35 「おいで」(4)
目の前で、ガチャガチャとカラオケの音がしている。
クラスメイトの調子のいい声が聞こえる。
なんで僕はここにいるんだ。今日は莉子の誕生日だってのに。
それというのも、朝からアンナに誕生日パーティーを“手伝ってくれ”と言われたせいだ。
今日予約しているから、クラスのみんなに話してくれ、と。
右に座っているアンナには、すっかりウンザリしていた。
こんな大事な日に。
ポケットの中の莉子へのプレゼントを握りしめる。
この集まりに莉子がいれば、途中で連れ出して帰ってしまうつもりだった。
けど、莉子はいない。
そうだよな。自分の誕生日だもんな。
莉子と仲がいい女子たちがいないところを見ると、今日はそっちと約束していたのかもしれない。
莉子の誕生日もここで一緒に祝う、なんてことにすればよかったのかもしれないが、そうすると二人で抜け出しづらくなりそうで嫌だったのだ。
莉子の誕生日は、僕にとっても大切な日だ……。
今日だって、顔を出してすぐに帰るつもりだったのに、アンナが袖をギュッと掴んだまま離さなかったので、ズルズルとこんな時間までここに居座ってしまっている。
18時を過ぎた、音のしない壁の時計を見上げた。
いい加減、これ以上はここにいられない。
「ごめん、そろそろ帰るよ」
立ち上がると、アンナがウルウルとした瞳をこちらに向ける。
「え、帰っちゃうの?」
その鳥の雛のような瞳に、申し訳なさを感じる。きっとまだ、心細いんだろう。
けど、今日はもう誰にも譲るわけにはいかなかった。
「ごめん、今日まだ用事あってさ」
「そっか」
アンナが、泣きそうな顔のまま、笑顔を作った。
アンナはこういう子だった。なんでも自分は我慢しようとしてしまう。大丈夫なフリをして。
だからこそ、キツく言えない部分もあったのだけれど。
今日ばかりは、自分を優先したいんだ。
「ごめん」
みんなに謝りながら、カラオケを出ると、空はもう暗くなっていた。
自然と足は早くなった。
莉子に会いたい。
早く帰りたい。
あの小さくて明るい笑顔に帰りたい。
いつだって、元気づけてくれる。莉子と一緒にいたい。
誰かと付き合ってるかもしれないなんて、今は関係なかった。
今日だけは、特別な気がした。
いつだって誕生日は、僕がプレゼントを渡すと、頬を赤らめて喜んでくれた。
いつまでだってそばにいて。
夜遅くなるまで庭で話していた。
今は莉子に、ただ、会いたかった。
家が見える。
莉子は、部屋にいるだろうか。
「はぁ……はぁ……」
息を整える。
ちゃんと、話せるように。
このプレゼントを、受け取ってもらえるように。
小5の時はキーホルダー。
小6の時はリボンの髪飾り。
中1の時は、箱に入ったチョコレート。
中2で、自作のプリン・ア・ラ・モード。
中3で、ペンケース。
今年は……、小さなネックレスを買った。
会えない時間がもどかしい。
莉子が部屋にいるかと、僕は莉子の部屋の窓を見上げた。
…………え?
莉子の部屋の窓は開いている。
そして、兄貴の部屋の窓も開いていた。
兄貴の部屋の電気が点いている。
人影が見える。
それは、兄貴と、その腕に抱きしめられた莉子の姿だった。
思考が、停止する。
頭の中が、真っ白になる。
兄貴が、ふっと顔を上げてこちらを見た。
ドキリとした。
目が合った。
……優しく笑いかけられたような気がした。
けれどそれだけで、兄貴は動揺する様子もなく、ただ、また莉子に集中するように視線を逸らした。
中1の時のプレゼントは、莉子がお兄ちゃんの部屋に入ったのを見てしまった事件があったので、若干しょぼくなっています。




