26 とある雨の日
その日は午後から雨だった。
少し遅く一人学校を出ることになった放課後。
あたしは、昇降口で呆然と立ち尽くしていた。
なんでなんでなんで?折りたたみ傘はいつもカバンに入れてるのに、なんで今日に限ってないの!?
何かの見間違いかも、とか、よく見たらあるんじゃない?とか考えて、もう一度カバンの中を漁ってみる。
課題のノートに、ペンケース。サイフ、ポーチ、最近気に入ってるキャンディ。
傘は……?
傘は…………。
傘がない。
傘は、ないとしか言いようがない。
そして目の前では無情にも、やみそうのない雨が降っていた。
走って帰る……?
こんな時は、だいたいにおいて、思考がおかしくなるものだ。
それはあたしも例外ではなかった。
大丈夫。
急いで走って帰ってお風呂に入れば、ちょっとくらい濡れたって……。
帰れないよりはマシなはず。
あたしは、走る勇気を出す。
1、2、3…………。
走り出そうとした、その時だった。
「莉子!」
慌てた声で、後ろから呼びかけられたのは。
パッと勢いで振り返る。
そこに居たのは、尚だった。
「尚……?」
尚が、あたしの目の前で困ったように笑う。
おかしなところを見られてしまった。
「傘、忘れた?」
「ううん。折りたたみ傘あるから」
「ははは」と笑ってみせる。
入れてなんて言う気もないし。
尚が行ってしまってから走ろう……。
周りを見た感じ誰もいなくて、尚は一人のようだ。
「一人なんて、珍しいのな」
尚はそう言うけど、それはあたしが言いたかったセリフだ。
「本借りに行ってたら遅くなっちゃって」
「本?」
「そう。色の本」
「ああ、デザイン関係の」
「うん。……尚も珍しいね、こんな時間まで」
「数学のプリント、今日中に出せって言われててさ」
尚が傘を開き、
「ほら」
と促す。
「へ?」
「持ってないんだよね?傘」
ドキリとする。
「な、んで……」
最近、関わらずに済んでいると思ったのに。
……けど、流石に幼なじみを雨の中放置するような人間じゃないか。
尚のそんな性格を、ちょっとだけ愛しく、ちょっとだけ恨めしく思う。
そんな風に優しくしないでほしいんだ。
「持ってても入って」
「え、あ……」
そう言われると、もう何も言えなくなってしまう。
「うん」
結局あたしは、尚の傘に入れてもらうことになった。
左側の、触れそうな距離がくすぐったい。
こんな時、何を話せばいいんだっけ。
今までだってずっと、アンナちゃんが来る前は二人で登校していたんだから、二人で歩くのは慣れっこのはずなんだ。
けど、今日はなんだか、ソワソワしてしまって、言葉がどうにも出てこなかった。
チラリと尚の様子を見ると、「ん?」という感じで優しく覗いてくる。
何も言うことがないので、すぐに目を逸らした。
なぜだろう、居心地は悪くない。
雨はしとしとと降っている。
「莉子」
声をかけられて、パッと顔を上げる。
呼ばれるだけで嬉しいなんて、あたしは一体どうなってしまったんだろう。
「……どうかした?」
「いや、えっと……、ごめん、なんでもない」
「あ、うん……」
用もないのに呼ばれた気がして、かぁっと頬が熱くなる。
雨の日も悪くない、なんて、つい思ってしまう、そんな日なのだった。
色の本と言っているのは、今回は配色の本ですね。




