29 入稿宣言(2)
階段を上がる。
階段を上がる途中で、後ろから声がかけられた。
「莉子」
「え?」
くるりと振り向くと、尚がこちらを見上げていた。
「約束って、何?」
予想外の質問に、一瞬フリーズする。
何せ、拓真が漫画を描いていることは、誰にも秘密なのだ。
「パソコンの使い方を、教えてもらうの」
なんていう、最もらしい出まかせを口にする。
まあ、全くの嘘じゃない。それが100%のうちの2%だったとしても。
「それってさ、」
尚は更に続ける。
「僕も一緒にいたらダメかな?」
ドキリとした。
なんかちょっとだけ、尚が寂しそうに見えたから。
けど、あたしが持っている答えはコレだけだ。
「ダメだよ」
一緒にいたくても、それは出来ない。これはちょっとしたあたしの使命だった。拓真を応援する為の。
玄関から入ることで、自由に拓真に差し入れが出来る。お茶を淹れてあげることも出来るし、何かあった時誰かを呼びに行くことも簡単になる。
ちょっと怪しがられることくらいは覚悟して来たつもりだ。
けど、目を伏せた尚の顔に、ちょっと心はツキンと痛んだ。
ガチャ。
拓真の部屋の扉を開けると、そこに拓真はいた。
それほど切羽詰まってはいないけれど、頑張らないと終わらないのはそれはそうで。
だからかもしれないが、サイドテーブルの上にはエナドリやら食事代わりのビスケットの箱が山になって積み上がっていた。
「拓真、ダメだよ、こんなのばっかり食べてたら」
返事はない。
「拓真?」
まさか、どこかのアニメよろしく、デスクに向かっている姿で死んでいたらどうしようなんてことが頭をよぎる。
「た……拓真?」
その瞬間、拓真がガバッとこちらを向いて、一瞬の沈黙が訪れた。
「…………」
目が、合う。
「うっ…………」
「うっ?」
「うっわあああああああああ!莉子!!」
拓真は、椅子から転がり落ちるように床に転がり、驚きの姿勢のまま後退りして叫び声を上げた。
「え…………」
まさか拓真……、こんな驚きの表情までテンションが上がるの……?
え、人間ってこんな風に驚けるもの?
どうやら拓真は、あたしが部屋に入ってきたことに気づいていなかったみたいだ。
ちょっと驚異的に思いながらも、改めてパソコンに向かう。
「拓真、食事はちゃんととらないとダメだよ。夕食の時間になったら、強制的に食卓に送り込むからね」
「え〜〜〜……。嘘でしょ、莉子ちゃぁん」
「睡眠までは管理出来ないけど、夜も出来るだけ寝て」
「気づいたら毎日2時過ぎててさ」
「ダーメ!」
「む〜〜〜」
「あたしも頑張るから、頑張ろ?」
真っ直ぐに、拓真の眼鏡の奥を覗くと、観念した瞳がこちらを見ていた。
そこからは怒涛のようだった。
パソコンに向かい、溜まっていた分から何枚も効果とセリフを入れていく。
夕食の時間になれば、拓真を食卓へと送っていき、あたしはそのまま家に帰った。
それから2日後。
いける。
最後のページに効果をつけていく。
拓真は、表紙絵のイラストのラフを描いているところだった。
「最後!」
「よぉーっし」
「かん、せい!」
そして拓真の漫画は、入稿にちょうど間に合うように完成されたのだった。
漫画は完成したようですね!
次ももうちょっと続きが書ければいいな。




