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僕らは一度も始まらなかったはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。  作者: 大天使ミコエル


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15 体育祭実行委員(3)

「つ、つかれた〜〜〜〜〜〜」


 家の門の前。

 家まであと一歩のところで、あたしは力尽きた。

 夕飯の時間にはまだ遠い。気力も何も、残ってはいないかった。


 世の中はゴールデンウィークだというのに、あたしはリレーの練習に駆り出されたのだった。

 チームリーダーいわく、

『勝利しかないんだよ!』

 ということで、練習あるのみなのだ。


 学校の体育祭といえば、『参加することに意義がある』なんて気持ちで参加しがちなのだけれど、そんな呑気さは許されない、ガチ参加のヤツも少なくはない。

 リレーは特に、最後の注目度ナンバーワンの競技だったりする。


「莉子!」

 横からふいに声が掛けられ、あたしは飛んできた何かをキャッチする。

 冷たい。

 これ……、コンビニで売ってるアイスキャンディだ。


 パッと顔を上げると、そこにいたのは尚だった。


「しごかれてまいったよ」

 なんて、言いながら、尚が一人であることを確かめる。

 ……それくらい、尚がアンナちゃんと一緒にいることは普通になっていた。


 ひんやりと、癒される。


 尚を見れば、既にアイスキャンディを口に咥えていた。


「アイス、ありがと」


「へへ」っと笑ってみせる。

 嬉しい。

 嬉しい、はずだった。


 以前なら、こういうことは時々あったから。

 けど、今はつい、思ってしまうのだ。


 これは誰のためのアイスなの?


 尚なら、自分用に買っていてもおかしくはないのに。

 万が一、誰かのためのアイスなんじゃないか、なんて考えてしまうようになった。


 そんな気持ちを振り払うように、がさがさと袋を開け、ぺろりと舐める。


「甘い」


 いちご味のアイスキャンディ。


「よかったな」

 ふっと笑う尚の顔が、あまりにも優しかったから。つい、見惚れてしまう。


「元気出てきた」

「単純なやつだなぁ」

 なんて言いながら、尚はあたしのことを元気づけているみたいだった。


「毎日大変そうだな」

「そうなんだ。今日なんて、1日中バトンの受け渡し練習。まさかゴールデンウィークまで潰れると思わなかったよ」

「ああ。母さんも、今年の連休は莉子の顔見てないって寂しがってたぞ」

「あはは。暇ならもちろん行くけど」


 なんて。


 ……確かに、何の用事もない連休は、お隣のリビングにいることも珍しくない。

 それは、お隣にお喋りに行く母の付き添いだったり、ただおやつのお呼ばれに行ったり。


 ただ、今年はあたし、いない方がいいんじゃないの?なんて、思っちゃったりもして。

 暇があっても、お邪魔できる気はあんまりしない。

 アンナちゃんと鉢合わせたら、どんな顔をしてしまうかわからない。


 ふと、尚と目が合った。


「…………?」


 近況報告も一区切りついたし、もう行ってしまうのかと思ったけれど、尚は家の塀に寄りかかったまま、動こうとせず、ただそこにいた。

 ……せっかくのこんな状況なんだし、あたしから離れるのはちょっと困難なわけで。


「体育祭、母さんたちも見にくるって」


 ふいに話し出す尚の言葉。

 それは、近況報告の続きでしかないのに。

 尚は、こちらをじっと見ていた。


 突然、居心地が悪くなる。


 そんなまっすぐな目で見られたら、きっと顔に出てしまうから。


「待ってるって言っといて」


 あたしは、きっと赤く染まっていく顔を手で隠そうとしながら、横を向く。


 それから、あたしたちは、尚のママが通りすがって声を掛けてくるまで、1時間ほど近況報告を兼ねた雑談を続けた。


「じゃあね」なんて言う尚を、扉の向こうへ見送って。

 手の中に残ったいちごのアイスキャンディの袋を、見るともなしに見て。

 あたしは、またちょっと照れながら自分の家へ帰って行ったのだった。

ちょっと甘い感じの二人なのでした。

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