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僕らは一度も始まらなかったはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。  作者: 大天使ミコエル


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46 一緒にいるのは特別なこと(1)

 アンナにハッキリと言ったのが良かったのかもしれない。

 アンナは、すぐに一緒に登校しなくなった。

 うちで食事をするのはもう決まっていることだから、相変わらずうちのリビングにはいるわけだけど。


 授業の合間にくっついてくることも、なくなった。

 帰り際、くっついてくることも。


 僕の生活は静かになった。

 それは、嵐が過ぎ去った後のようだった。あまりに静かで、そんな困った日々なんてすぐに忘れ去ってしまえるような。


 だから、その日の朝、莉子の出る時間に合わせて家を出た。

「あれ、尚?」

 少し困惑した顔もかわいい。

「何か用でもあった?」


 基本的に、部活にも入っていない僕には、早朝の予定などはない。

 莉子が困惑するのも当たり前のことだ。


「ううん。莉子と、学校行けないかと思って」

 莉子が、呆けた顔で驚く。

 けど、こうでもしないと莉子といられる時間を作るのは難しいのだ。

 授業で顔を合わせることは稀だし、莉子は昼食は女子たちと食べている。用事もなく呼び出せる状況とは言えない。

 放課後捕まえたいけれど、週の半分以上は美術室に篭っている。僕もバスケには行くので、それほど時間が合う日も少なかった。


 横に並んで歩く。

 腕の横に来る莉子のふんわりとした髪の気配。

 テコテコと歩く莉子の足音。

 そこにいるだけでフワフワとした空気。


 全てが愛しく思う。


 全部が当たり前だったことがあった。

 けど、全てを失くしそうになった。

 どんな全ても、当たり前なんかじゃないんだ。


 もう、誰に取られるわけにはいかなかった。




 早朝の教室は、まだ誰もいなかった。

 青く、すっかり夏になった空を背景に、莉子が自分の席に座る。

 それについて行って、前の席に座った。


「尚、珍しいね」

「こんな時間に学校来るのがね」


 二人だけの教室に、二人だけの声が響く。

 世界に二人だけになったような教室は、妙に居心地がよかった。


「今日の予習、してきた?」

「何の?」

「英語。ここの文、尚が当たるはず」

「えっ!?」


「昨日の夜、綾と話してて気付いちゃったんだよね」

「えっ……、莉子やってんの?」

 莉子がドヤ顔を見せる。

「見せてあげてもいーよ」

 言いながら、言葉とは反対に莉子は英語のノートを閉じてしまった。

「莉子さん?」


「そうだなぁ〜」

 上目遣いは可愛すぎる。

「あたしぃ、プリン・ア・ラ・モード食べたいなぁ」


「お〜。あれ作るのけっこう大変なんだぞ。金銭的に」

 なんて文句を言いつつ、僕はもう作る気になっていた。

 一緒にプリンが食べられるなんて、それはもう僕が得ばかりでは?


「ふふん〜」

 と得意げな鼻歌を歌いながら、莉子はノートに視線を落とす。

 見られていないのをいいことに、莉子のふわりと肩から落ちる髪の先や、長いまつ毛をじっと眺める。


 触れたい気持ちを胸にじっと閉じ込めて。

 ただ、今の大切なこの時間を、僕は愛しく思った。

このまま幸せになれるといいけどね!

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