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僕らは一度も始まらなかったはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。  作者: 大天使ミコエル


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44 一緒に帰ろう

 僕は、ひとりぼっちだった。


 友人は多くいても。

 家族がいても。


 莉子がいなければ、心はポッカリと大きな口を開けたままだ。

 世界は全てが、空虚で、つまらない。


 莉子に会いたくて、放課後まで待ってはみたものの。

 いない……か。


 教室には莉子のカバンはない。

 美術室も、今日は誰もいないみたいだった。


「もう帰ったのかな」


 人の少なくなった廊下を歩く。

 ここまで来て、莉子に会ったところで、なんて言って誘うのかは考えていなかったけれど。

 ただ、会いたかった。


 スマホを握る。

 莉子の連絡先は登録されていない。

 もちろん、クラスのグループに二人とも入ってはいるし、連絡を取ろうと思えば取ることはできる。けど、今まで必ず目の前にいたし、必要としなかったのだ。わざわざ連絡を取るなんて。


 クラスの前の廊下を歩き、そこで向こうの角から誰かの足音がするのが聞こえた。

 青い空が見える廊下は、その瞬間、時間が止まった様だった。

 空を行く雲も。風でさえも。


 パタパタと、聞き覚えのある足音だった。

 確信を持ってしまった自分の心臓が、大きく波打つ。


 角を曲がってきたその子が、肩までの髪を揺らしてこちらを見た。キラキラした瞳で。

 カバンは既に背中に背負っていた。

 帰り際に、何か用事が出来たんだろう。


 目が合った瞬間の、その嬉しそうな顔が好きだ。

 そして、その後の、

「尚!」

 と呼んでくれる声も。


「莉子、今帰り?」

「うん。尚は何か用事?」

「うん。もう終わって、今から帰るとこ」


 それから、すぐに『一緒に帰ろう』なんて、言ってくれるんじゃないかって期待した。

 きっと、莉子もその言葉が頭をよぎったはずだった。

 けれど莉子は、何か言い淀んで、結局それを口にしないまま通り過ぎようとした。


「莉子」

 一瞬、莉子がピクリとしたのがわかった。

「うん?」

 顔を上げた莉子は、なんでか泣きそうに見えた。

 少し赤くなった鼻を、そらす様にまた前を向く。


 けど、僕は、ここで怖気付くわけにはいかなかった。


「一緒に、帰ろ」


「あ〜、うん。ちょっと、教室寄ってくね」

「うん。僕も行くよ」


 教室はもう、誰もいなかった。

 窓の向こうから、吹奏楽部の音が、微かに耳に届いた。


 莉子は課題のノートを自分の机から引っ張り出すと、俯いたまま、

「大丈夫なの?」

 と小さな声で言った。

「何が?」


 大丈夫かと聞かれるようなことは、心当たりがなかった。


「アンナちゃん」

「え?」

「アンナちゃんに内緒で、あたしなんかと帰って大丈夫なの?」


「え……?」


 何を言われているのかわからなかった。

 けど、みんながからかってくることを、莉子も真に受けているのだけがわかった。


「なんでもないから」

 ぐいっと莉子をこちらに向ける。

 少しだけ、泣きそうな目をしていた。

 ……それで、一緒に帰ることが不安だったのか。


「アンナとは、なんでもないんだ。本当に。ただ、面倒見てるだけで」


 真っ直ぐに見てくる莉子からは、何の返事もなかった。ただ、僕の真意を窺うように、キョロキョロと僕の顔を見ていた。

 もう一度僕は、この言葉を慎重に口にする。


「一緒に帰ろう」

さて、ここから二人の関係は動き出すでしょうか!

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