1 これはあたしのつまらない初恋の話
「ねえ、その子、誰?」
いつも通りのはずだった朝。いつも通りに起きて、顔を洗って、朝ごはんを食べて、行ってきますを言って、門の前に居るはずの尚に、抱きつくようにして「おはよう」を言うはずだった朝。
そんないつもの「おはよう」を言う前に、あたしの心臓は止まりそうになった。
目の前には、仲良しの幼なじみ。
小学生から一緒に走り回ってきたお隣さん、桐生尚人がいる。
そしてその腕には、見たこともない同じくらいの年齢の女の子が、ニッコリとした笑顔で絡みついていた。
上擦った声で、頭に浮かんだ言葉をそのまま声に出してしまったあたしに、尚ははにかんだ顔で、困ったように「はは」と笑う。
何?これ。
何、この状況。
まさか、カノ…………。
「この子は、父さんの会社の社長さんの娘さん。同じ高校に通うことになったから、面倒見てやれってさ」
『シャチョウサンノムスメ』『メンドウミテヤレッテ』
上手く、言葉が頭の中に入っていかない。
心臓がバクバクしてる。
なんでもいいはずだった。
別に彼女だってなんだって。
だって、あたしには関係ないから。
尚がどんな人と一緒にいようと、あたしはただのお隣さんだから。
けど。
でも。
なんだ、この心臓?
なんでこんなにショック受けてるの、あたし。
なんて言っていいかわからなくて黙っていたあたしに、その女の子が笑いかけてくる。
「ワタシ、アメリカから来たの。石井アンナ。よろしくね」
尚の腕を掴んだまま、星でも飛びそうなウインク。
一つにまとめただけなのにオシャレ感漂うポニテ。
大人っぽい色素の薄い髪と肌。
それと、尚の腕に押し付けられた、胸。
「あ、うん。よろしくね。あたし、藤本莉子」
それだけを聞くと、二人は腕を組んだまま、ニコニコと学校まで歩き出す。
「学校、あっち」
「うん。あー、キンチョーするー」
あたしはとぼとぼと、その後ろを歩いた。
頭の中がごちゃごちゃした。
なんでこんな朝から?高校生にもなって面倒見るってどんな?腕って組まなきゃいけないの?なんで尚は振り解かないの?ニヤニヤしちゃってニヤニヤしちゃってニヤニヤしちゃって!
あたしはぎゅっと、自分のセーラー服の胸の辺りを絞るように掴む。
どうせあたしにはあんな立派なものはありませんよーだ。
振り解かないってことは、あの子はそこに居ていいってことじゃん。
面倒見るってことは、これからは、あの子があそこに居るってことじゃん。
……あそこはもうあたしの場所じゃないってことじゃん。
なんだこれ。
なんだか泣きそうだ。
なんであたし。
だってあたしは……。
目の前の笑い合う二人。
同じ制服。
チビのあたしよりちょうどいい背の高さ。
“お似合い”なんて言葉が浮かんでくる。
その時、この苦しさの正体に、あたしは気づいてしまった。
こんな時に気づくなんて。
こっそりと、犬みたいな人懐っこい笑顔の尚の横顔を盗み見る。
そうだ。
あたし、尚のことが好きなんだ。
手遅れだった。
もう、隣に尚はいなくて、尚の隣にはあたしじゃない女の子がいた。
あたしたちは、ただたまたま隣に住んでるだけで、一緒にいる必要なんてない関係のままだった。高校生になった今じゃ、友達なんていう言葉ですら、当てはまるかわからない関係だった。
あたしよりあの子の方が、よっぽど尚に近いんだ。
自分の気持ちに気づいたところで、あたしにはもう、涙を隠すことしか出来なかった。
また今日から新連載です。
今回は、現代ものの幼なじみじれじれ両片想いラブストーリー!
少女マンガみたいな雰囲気を目指して。
今日からまたよろしくお願いします!




