5 なんでここにいるの
一番星が光る時間になって、やっと莉子は家に帰る決意をした。
家の前ではすっかり星が瞬く。
こんな暗い顔で万が一にも尚に会うわけにいかず、ずるずると時間を過ごした結果だった。
キィ、と門を開けると、
「莉子」
と声がかかる。
ビクリとした。
尚の家との境の柵は、そこそこしっかりしたものが取り付けられてあるけれど、腰までしかないそのフェンスはお互いの前庭が見えた。
間違いようがない。尚の声だ。
こんな時に?
と思う。
会いたくはなかった。
会ってしまえば、心がぐらついてしまう。
けれど、ふっと顔を見た瞬間、心臓がドキドキと跳ねた。
なにせ、好きなのだと自覚したばかりだ。
乱雑な前髪も。
犬みたいな人懐っこさも。
学校じゃ見られないゆるりとしたパーカーも。
全てが私の心を揺さぶった。
手には、バスケットボール。
バスケなら毎日公園で友達とやっているくせに、こんな時間まで外に出て。
もしかしたら、あたしのこと、待ってたんじゃないかって期待しちゃうじゃないか。
「どうしたの」
なんて、硬い声を出す。
いつもだったら「ただいまー」なんて言って、そのまま少し話でもするところだけど。
「あ、いや。初日だってのに、遅かったじゃん。部活に入ってるわけでもないだろ?」
「うん。けど、綾がもう気合い入れて新作描き始めちゃってて、それに付き合ってたらこんな時間」
「へへ」って笑おうとして、やっぱり硬い表情になる。
すると尚が、じっとこちらを見つめた。
「何か、あったわけじゃない?」
「え……」
何か、って……?
アンナちゃんを紹介されてからおかしくなったって、気づかれてる?
それとも、何か心配されてるんだろうか。
心臓がドキドキしている。
もう暗い時間でよかった。
きっとあたし、変な顔してる。
「なんにも、ないよ?」
なんて、言ってはみるけど、声は小さくなった。
気持ちはうまく隠せそうにないから、あたしは踵を返す。
「じゃ」
なんて、言いかけた時だった。
ガラ。
尚の家の、リビングの掃き出し窓が開く。
「尚人!」
え?
それは女の子の声だった。
嫌な予感がして、そちらを向く。
アンナちゃん……。
そこに居たのは、間違いない。
朝、紹介されたあのアンナちゃんだ。
「え、なんで、ここにいるの?」
まさか、一緒に住んで……。
心臓が、ぎゅっと掴まれるように軋んだ。
「あ、今日は、歓迎会やっててさ。アンナ、一人暮らしだから、時々こうしてうちにいると思うんだ。莉子もよろしくな」
「そ、うなんだ」
なにそれ。
なにそれなにそれ泣きそうだ。
そんな泣きそうなあたしを、
「お肉無くなっちゃうよ!早くおいでよ!」
なんていう声が貫く。
あたしは、もう誰にも顔を見られたくなくて、
「じゃ」
と小さく言って、すぐに家に入った。
二人が仲良く家に入る姿なんて見たくなかった。
「ふぇええ……」
部屋に入るなり、ドアに寄りかかって、うずくまる。
あたしは生まれて初めて、どうにもならない気持ちを抱えて泣き声を漏らしたんだ。
うまく行かなそうな二人ですね!!




