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僕らは一度も始まらなかったはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。  作者: 大天使ミコエル


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55 ひとりぼっちの夏休み(3)

 いつだって一人ではなかった。

 こうして、誰かと一緒にいることも多いし。

 けど、どうしてか、尚のことを考えてしまう。課題はやったかな。ズルしてないかな。ご飯はちゃんと食べているかな。

 もう、8月に入った。

 こんなに尚と会わずにいるのは、出会ってから初めてかもしれなかった。


 目の前のパンケーキを眺める。

 泡のようなクリームがもこもこと乗った、フルーツたっぷりのパンケーキだ。


 目の前には、拓真がいる。


 夏の陽の光を浴びて、並んだアイスティーの氷が白く輝く。

 木製のテーブルの上には、大きなパラソルの影が明るく形を取っている。


 拓真は、眼鏡の位置をひょいと整える。

 パンケーキの似合わない人だな、と思う。

 けど、それなのにあたしに合わせてこんなお店まで入ってくれるのだ。


 ヒリヒリと焼けつきっぱなしの心臓は、穏やかに鼓動を打つ。


 恋愛はめんどくさいものだ。

 誰かが気になるというだけで、ただ心臓が温かくなるだけじゃなく、そのまま火傷を負ってしまうことだってあるのだから。

 こんな穏やかな世界にいても、あたしの気持ち一つで。


 すでにパンケーキを食べ終え、遠くを眺める拓真を見る。

 拓真はこういう時、あまり他人に興味を示さない。時々、自分の世界に入ってしまう。まあ、そんな横で一緒に景色を見ることもあたしは嫌いじゃないんだけど。

 つい、考えてしまうのだ。


 尚だったら、こっちを犬みたいな笑顔で、こっちをじっと眺めていたんじゃないかって。


 尚だったら。

 そんなことを考えてしまう自分に嫌気がさす。


「次、なんだっけ?」

 それはそうと、少し憂いを帯びた顔も絵になる拓真に声をかけた。


「そうだな、イーゼルとか買ってみるか」

 と拓真がにっこりと笑う。


 爽やかだ。爽やかなんだけど、内容は特に爽やかでもなんでもなく、ただの事務的な提案だった。


 今日は、次回のイベントに向けての買い出し。


 今回の同人誌で拓真が作るのは三冊目。

 イーゼルというのはつまり、サークルの机の上に同人誌を飾るためのものだろう。

 ということは、前回は二冊を平積みしてイベントに出たということだ。


 午前中は机に敷く敷布を買った。

 サークル参加に慣れてきたのか、流石に三冊目で机の上がいっぱいになると思ったのか、今回はちょっと気合の入った準備の仕方だった。

 あたしは売り子として、アドバイスをする役だ。


「コインケースとかガムテープとか、小物はもうあるんでしょ?」

「コインケースは、まぁ。ガムテープだの文房具だのが今ないんだよ。それも買わないと」


 こうして楽しくしていても、あたしの心はどこか違う方向を向いてしまっている。


 あと半月ほどでイベントもあることだし、今は目の前のことだけに集中しなくちゃ。

 こうしていれば尚のことで悩まなくてよくなるかもしれないし。


 時間が解決してくれるのを待とう、なんて、あたしは自分に言い聞かせたんだ。

莉子ちゃんと尚人くんは。夏休み中会うことができるのでしょうか。

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