第八話:神出鬼没系試験監督
マラレルの王都、カロネイア。
マラレルの沿岸地帯に作られた都で、貿易船が通過する上で必須のルートにある。お陰で様々な国の文化や技術を吸収し、発展してきた。
そして、中心に位置するカロネイア城は宮廷魔術師庁も兼ねており、そこで試験を受けられる。
「流石……大国マラレルの王都じゃなぁ……」
家から何回もポータルを経由し、『操槍』も駆使しつつ、ホスロは従者と共にやっとの思いでカロネイアの関所に着いた。
関所の奥には二重にずっしりと巨壁が座り込んでおり、見るものに威圧感を与えるのに十分過ぎる大きさだった。
一応関所も十分な大きさなのだが、奥の設備と比べるとどうも小さく見える。
だが、既にソコはカロネイアに入る行商人達や住人、それに騎士達などでごった返し、列をなしている。
「日が変わらぬ内にこれて良かったですな」
「じゃなぁ…」
行列に並びながら、二人がウンウンと頷いていると、横槍が入った。
「あら、遅かったですねぇホスロ」
黒髪にラドリア家の正装……ネロだ。
「げっ、お前…試験にまで着いて来たんか」
まさか関所で出待ちをしていたとは……
「あらオドアケル、ホスロの護衛ですか」
「これはこれは、ネロ様……はい、この度はホスロ樣の試験の付き添いに」
「フフッ、相変わらず面倒見が良いですね……でもどうです、私が変わりにホスロの護衛をしても良いでしょうか」
ネロはキツネの様な笑みを浮かべながら、期待混じりの表情で尋ねてみる…が。
「いやはやご冗談を、主を置いて任務を放棄したとあれば戦士の名折れ」
「よぅ言ったオドアケル…!」
ネロにとっては残念。
が、ホスロは改めてこの部下を労いたい気持ちで一杯になった。
彼女は一気に不機嫌そうに口を膨らましてツーンとすると、捨て台詞のように
「真面目ですね……まぁ良いです」
続けて
「明日の試験の会議があるので、ここらへんで失礼しますね」
と言い放つと、パンッと手を叩いて何処かへ消えてしまった。恐らくカロネイア主城だろう。
「あ、普通に仕事で来とったんじゃな……」
呼応するようにホスロとオドアケルの主従二人も関所を通り抜けると、宿を探し始める。もう日は落ちている。
関所を抜けて、市街地に入れば良い場所があるだろうと高を括っていたのだが、どうやら厳しそうな。
狭い面積に色んな店がギチギチに詰められているため、どこが何処だか分からない………
「オドアケル〜ここらへんに良い宿……いや、多すぎるな」
「はい…」
大通り沿いを歩きながら、二人は困った様に左右をキョロキョロと見回す。見えるのは全て暗闇で黒くなり、冷えた石壁ばかり。……本当に困ってしまった。
だが、止まない雨はないらしい。歩き続けていると、何処からか声が聞こえて来た。
「ぉぉーぃ!」
「…ん…何か聞こえたか、オドアケル」
「いえ」
いや……いや、でも、確かに誰かが呼んでいる声が聞こえて来た。
「ホスロー!!」
「オドアケルさんーー!!」
証拠に、段々と大きくなってゆく。そして、その声音…
「ラヴェンナの小娘か」
オドアケルは瞬時に気付くと、声の方に振り返る。
すると、アッディーン家の正装に身を包んだ銀髪の少女が小川を隔てた橋から大声で手を振っているでは無いか。
だが…こんな真夜中に大声を出して……近所迷惑になってしまう。
「止めてくれ……恥ずかしい」
ホスロ、ホスロと大声で言い続けている。馬鹿なのだろうか、いや、そうなのだろうなとホスロは再確認して頷く。
しかし、そう言いつつも二人は小走りでラヴェンナの方へ走った。取り敢えず行ってやらねば。
ラヴェンナの方も走り寄ってきて、とうとう双方が対話できる距離となった。
……何やら文句を言ってくる。
「おいホスロ、てめぇなんで来るのこんな遅ぇんだよ!?」
「俺なんて今日の朝から出発してたんだぞ」
「あ、だからお前居らんかったんか……」
今朝の食卓にこの子が居なかった原因が分かりスッキリしつつも、申し訳無くなる……彼女の言う通りだろう、試験の日を知らないのは受験以前の問題だ。
「まぁ、取り敢えず宿取っといたから早く行くぞ」
「優秀じゃな…」
ほほう、と。それにしてもオドアケルといい、この娘といい、アッディーンの家中の者たちはどうも気が利く。
全く…クセが強い所を除けば申し分ない。
ラヴェンナが取った宿は王都カロネイアの中でも最高級クラスに高いそうな。だが、一応は名家であるホスロ一行は金には困っていなかった。ポンッと軽く宿代を出す。
