Lv2・魔王様に拾われる
終わりだ。私の人生終わった。
……いや、そもそも終わったからここにいるんだからなぁ。
もう、いっそのことスパッ!としてくれたらいい。
それはもう、痛みなんて感じないぐらいすっぱりと。
"魔王"と言う言葉を聞いた途端震えだした私に、イケメン……いや、魔王は言う。
「安心しろ。俺はお前が俺に危害を加えない限り、俺もお前に危害を加えない。
俺は争いは好まないからな。――――さて、出口まで案内してやろう。来い」
……は?
今この魔王はなんて言った?
争いは好まない?そんな馬鹿なっ!
「だ、駄目ですよ!魔王様!それは仕事放棄ですよ!仕事放棄!」
「……は?」
「魔王が仕事放棄しちゃったら、勇者はどうするんですか!
『魔王!この世界のためにお前を倒す!』
『えー、こっちはなにもやってないのにぃ?でも、黙って倒されるわけにはいかないから、しょうがない。戦うか』
――――どー考えても勇者の方が悪者じゃないですか!」
「……なんで俺の台詞がそんな間抜けなんだ」
「そんなことはどうでもいいんです!魔王。
勇者のために仕事をしてください!ほら、私の首をスパッと!腰に大層な剣を携えているじゃないですか!」
「恐ろしいことを言うな!馬鹿者!」
首をスパッと、と言った瞬間、魔王の顔が面白いほど青くなった。
……お、おかしい。私の中の魔王のイメージがぼろぼろと崩れていく。
「なんと言われようと、俺は理由もなく人を斬らん。
だいたい、お前、まだ若いのに簡単に命を捨てようとするなっ!」
……やばい、正論だ。
なんていうか、私の言ってることのほうがおかしい。
「わかったなら行くぞ。なにがあったか知らんが、どうせ喧嘩でもしたんだろう?
今頃お前の家族が心配してるごろだろう。ほら」
そう言って手を指しだす。……なに、この魔王。めっちゃ優しいんですけど。
……そうだな、家族が心配して―――いるわけがない!
やばい、すっかり忘れてた!
「魔王様!魔王様!」
「……今度は何だ」
「私、死んでるんで帰れません!」
「何を馬鹿なことを言っている。ピンピンしてるではないか」
……本当のことを話したのに、信じてもらえない。
「私が思うに、ここって異世界だと思うんですよね!」
「馬鹿も休み休み言え。ほら、さっさと行くぞ」
そしてそのまま、私は城の外に追いやられました。
……ひ、ひどい。
◇ ◇ ◇
行くところのない私はちょこん、と城の門のところで体操座りをします。
……なんだろう、廊下に立ってなさい!って言われた子の気持ちがわかるような気がする。
これはめちゃくちゃ心細い。
中に人がいるってわかってるのに、入れないっていうのは案外きつい。
空を見ると、灰色の雲で包まれている。
そういえば、私が死んだときもこんな空だった。
泣きだしそう。……わ、私じゃないよ。空が、だよ。
いや、私も泣きだしそうだけど。
だって、ひどくない?私、正直に言ったんだよ?正直に言ったのに……
「……いや、信じてもらえるわけないか」
正直、私も信じられない。
なんていうか、今は夢の中で目を覚ましたら病院でしたって展開を望んでる。
だけど、ね。
リアルすぎるんだよ。ここは。
絶対に夢じゃないってわかるんだ。
っていうか、夢だったらあんな変な魔王様が出てくるわけないし!
ぽとっと、頬に液体が落ちる。
顔をあげると、雨が一粒、一粒落ちてくるのが見えた。雨だ。
ポツリ、ポツリがザーに変わるのはいつだろう。
こんなところで風邪を引いたら、私は助からないかもなぁ。
ぼんやりと思っていると、突然腕を引っ張られて、立ち上がらされた。
は?と思ってみれば、腕を引っ張ったのはどうやら魔王様のようだ。
魔王様は黙ったまま、私を連れて城の中へ入れる。
なんなの?雨宿りさせてくれるの?
そんなことを思っている間に、後ろで雨音が強くなるのが聞こえた。
魔王様はまだまだ歩く。
そして、さっき私がいた大きな扉の近くの部屋の扉を開ける。
とても立派な部屋だ。
あれか、雨がやむまでここにいさせてやるよ、みたいな感じか。
そう思っていると、魔王様は不機嫌な顔をして私に言った。
「意味のわからんことを言う前に、帰る場所がないならそう言え!」
「え、帰る場所がないって言ったらどうにかしてくれるんですか?」
「……お前はどこまで俺を非道な奴だと思っているんだ」
「いや、だって魔王だし」
私がそう答えると、魔王様は深いため息を吐いた。
「人間どもはどうして俺を悪者にしたがるんだ……俺は平和に過ごせればそれでいいのだが。
――――まあいい。お前、帰る場所がないのだろう?」
「……ええ、まあ、そうですね」
なにせ、ここがどこだか知らないですからね。
心の中でそう付け足すと、魔王様は真っ直ぐ私を見た。
綺麗な目。キラキラして宝石みたい。
……なんでこんな人が魔王様なんだろう?不思議だ。
そんなことを考えていると、魔王様が口を開いた。
「なら、この部屋をやる。欲しいものがあるのなら用意もしてやる。だから」
「だから?」
一体どんな条件をつけるのだろう?
魔王様はしばらく間を開けると、ゆっくりと私に言った。
「死んでるだの、殺せだの、そんな言葉を使うな。―――俺が許さない」
死んでる、のは本当なんだけどなぁ。
とりあえず私は頷く。
魔王様はそれを見て満足そうに微笑んだ。