50 誤解(2)
掴まれた腕。
こぼれる涙。
お互い呼び捨てで呼び合う名前。
尚の困った顔。
そして、アンナちゃんはあたしがいることに気がつくと、気まずそうに視線を逸らした。
これは“痴話喧嘩”だ。
嫌な場面に出くわしてしまった。
それも、きっとあたしが問題になったんだ。
ほらやっぱり。
あたしと二人でいることが、“カノジョ”の不安を煽ったんでしょう?
やっぱりダメだったんだ。
友達でいる理由もなく。ただ隣に住んでいるというだけで。相手に恋心を抱く人間がそばにいるなんて。
それはさ、アンナちゃんがかわいそうだよ。
いくらあたしでもわかるよ。
なんで尚には、そんな簡単なことがわからなかったんだろう。
あたしは、その二人のことを見なかったことにして、優香と綾と一緒に教室へ入った。
「莉子……」
後ろから、尚があたしを呼ぶ声が聞こえたけど、そんな風に呼ばなくてもわかってるよ。尚が悪いんじゃないってことくらい。
大丈夫だよ。
あたしはもう、尚とは二人きりにならないようにするから。
それを最後に、あたしは尚の顔を見ることがないまま、夏休みに入った。
ぐてん。
「暑い」
窓の外には蝉の声が響く。
真っ青な空に、白い入道雲が輝く。
エアコンを効かせた夏休みの美術室は、それでも「暑い」を口にしてしまうほどには暑かった。
シャリシャリしているはずの棒アイスも、溶けた水滴を滴らせ、アイスの表面を流れていく。
「どっかいこ〜」
夏休みに夏休みらしさを求める優香が叫ぶ。
「課題が終わったらね」
なんていう涼しさのカケラもないことを言ってのけたのは綾だ。
3人でアイスを食べながら、のんびりと美術室を乗っ取って英語の課題に勤しんでいる。
優香は、心ここに在らずといった感じだ。動いている手が書いているのも、どうやら夏休みの計画表だ。
綾は黙々と課題と向き合う。けどそれは、今度描く絵の構想や色合いを考えながら課題をこなしているからで、決して真面目なわけではない。
ふっとそんな静かな時間を、あたしは顔を上げて味わう。
夏休みの課題と言われるだけあって、課題は膨大で、まだまだ先は長そうだ。
窓の外からは、吹奏楽部の演奏が聞こえる。
今日の曲は、有名なバンドの歌ものだ。
それに合わせて、優香の鼻歌が空気を和らげる。
耳に優しい声が、あたしの胸を打つ。
夕陽が顔を覗かせると、3人で学校を後にした。
一人、夕陽の中を歩く。
ただ、無心だった。
小さく、優香が歌っていたあの歌を歌う。
お別れソングだ。
別れたあとも一人で何とかやってるよ、なんて曲。
ふと、そんなことに気づいて、唐突にポロポロと涙がこぼれた。
音もなく頬を伝う涙をそのままにして、ただあたしは、帰り道を歩いた。
まああの調子でうまくいくわけなんかなく……。




