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僕らは一度も始まらなかったはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。  作者: 大天使ミコエル


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23 お見舞い(2)

 突然、横にいる莉子を意識してしまう。


 小柄な肩とか、サラサラした髪とか、よく動く瞳とか、リンゴをかじる小さな口とか。


 見ているのを悟られないように、コソコソと眺める。

 気持ちを悟られたら終わる関係だということは知っていた。


 けど、出来るだけこの目に焼き付けていたいのだ。


 気持ちが溢れ出ないように。

 友達でいられるように、細心の注意を払って言葉を紡ぐ。


「まだ、実行委員の仕事、残ってるんだろ?」

「うん。後片付けとか、報告書とか。といっても足がこんなだから、片付けは結局かなりみんなに任せちゃうところあるけど」

「今日は行かなくていいんだ?」

「うん。昨日の放課後ほとんど片付け終わってて。あとは、月曜の朝。早いんだ」

「ああ。何時に出る?」

「7時集合だから、6時半くらいには出るよ」


 その落ち着く声を聞いていたくて、どうでもいいことを聞いてみたりする。


「じゃあ、6時半に家の前でいい?」


「へ?」

 と顔を上げた莉子の髪が、頬にかかっていてかわいい。

「ううん、一人で行くから大丈夫だよ」


 困ったように笑う。

 困っているのは、僕に迷惑をかけないようにだろうか。それとも、……兄貴に見られたくないからだろうか。


「その足だと心配」

 もっともらしい理由をつける。

 それは確かに嘘じゃないのだけれど。

 理由があればまた二人で歩けるんじゃないかなんて、そう思った。


「ああ」

 莉子が、自分の足をさする。

「じゃあ、お願いするね」

「うん」


 この「うん」を言うのがどれだけ嬉しいか、莉子にはわかるだろうか。


 リンゴをかじる時の莉子の肩が、僕の腕に当たった。

 触れた部分がピリピリとする。




 フライパンを揺らす僕の姿を、莉子はカウンターの向こうから、じっと眺めていた。

 サラダを作り終わって、手持ち無沙汰なんだろうか。


「面白い?」

 顔を上げずに質問をすると、

「うん」

 とだけ返ってくる。

 静かなこの時間はいつだって愛おしい。


 莉子には、時々手料理を振る舞う。

 それは、“料理が出来る男はモテる”なんていう言葉を信じてしまった結果で、やってみるとこれが結構面白く、莉子に振る舞えるレベルになったからだ。

 多分それがギターだったとしたら今頃バンドマンだったかもしれない。そんなやつだ。


 初めて料理を振る舞った時を思い出す。

 あの時もパスタだった。

 あの時も莉子は同じ場所から調理風景を見ていた。今ほどの安心感はなくて、心配そうな顔をしていたけど。


 昼食は、向かい合ってナポリタンを食べる。


「やっぱり尚のご飯美味しい〜」

 と瞳を輝かせる莉子が、かわいくて仕方がない。


 結婚すれば毎日こんななのかな、なんて、ありもしない未来を夢見る。


 未来のない恋でも。


 未来のない恋でも、手放せないままの恋だ。

尚の特技は料理です。ナポリタン以外にもオムライスとか作れちゃう。

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