2 相棒の条件
グレイスと最悪な形でパーティを解散してから半年後、アレルは抜け殻のような表情で討伐依頼のボードを眺めていた。
周囲から向けられる視線は、どれも侮辱と敵意に満ちている。以前向けられていたのは羨望と憧れ、もしくは嫉妬の眼差しだったというのに。
信じられる者は誰もいない。
どこか遠くに逃げたくても、金がない。
金がないのにアレル一人では報酬の高い大型モンスターの討伐は受注できず、ひたすら小型モンスターを狩ることで、どうにか食いつないできた。
アレルは受けることも叶わない大型モンスターの討伐依頼を見つめる。あきらめるしかないのだと心のどこかではわかっていた。このまま自分の実力を発揮できない仕事を続け、ハンター生活は終わる。もう、自分の力ではどうしようもない、と。
「あの〜もしもし? 聞こえてますか? あれ? 聞こえてない?」
だから、可愛らしい声で話しかけられてもすぐには気付けなかった。
「あのっ!」
叫ぶような大声に、ようやくアレルは我に返る。
目の前に、見たことのない少女が立っていた。青空を凝縮したような色の瞳でアレルを見上げ、頬をバラ色に赤らめている。
「驚かせてごめんなさい。ずっと声をかけていたんですけど、聞こえていなかったようなので」
グレイスが美人ならば、彼女は可愛いに分類されるだろう。
目はまん丸で、庇護欲が掻き立てられるような可愛らしい顔立ちをしている。顔立ちに似合わず大きく主張した胸に一瞬だけアレルの視線が吸い寄せられるが、すぐに彼女の正体を探ろうと観察する。
服装と手にした杖からして職業は魔法使いだ。この辺りでは珍しい黒髪を長く伸ばし、何かに期待するように瞳は輝いている。
苦労などとは無縁そうな瞳は、アレルの心を逆なでした。
アレルは初対面の、それも年下の異性にも関わらず、冷たい視線を向けて威嚇する。
「なんの用だ?」
彼女は緊張した面持ちで頭にかぶったとんがり帽子をとって両手に抱えた。
「わたし、魔法使いをしているミアと申します。パーティを組んでくれる方を探しているのですが、どうでしょう? わたしと組んでいただけませんか?」
ふっくらとした下唇を噛み、捨てられた子犬のような顔でミアはじっと見つめる。
「おまえ、俺のことを知らないのか?」
アレルは苛立ちを隠さずに睨みつけた。
人間不信に陥っているアレルが、初対面の彼女の言葉をすんなりと信じるはずがなかった。まともな人間がそんな申し出をするはずがないのだ。喉から手が出るような申し出に飛びついた瞬間、ニタニタした笑いを浮かべたやつらが自分をバカにする光景は容易に想像できる。
「ハンターのアレルさんですよね? もちろん、お噂はかねがね伺っております!」
“噂”ときいて思わず歯ぎしりする。だが、続く少女の言葉は意外なものだった。
「大型専門の有能なハンターだと有名ですから。ぜひ、わたしと組んでください!」
驚きのあまり、アレルは大きく目を見開いた。純粋な目で見つめられ、心臓がバクバクと音を立てる。だがすぐに、彼は周囲の視線が自分たちに向けられていることに気が付いた。
騙されるな。アレルは皮肉な笑みを浮かべる。
「俺がどうして前のパーティを解散したか、知ってるんだろ? だが、あれはでたらめで、俺は何もしてないんだ! ここまでして俺を苦しめて、なにが楽しいんだよ!」
悔しいのか悲しいのかよくわからない感情が沸き起こり、アレルは悲痛な声で訴える。
「何もしていないなら、問題ないですね!」
目の前の少女はぱっと顔を輝かせる。
「ああ! だから何の問題もないんだ! って、えぇええ?」
アレルの口から、自分でも驚くほど間抜けな声がもれた。
ミアは戸惑うアレルに詰め寄る。
「だから、問題ないですよね? パーティ、組んでくれますよね?」
「おまえ、俺のことを信じてくれるのか?」
アレルは半信半疑にミアを見つめる。
「はい。大事なのは、本当かどうかよりもパーディを組んでくれるかどうかなのでっ!」
アレルはたじろいだ。周囲の者も同じように動揺しているように思える。この子は、本気なのかもしれない。
手懐けられまいとする野良猫のように、アレルは口をひらく。
「じょ、条件がある!」
「なんでしょう!?」
間髪入れずにミアが聞き返した。その瞳は嬉しそうに輝きを増している。
「俺の半径1メートル以内に近づくな!」
ミアは初めて困惑した表情を浮かべ、おずおずと質問する。
「治癒魔法はいらないということでしょうか?」
アレルははっとした。それは困る。治癒魔法があってこその魔法使いだ。しかし、もうトラブルに巻き込まれるのは御免だった。
「わ、わかった。なら治癒魔法を含め、やむを得ない事情があるときは許可する」
「わぁ! なら決まりですね! わたしとパーティを組んでください!」
「まだだ! もう一つ、条件がある」無邪気に喜ぶミアに、アレルは重要な条件を突きつける。「絶対に俺に惚れないなら、組んでやってもいい!」
ミアはきょとんとして瞬きを繰り返した。
時間が長く感じられる。アレルは湿った手をかたく握りしめた。
血色の良い艶のある唇が、にっこりと可憐な笑みをつくる。
「大丈夫です。アレルさんは私の好みとは真逆なので」
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