4 ぽんこつ魔法使いに適任のお仕事
ミアの数々の失態に、ついにアレルの堪忍袋の緒が切れた。追い詰められたハンターの瞳孔は開き、底しれぬ狂気を放っている。
ミアは恐怖のあまりミニスカートから伸びる華奢な足を震わせ、怯えた表情で長剣を背負った戦士を見上げた。
焦りと絶望が、少女を襲う。
また、足手まといだと捨てられる。
練習ではうまくいく。授業ではいつだって褒められたのに、なぜか実践ではうまくいかない。
悔しくて悲しくて、ミアはうなだれる。アレルに見放されたら、自分のハンター人生が終わりだということはわかっていた。
「おまえにぴったりの仕事がある」
解散を言い渡されると思っていたミアは、驚いて顔をあげる。しかし、そこに安堵の表情はない。アレルの冷静な口調の奥に煮えたぎる危険で熱いものが、彼女に恐怖と不安を与えているからだ。
「な、なんでしょう?」
アレルの整った口元が短く動き、ミアは驚いて目を丸くする。
「む、む、むりですぅ。そんなの絶対むりですぅ」
瞳をうるませて首を横に小さくふったミアに、アレルは鋭い視線を送る。
「やれ」
あまりの殺気に息を呑む。殺らなければ、こいつに殺られる。
「み、見捨てたりしないですよね?」
震える足で立ち上がり、アレルを見つめる。
「行け」
わずかに悩んだ後、自分の失敗が原因だとすべてを諦めた。
格好いいハンターになりたかった。そのために努力してきたのに、自分には向いていなかった。
最初は喜んで仲間たちに入れてくれた人たちも、彼女の実力に失望してすぐに見放した。
いくつかのパーティから追放されると、ぽんこつ魔法使いの噂が広まり、地元で組んでくれる相手はいなくなってしまった。ミアは理想がどれだけほど遠いかを知った。
「グアアアア!」
速度をあげて突進してくるクルルガに目をやり、杖を強く握りしめる。アレルの気配は、一瞬で隣から消えてしまった。
見捨てられたとしても、文句はいえない。でも、こんなところで死ぬのは嫌だ!
「こ、来ないでぇ!!!」
ミアは子供のように泣き叫びながらクルルガの横をすり抜ける。クルルガの突進は空振りに終わるが、大きなくちばしの怪鳥はすぐさま向きを変えてミアを追いかけ始めた。
「か、風よ、我を祝福し、導き給え! ガストオブウィンド!」
「グエエエエ!?」
ミアの横を、怪鳥が仰天したような甲高い鳴き声をあげて走り抜けていく。
「えええ!? もう! なんでなのよ!」
自分にかけるつもりの魔法が怪鳥に付与されたのだと理解して、ミアは嘆いた。
しかし、おかげでクルルガは何が起きたか理解できずに混乱して走り続けている。ミアは幸運に感謝し、靴底をすり減らしながら足を止める。反対方向に逃げようと向きを変え、数歩進んだその時だった。
ボールのような影が、自分の横を勢いよく転がっていった。高速回転していたものが弧を描くように曲がり、やがて速度を落として止まる。思わず視線で追っていたミアは、その正体を知って愛らしい顔を恐怖に歪めた。
転がってきたのはボールなどではなく、先ほどまで自分を追いかけていた怪鳥の頭部だった。
足から力が抜け、そのまま地べたに尻をつける。
「はぁ……あぁ……」
怪鳥の目玉が、恨めしそうに自分を見ているようで、目が離せない。
背後から迫ってくる足音に、少女の全身に鳥肌がたった。恐る恐る振り返ると、そこには自分の相棒がいた。頬についた返り血を指で拭う姿は、彼の恐ろしさを倍増させる。
冷酷な瞳が、ミアをとらえた。
「ご、ご、ご、ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした!」
ミアは額を地面に押し付け、見事な土下座を披露する。
「おい、顔をあげろ」
「今度は、できると思ったんです! 練習ではできるんですぅ!」
アレルの声も聞かずにミアが謝罪を続けていると、ぐいっと強引に肩を起こされた。目と鼻の先に寄せられたアレルの顔に、青い瞳がゆれる。
彼の顔から怒りは消えていた。むしろ、見たことのない無邪気な笑顔を浮かべている。
「やったな! これでいこう!」
はしゃぐような嬉しそうな声に、ミアも顔をほころばせるーーはずはなかった。
「これでって、私は囮ってことですか!?」
先ほどまでの反省のいろはすっかり消えて、ミアは不満とばかりに声をあげる。
「当たり前だ。おまえにはそれが適任だろう?」
「そ、そんなことないです! わたしはやればできる子なので、次こそはちゃんとやれます!」
「やればできる子、かあ?」
アレルは大げさに首をかしげる。
「で、できます! さっきだって、できていたでしょう?」
「あれ? あれはまぐれだろ?」
「まぐれじゃないです! 狙ったんです!」
「嘘つけ! おまえ、自分でも驚いてただろ?」
「あ、あれはフェイントです!」
「誰にだよ!」
アレルは食い気味に言うと声を出して笑った。
ミアは気まずくて目をそらすが、すぐに盗み見るように視線を戻した。
誰もが、出来の悪い自分を邪魔者扱いした。こいつは駄目だと、離れていった。彼らが悪いわけじゃない。それはミアもわかっていた。ハンターは命がけの仕事で、そういう世界なのだ。
「あの、続けていいんですか?」
声がわずかに震えてしまい、頬が熱くなる。
「え!?」アレルは否定するように顔をしかめた。「今日はもう疲れたから、さすがにやめとこうぜ」
ミアの胸が熱くなる。
「今日は」
聞き取れないほど小さな声で、相棒の言葉を繰り返す。
アレルは首の骨をボキボキ鳴らしながら、「体がなまってるわぁ〜」とだるそうに歩き出した。
「わたし、次は囮なんてやらないですからね!」
ミアは大声で抗議する。
相棒の背中を追いかける彼女の足取りは弾んでいた。
最後までお読み頂きありがとうございました。
よろしければ、☆〜☆☆☆☆☆で評価頂けたら嬉しいです。