27 一つ屋根の下
一つの傘、蒸すような空気の中で、莉子が隣にいた。
最近、アンナが隣にいるせいで、莉子と二人でいられることが少なかった。
最近は、朝もあまり一緒に登校はしていない。
少し、避けられている実感はあった。
けれど兄貴の部屋に通っている現実がある中で、一緒に歩きたいという気持ちについて僕がどこまで突っ込んでいいのかわからずにいた。
アンナと莉子が仲良くしている様子もない。
アンナは、『ワタシ、こう見えても人見知りで……』なんて言っていたし、莉子は莉子で親しくない人間に自分から行くようなタイプでもない。
まだ、時間がかかるのかもしれない。
だから久しぶりなのだ。これほどまでに近くにいられるのが。
莉子の頭がピコピコと目の前で揺れる。
肩までの短い髪は、触りたくなるほど柔らかそうだ。
そして何より、声をかけると、くるりとした瞳がこちらを向くのが好きだった。
名前を呼んだらこちらを向いてくれる。
名前を、呼んだら。
「莉子」
だからといって、用もないのに名前を呼んでしまうのは病気か何かじゃないだろうか。
けどそれでも、髪をなびかせで、ぴょこんとこちらを向く莉子は可愛くて。
思った以上に胸は苦しくなったんだ。
「はぁ……」
ため息をついて玄関の扉を閉める。
リビングに入ると、いつものようにだるそうな目で冷蔵庫を物色している兄貴を見つけた。
「うわっ、兄貴」
驚きの声にも驚かず、兄貴が牛乳をコップにそそぐ。
「午後の講義休講だったから、帰って来たんだよ」
「そっか」
兄貴と僕は、仲が良い。
まあ、正直、僕の気持ち的には微妙なんだけれど。
莉子を部屋に招き入れる時点で、僕にとっては邪魔な存在だ。
けれど言葉を交わすほどの関係ではある。
心の中に、嫌悪感と自己嫌悪を深く沈めて。
兄貴が部屋を出ていくと、リビングでひとつ息を吐いた。
部屋に戻って、英語の課題でもやるか……。
麦茶を飲んで一息ついた。
その時だった。
また、兄貴がリビングに入ってきて、麦茶をコップに注ぎ始めたのだ。
え?
喉
そんなに喉が渇いて……。
と思った瞬間、わかってしまった。
2杯目の麦茶は、莉子の分だ。
じゃなければ、後から誰かの分を持っていくなんてことは、ない。
部屋に戻ってから、誰かが入ってきたとしか考えられなかった。
今……莉子が同じ屋根の下にいる……。
兄貴と二人、で。
心臓がバクバクした。
ついさっきまで、僕と二人でいたじゃないか……。
泣きたくなる。
さっきまで一緒にいたのに、何も言わず、自分の部屋からコソコソと入ってくるなんて。
なんで……。
引き止める方法がわからない。
そもそも、もともと僕のものだったことなんて、一度もないんだから。
一人になったリビングでうずくまった。
自分の部屋には行きたくなかった。
ただ、耳の奥で、いつか聞いた莉子の小さな笑い声がこだました。
お兄ちゃんは存在してるだけでつらい相手なんですよ。




