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僕らは一度も始まらなかったはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。  作者: 大天使ミコエル


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40 諦めようと思ったさ

 僕だって、諦めようと思った。


 あの、莉子が兄貴の部屋に入り込んでいるのを目撃してしまった日から。

 小学生の頃から好きだった。

 とはいえ、なにも始まってはいない恋だ。

「好きだ」と言ったことはない。そういう雰囲気になったこともない。付き合おうなんて、考えたこともなかった。

 ただ、好きだっただけだ。


 その絶望と一緒に、恋心も捨て去って、立ち直れると思っていた。


 けれど、事態はそう簡単でもない。


 それからも、その笑顔を、初めて見る夏の制服姿を、目で追うことはやめられなかった。

 もう、辞やめる方法もわからなかった。

 それだけ、日常は既に、莉子に侵食されていたんだ。


 勉強する時の真剣な顔も、友達のことで怒っている顔も、嬉しいことがあって涙する顔も、全てが愛おしくて、見逃したくなかった。




 中一の秋だった。

 その日はたまたま、僕も莉子も部活がないことを知っていた。

 だから、一緒に宿題でもできれば、なんて思いながら、相変わらず莉子を無意識に探していた。


 家への帰り道。

 まだ空は明るくて、人通りは少なくて。

 鳥の声と、遠く電車の走る音が聞こえるだけで。

 いつもと同じ帰り道だった。


 曲がり角を曲がったところで、目の前に莉子の姿を見つけた。

 チョコチョコと足を動かしていた。

 まだ夏服の後ろ姿。

 相変わらず背は低いのだけれど、存在感のある背中。

 細く伸びた足。

 相変わらず髪は短いくせに、最近魅力を増してきた首筋。

 後ろ姿を見ただけで、その素直な元気さが伝わってくる。


 ああ、好きだな。


 そう思った。

 好きでいることをやめるなんて出来ないんだと悟った。

 可能性が本当にゼロになるまで。

 いや、きっと可能性なんて関係なくて、僕はきっとずっと、莉子のことを好きでいるだろう。

 これからどんな人生になったとしても、きっと莉子のこと以上に好きになる人なんていないんだろう。


 好きでいるだけなら、問題ないよな?


 莉子の相手が、もし、兄貴だったとしても。

 莉子の幸せを願える人間でありたい。

 どんな時でも、味方だと言える人間でありたい。


 そんな気持ちを感じながら、僕は莉子を追いかけた。

「莉子!」

 莉子がパッと顔を上げる。瞬間、嬉しそうににへっと笑顔になる。

 そんな顔を見るだけで、僕の心臓は押し潰されそうになった。


「今日、帰ったら宿題やろ」

「英語の翻訳のやつでしょ?多いから尚のとこ押しかけようと思って早く帰ってきたんだ」

「僕より早く帰って?」

「前にいるんじゃないかと思って。だって……」

 莉子がちょっと言い淀む。

「僕の方が、足が長いから?」

 からかうと、

「そうだよ〜~~~」

 と、顔を赤くしながら、ちょっと怒ったフリをする。


 こんな時間が、大事で、大事で、大事すぎて。


 ちょっとだけ泣きそうになった。

珍しく連続で尚側の話でした。

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