カーナリアという名の宿屋で、外装は厳格で伝統を重んじる様な固い感じの玄関が中央に据えられていたが、中に入ると案外モダンチックであった。そのギャップが何だか良いなぁと感心する。
その後一行は受付で別々の部屋を取ると、一旦はその場で別れて部屋へと向かった。
今日は長旅で疲れているだろうし、特にホスロは早めに寝たほうが良いだろう。というか寝なねばなるまい。
まぁオドアケルは多分ホスロの部屋の前で徹夜で座り込むだろうが。
カンカン、と心地よい響きを奏でながら宿舎の階段をホスロは登る。流石大国マラレルの宿なだけあって手すりを擦ったりしてもホコリ一つでない。
感心、感心。と鼻歌を鳴らしながら自室へと入る。
「おぉ、こりゃあ広いな」
部屋はびっくりする程広く、やもするとアッディーン家のホスロの部屋よりも二回りほど上回りそうだった。
「ほほぅ、便所に洗浴所(魔力を温水に変換して打ち出す道具)、それに…………なんでベットが二つも?」
宿の係の者が聞き間違えたのだろうか、一応確認しようかな。
…早く寝たいのに……手間だなぁと思いながら部屋から出ようとする。
が、それは出来なかった。謎に足が固定されている。
少し時間を置いて、聞き覚えのある声が部屋を貫いた。
「宿に二人きりで泊まるなどハジメテ、ですね、ホスロ」
「……ネロ………クソッ…入る部屋を間違えたかも知れんわ」
コイツは毎度毎度暇なのか、と内心ビックリする。
だが、ネロはスルスルと近づいて行くと、ホスロの首の後ろに手を回し、顔を近づける。
ホスロの方は止めてくれ、と嫌そうな顔で抵抗するが、足が固定されている為動けない。
「では……今夜は………」
「ネロさん……頼みます、俺明日試験なんよ…それに……」
「明日の試験相手の予想と対策でもしましょうか」
「あ、え、そ、そうじゃな…?」
変な…というかいやらしい行為でもされるのか、と身構えていたホスロは思わぬ返しに拍子抜けする様な顔となる。
すると、そんなホスロを見てネロは嗜めるように言った。
「その様な行為は……まだ私達十七なので……」
そうだった、ネロは元々クソ真面目だった事を思い出した。規定などには意外と厳しいのである。
まぁそれにしても明日の対策……試験監督と一緒にやって違反にはならないのか、と聞いたのだが、どうやらそうでも無いらしい。
「えぇ…正直何も知りませんからねぇ……」
「単純に試験の監督するだけなんじゃな」
普通にそこら辺は厳重なのだろう、まぁネロの様に好意を持つ相手にペラペラと受験生の能力や攻撃手段を喋られては困るだろうし。
ネロの提案通り……(というか部屋に居ること自体がおかしいのだが)明日の対策をする前に…それよりもホスロは見ておきたいモノがあった。ホスロが半年間滞在していた街、『キルルワ』からの手紙である。
本来は家に届く予定だったが、移動したため、そのままホスロの魔力を追跡して、宿に届いたらしい。
試験対策をそっちのけで楽しそうに読み始めるホスロをネロは少し怪訝な目で確認したが、まぁ良いか、とでも言いたげな感じで一緒に手紙を眺めている。
「ほぉ、バルカからか……」
重なり合った手紙の束を解くと真っ先に教え子であるバルカからの手紙が目についた。
『せんせい、お元気ですか私はいまのこの街で元気にしています_』
多少読みにくかったが、師であるホスロの体調を心配する文が多く見受けられる。優しい子だなぁとホスロは心がほっこりした。
(あの子にまだまだ教えんといかん魔法が山の様に有る……宮廷魔術師になって、色々と片付いたらまた行きたいなぁ……ネロ…コイツが許せばじゃけど……)
しかし感傷に浸るのも束の間、次の文を見た瞬間彼の背筋から冷や汗が流れる。
一応、共に婚約の儀(決闘)を行ったサイエンからの手紙だった。裏面にまで書かれた長文は見るのにも嫌気がさしてきそうな_
バシッと一瞬でネロはその文を奪う。そして小さく声に出して読んだ。
「………私の親愛なるホスロ樣へ…………貴方の"妻"は首を長くして帰りを待ち続けております……貴方がキルルワを出たと聞いた瞬間_____長くなりましたが、兎にも角にも貴方ともう一度ヤれる日を楽しみに待っております」
「ホスロ……あの女と………滞在中に何度もヤッたんですねぇ…そうですか」
「ネロさん、多分それ決闘の事ですよ」
遠い目をしながらホスロは天井を見つめる。
(まぁ帰るとしたらリベンジはしておきたいなぁ、負けたままじゃあ魔術師が廃るわ)
「というか……やはり婚約するのは本当だったんですね…」
