絶対、莉子がいいって言うと思ったんだ」
そして少し元気を取り戻したあたしの頭を拓真はしゃがんで撫でてくれた。
「む〜〜〜〜〜」
「ちょっとは元気出たろ?」
あたしは、泣きそうだったのがバレていて少し気恥ずかしく、口を尖らせてそっぽを向いたんだ。
そんなわけで、拓真くん初登場でした!




