43 もう、やめてほしいんだ
朝家を出ると、そこには必ずアンナがいた。
「尚人!」
その光景を見る度に思う。
ああ、莉子はいないんだ、と。
最初は莉子も、絵を描くだとか、色々と理由を付けて朝早く家を出ていた。
けれどいつの間にか、そんな理由もなしに、莉子が早く家を出ることが当たり前になってしまっている。
避けられているのは明白だった。
兄貴と付き合っているからかと思ったけれど。
『付き合っていない』と莉子が言うならば、僕にできることはただ一つ。
このわだかまりをなくして、また莉子の近くに行くことだ。
それには、ひとつだけ邪魔なものがあった。
それが、アンナだ。
アンナは、僕を見るなり、いつも僕の腕に絡みついてくる。
最初は、仕方ないかと思った。一人で見知らぬ国へ来て、僕が初めての友人だと思ったから。心細いだろうと思ったから。
けど、もう3ヶ月にもなって、クラスメイトたちとも気軽に話す様になった。
もう、ただ世話をしているというだけでは、庇いきれなくなってきた。
何より、莉子じゃない誰かが、自分に触れてくるのが不快だった。
今日も、当たり前のようにアンナが腕に絡みついてくる。
「あのさ、」
足を踏み出さず、アンナの方を見る。
「What?」
歩き出そうとしたアンナが、キョトンとこちらを見る。
「あのさ、悪いんだけど、もうこんなにくっつくの、やめてくれないかな」
袖をきゅっと掴んだアンナが、僕を見上げた。
少し泣きそうな顔で笑顔を作り、
「Come again?」
と呟いた。
そんな顔をさせて、申し訳なく思える。
けれど、世話をするというだけの範囲で、もうこれ以上は出来なかった。
「腕、組んだりさ。もう、やめてほしいんだ。困ったことがあれば助けるし、朝学校に一緒に行ってもいい。けど……」
「迷惑?」
「迷惑だなんて……。けど、わかるだろ?日本で友達同士でこんなにくっつくことなんか、ないよ。ちょっと……困ってる」
その瞬間、アンナは、明らかに傷ついた顔をした。
傷、つけてしまった……。
どうでもいい子ではあるけれど、こんな顔をされると流石に良心が痛む。
「ワタシ……!まだ、女の子の友達もいなくて……。相談できる相手もいなくて……。一人ぼっちに……なりたくないの……」
ボロボロと、アンナの両目から涙が溢れた。これだけのことで、これほど泣くか、ってくらいの涙だ。
うわ…………。
「ごめん……。けど、距離を、保ってほしい。僕がいたほうが、友達作りづらいのもあるだろうし」
こんな家の前で社長の娘を泣かせたとあってはちょっと体裁が悪いので、なんとか学校への道を促そうとする。
「ワ、ワタシこそ、ごめんね……」
アンナは、身体を震わせながら、ボロボロとこぼれる涙を掬うように、顔を両手で覆った。
「何にも気づかなくて……」
心が痛む。
そんなに悪いこと、したか?
してる、のか?
「友達は、友達だから」
「…………うん」
キラキラと、透明の涙が白い手の甲を伝う。
心苦しい。
けど、これでよかったんだって、そう自分に言い聞かせた。
アンナちゃん、よっぽど綺麗に泣ける子なんでしょうね。




