54 ひとりぼっちの夏休み(2)
家の中に鳴り響いたインターホンに、兄貴が応答した。
簡単に会話をして、兄貴がリビングに戻ってくる。
「……?」
兄貴が会話をするくらいだから、知り合いだったんじゃないかと思う。
手には、小さな紙袋を持っていた。
「誰だったの?」
その質問に返ってきたのは、
「莉子」
という一言だった。
「莉子?」
思わず聞き返してしまう。
あれほど会いたかった名前が出てくるとは思わなかったのもある。それに、『それはなんだ』とか『あがって行きもせずに帰ったのか』とか、聞きたいことは山程あった。
そんな呟きが聞こえたのか聞こえなかったのか、兄貴は、
「クッキーだってさ」
と、袋を開けて、その莉子のクッキーをおもむろに食べ始める。
「あ!?」
「あ?」
僕の叫びに振り向いた兄貴は、すでに3つ目を口に押し込んだところだった。
目が合って、ようやく僕のことに気づいたと見えて、兄貴はやっと、
「あ、食べる?」
と、テーブルの上に差し出した。
無造作に置かれた紙袋の中には、一口で食べられるほどのサクサククッキーが10枚ほど入っている。
貴重な莉子のクッキー……。
「……これって、兄貴宛とか?」
万が一のことを考えて尋ねてみた。いや、もしそうでも、くれるというなら食べるんだけれど。
「いんや、友達と作ったら、作りすぎたからやるって」
「へぇ……」
少なからず、兄宛ではないことに安堵する。
いや、これは安堵していいところか?
クラスの女子たちは時々、意中の人にあげる口実で『作りすぎちゃった』を発動することがあると聞いたことがある。
もし……、兄貴の口に入るように、手渡してきたんだとしたら?
可能性を振り払い、クッキーを口に入れる。
「…………おいしい」
感慨深く呟くと、兄貴が、
「ふっ」
と小さく笑う。
「……なんだよ」
こいつは、意味ありげに笑うのが好きなのだ。
それは、勢いだった。
「莉子ってかわいいよな?」
二人の関係を確かめたいと、そう思ってしまったから、つい、そんなことを口に出した。
クッキーが兄貴に手渡されたことに、少し不安を覚えたのもある。
妹とか、家族とか、そんなものならいいと、そう思って。
「ああ。かわいいし、気が合うよ」
その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ白になる。
ああ、ダメだ。
この口調は、ただの妹や友人のそれを超えた何かの感情が含まれた声だ。
心臓が、静かに鼓動を早くする。
「じゃなかったら二人で会おうとか、思わないよ」
二人で。
今、そう言ったのか?
「え?」
ふっと顔を上げた。
莉子が部屋に上がり込んでいることを、言ってしまうんだと思ったから。
けれど、兄貴はこう続けたんだ。
「今度、会うよ」
今度?
ほぼ、毎日のように会っているのに……?
その瞬間、わかってしまった。
それは、人目につくところで会うってことだ。
例えば、外で、二人で会うとか。
「なんで……」
そう聞いた僕を、兄貴はじっと見据えた。
「それはヒトに言うようなことじゃないから」
穏やかな顔で笑う。
このままじゃダメだ。
会えないまま不貞腐れているだけじゃ。
僕の手の届かないところまで、莉子が行ってしまう前に。
作者としてはこのままお兄ちゃんルートでも問題ないわけですが。




