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僕らは一度も始まらなかったはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。  作者: 大天使ミコエル


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25 穏やかな日(2)

「悪役令嬢様、帰りも桐生と一緒なんだね」

 放課後の窓の外を見ながら音楽を聞いていた優香が、ふとそんなことを口にした。

 その言葉を皮切りに、あたしと綾も、それぞれのスケッチブックから顔を上げる。


 優香が使っていた作業台の上には、広げられたノートとペン。それに、一冊の漫画が置いてあった。

 大人しいから作業をしているのかと思っていたのに、どうやら恋愛ファンタジーを読んでいたようだ。


 そこで、優香の“悪役令嬢”がアンナちゃんのことだと思い当たる。


 悪いと思いながらも、「ふっ」と苦い笑いが漏れてしまう。

「別に、尚はあたしのものじゃないし、アンナちゃんが意地悪してるわけでもないし、別に、悪い子ってわけじゃ……」


 モゾモゾと言うあたしに、優香が呆れる。

「莉子には、あれがいい子に見えるわけ?」


「え?」


 優香の方を見たけれど、それ以上返事はなかった。

 ただ、優香は外の部活動の生徒たちを眺めながら、音楽に耳を澄ませているようだ。


 優香には、アンナちゃんが悪役に見えるらしい。

 でもそれは、あたしと仲がいいからで。


 あたしは、思う。

 “悪役令嬢”と言われるなら、あたしの方だ。

 尚を自分のものだって勘違いして、“真実の愛”の邪魔をしてしまうんだから。

 自分の方が、悪役だって気づかないままで。


 けど、今日みたいな日が続けば、あの二人の邪魔をすることもなくなる、はずだ。


 これはもう仕方のないこと。

 好きだって気づくのが、遅すぎたんだから。


 あたしは、気を紛らわせるためにスケッチブックに向かう。

 綾の写実的な絵画とは違い、あたしのは想像上のイラストだ。

 一人の男の子が、丘の上に立っている。

 色をつけるならパステルだろうか、色鉛筆だろうかと少しワクワクする。


「あら」

 と、綾がパッと明るい顔をした。

「やっぱり、莉子は絵が上手いわね」


「ん?」

 と、つい眉を上げる。

 上手い、というと変な感じだ。だって、綾や拓真の方が、ずっとずっと上手いんだから。

 とはいえ、褒められると嬉しくて、

「そ、そうかな」

 なんて照れ笑いしてしまう。


「あっ」

 と優香があたしの絵を見て叫んだ。

「アタシの、見た?」

 と、珍しく食い入るような目をこちらへ向ける。


「あ〜、実は……、見えちゃった」


 笑って誤魔化す。

 優香の斜め前を陣取って座っているあたしに、優香のノートの文章が見えてしまったのだ。

「ぶい〜〜〜」

 と怒りをあらわにする優香の唇がツンツンしている。


「それ、次の曲の?」

「え、ああ……そう」


 それは、歌詞だった。

 優香は音楽が好きなようで、時々作曲をしていた。

 歌詞があるものもあれば、ただのピアノ曲の時もある。

 大抵は、こうしてノートを広げ、鼻歌を歌いながらそれを五線譜に書き起こすスタイルだ。


『音、わからなくならないの?』と聞いたことがある。

 優香曰く、『そういう時はスマホのアプリで確認してるから』だそうだ。

 大抵は、思いついた音をそのまま五線譜に書き散らしている。

 よくそんな芸当ができるなぁ、と感心することこの上ない。


「でもまぁ、」

 と優香が続ける。

「アタシの歌詞からそのイラストが出来るなんて……ちょっと嬉しい」

 優香が照れた顔を逸らした。


 なんだよもう。かわいいかよ。

優香ちゃんは音楽が好きなようですね。

というわけで、お友達回でした。

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