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僕らは一度も始まらなかったはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。  作者: 大天使ミコエル


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4 見せつけられるとツラ過ぎる(2)

 放課後。

 ズズズズ、と、あたしはパックのいちごミルクを音を立てながら飲んだ。


 まだ、窓の外には青い空が広がっている。

 静かな美術室。

 絵の具で所々汚れた大きなテーブルの向こうには、イーゼルに立てかけたスケッチブックに向かって鉛筆を走らせる綾の姿と、首からかけたイヤフォンの小さな音に聞き耳を立てる優香の姿があった。


「あれはない」

 優香がブスッとした表情で、天パのツインテールを揺らした。多分、曲に合わせてリズムを取ってるんだろうけど。


 優香が言う『あれはない』の意味が、尚のことだってわかった。

 意地でも出てやるって思って出席した午後の授業が、あまりにもあまりにもだったから。

 理科の授業。

 周りのクラスメイトたちが、クスクスと噂の二人を見てた。


 そしてなんと言ってもトドメの一撃は、

『俺、桐生は藤本と仲いいんだと思ってたわ』

 なんていう何処からか聞こえてきた声。


 みんな、授業なんて全然集中してなくて、噂話に夢中って感じだった。


 あたしはもう親友二人にも何も言えることがなくて。

 呆然としたまま、憤慨も涙も見せることは出来なくて。


 何も言うことが出来ないまま、また、いちごミルクのストローを咥え、ズズズズと音を立てた。

 そうだ。あたし、もう最後まで飲んじゃったんだった。




 綾が突然、

「美術部には入らないの?」

 なんて言い出す。


「え」


 不意を突かれて、あたしは綾の方へ顔を上げた。

 綾は相変わらずスケッチブックに向かっていて、こちらを見ているわけじゃない。


「あたしは、」

 手の中の、空っぽのいちごミルクのパッケージに目を落とす。

「デザインが好きなだけだから。グラフィックデザインとか、やってみたいとは思うけど、絵は得意じゃないからなぁ」


 小さな頃から、絵を描くのが好きだった。

 といっても、綾みたいに水彩だの油彩だのが好きなわけじゃない。ただ、イラストを描くのが好きだっただけだ。

 そんなあたしは、今は本の装丁や商品のパッケージなんかに興味を持っている。

 それは、まあ、親が絵の仕事をしているから、同じ道には行きたくなくて避けて通ってしまった、というのが一番の理由なんだけど。

 今は、こうして、絵を描く友達と放課後、美術室に居座っているくらいのものだった。


 綾が描く絵はいつだって、本人と同じように落ち着いていて、ただそこにいるだけで心が安らいだ。


 今だって、泣きたくないのに泣きそうだ。


 確かに、元々帰りは尚とは別々だけれど、万が一、二人でいるところを見てしまったら。

 あたしは放課後の遊びには連れて行かないくせに、あの子は連れて行くなんてところを見てしまったら。

 きっと立ち直れなくなってしまうから。


 優香のイヤフォンから微かに聞こえるジャカジャカした音楽を、聴かなきゃいけないものみたいに必死に耳を澄ます。


 こんな気持ちは知りたくなかった。


 希望のない恋愛感情なんて、まるで拷問みたいなものだ。

綾ちゃんは、次はどんな絵を描こうか悩みながら、スケッチブック何枚もにいろいろな絵を試しに描いてみているところです。

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