「お前も結界内の音声聞いとったんじゃけん、分かるじゃろう」
「それに一応観衆がおったけん、あの街に入れば公的には夫婦になるな」
ビリィと手紙が裂ける音が響き渡る。
暫く部屋に沈黙が流れたが、頑張ってこじ開ける様にホスロは言い出した。
「ま、まぁ…気を取り直して……そ、そうじゃ、明日の相手誰なんじゃろうな〜」
カタカタと青くなりながら名簿をめくる。
もう二度とネロの前で街からの手紙を読まないと、そうホスロは固く胸に誓った。
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翌日、ホスロ主従三人は部屋から出ると、まっすぐカロネイア城に向けて出発した。
ちなみにネロはホスロが起きた時には居なくなって居て……多分一足先に城に行ったのだろう。運営者は大変だなぁと同情する。
城への大通りを歩きながら、ラヴェンナは喋り続けている。
「おいホスロ、気分上がって来たか?」
「小娘、敬語を」
「いや、いい、……まぁ……うん、ちょっとは楽しくなって……来んわ」
元気な娘だ。強者同士の戦いが見れるぞー、と体いっぱいに喜んでいる。
「ケッ、つまんねぇ奴になったもんだよ、昔のお前なら武者震いが止まらなかったろうにな」
「自分が弱い事を最近自覚したけんなぁ…そんな戦闘を楽しむ程の余裕なんて起きんわ」
ダラダラと喋りながら移動すること十分、城の門の前にやって来た。
それにしてもカロネイアは門の数が多い、まぁ大型の竜が襲って来た時の対策なのだろう。
門の左右を固める衛兵に一行は止められたが、ホスロが堂々とアッディーン家の紋章を見せると通してくれた。
そして受験生で有ることが分かると、案内役の騎士がフラリと現れて説明を始めた。どうやら肝心の試験会場は城の北西部分にに隣接されているらしい。
行くには城内を通らなければならないため、三人は案内役が言うままに歩いてゆく。
ラヴェンナの口数はちょっと減り、ホスロも目つきが変わる。
オドアケルはずっと変わらず、臨戦態勢でホスロの背後を歩き続けているが。
にしても立派な城だ。
「すげぇな……ウチのなんちゃって城とは大違ぇだ……」
「正直に言い過ぎじゃでラヴェンナ……まぁそうじゃけどな」
歩く度に黄金の天井が一行を出迎える。横を見れば高そうな絵画が何点も壁沿いに連なっていた。
そして、そのままトコトコと歩き…遂に魔術師達の闘技場が見えて来る。
御椀の様な形状で、底が平らになっており、端には石椅子が彫られている。伝統的で、味気のない決闘場。
闘技場全体に不殺の魔法と、いつでも発動できる反魔法陣が敷かれており、安全対策はバッチリらしい。
「では、ここからはホスロ・アッディーン樣お一人だけで」
「おう」
そのまま行こうとするホスロを見つめながら、ラヴェンナとオドアケルは口々に声を掛ける。
「ホスロ樣、あまり気張らずに」
「観客席から見守っていてやるぜホスロぉ!!」
「………ん」
二人共よく響く声で言うものだから、他の受験者がこちらを観ている。
なんだか恥ずかしいのだろう、ホスロは顔を真っ赤にして中へと入って行った。
案内役はずっと説明を続けている。
「総受験者は二十三名、その中から勝ち上がった八名に宮廷魔術師資格が授与されます」
「形式は」
「え、あ、ご存知無いのですね………一対一の勝ち上がり形式です」
「ほぅ…ならば俺は二回勝ちゃ上がれるんじゃな」
「いえ、ホスロ殿はアッディーン家のご子息なので二次戦目からの参加となります、一回勝てば良いですよ」
「おぉ、そうなんか、初めてアッディーン家で良かったわ」
どうやら名家は少しだけ優遇されるらしい。ちょっと悪い気もするが、まぁ……結局当たるのは一回戦目を勝ち上がった猛者なので変わりはしない。
すると会話中に闘技場から電気や地面が抉れる音が断続的に聞こえて来た。もう始まったのかと、現実の無常さを突き付けられる気がする。
「もう……始まっとったんじゃな……」
「えぇ、実は結構時間を押しているので」
これは自分の番になるのも案外早いかも知れないなぁ、と軽く身構える。
ドォォン、パチパチ………
「一次……次の対戦…………」
魔法で出力した音声が無機質気味に、淡々と試験を処理している。ホスロはこの音声が昔から苦手だった。人の温もりが感じない声音、嫌でも物事が進行してゆく感覚。
そして……とうとう自分の番となる。
「ではホスロ樣、ご準備を」
聞くと、ホスロはパンパンと頬を叩くと大きく飛躍して、心を整えた。後は戦場に出るだけである。