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第七話:合格するしか退路ナシ


その日の朝のアッディーン家は歓喜に包まれていた。なにせ一家の至宝が半年ぶりに帰還したのだ。


目を覚ました後、昨日ラヴェンナに言われた様に無断で出ていった事の謝罪をしようと、父に報告する為に部屋から出て通路を歩いて行くと、使用人や親族から悲鳴が上がり中には安心感で泣いている者まで出て来た。

その反応に対してホスロは、別に半年だぞ、と言いつけてやりたくなるのをグッとこらえて一人一人に挨拶をする。


ラヴェンナの様な反応が普通だろうに…この家は何だかオーバーリアクションすぎやしないだろうか。


そして、一通りの挨拶が終わると早々にわらわらと捕まえられて父と母とその他諸々と一緒に朝食を囲まされた。

アッディーン家の食堂の、この微妙に焦げ臭い感じ…良いなぁと思いながら天井や料理を見渡す。


「ホスロぉ……無事で何よりだッッ!!」


父、カイロは俺が帰って来たとラヴェンナから聞かされた時からずっと泣いているらしい。テーブルを囲う人々や世話役の人々の顔もしんみりしつつ、何処か嬉しそうな。


そして、皆ホスロが宮廷魔術師の試験を受ける為だけに態々任務をさっさと終わらして帰って来たとでも考えていたらしく、手紙一つ寄越さなかった事を怒るどころか、任務のついでに試験まで受けるなんて、と父も母も流石は自慢の息子である、くらいしか言わなかった。

竜狩りを余裕綽々とこなせるホスロなら大丈夫、と席を同じくする人々は口々に言いながら、激励しつつ楽しげに食事を始める。


(……変わっとらんな、どんだけ信頼が厚いん…………)


「有難う御座います、父さん………しかし鍛錬に行ってきても宜しいでしょうか………試験も近いですし」


「食事を採る時間すら削るなんて……まぁ、ホスロ、なんて自分に対して厳しいのかしら……!」


母、エールが、立派になって…と目にハンカチを当てながら声を震わす。


「流石で御座いますなぁ坊ちゃま」


いやいや、気恥ずかしくて一緒に居たくない、と言いたそうにホスロはそそくさと席を立つと、スタスタと何処かに行ってしまった。

別に言葉通り真面目に鍛錬する気もあったのだが、取り敢えず、兎に角さっさと会食を切り上げたかった。

それに今日はラヴェンナが早朝から何処かへ出掛けたらしく、あの場に話し相手も居ない。



どうしよう、キルルワの街に手紙でも寄越そうか、とも考えたが別にこんな真っ昼間からコソコソと部屋の中に籠るのは気分が良くない。

(やはり言葉通り鍛錬に……オドアケルの所…門に行こうか)


そのままの足で城内を駆け抜けて門へと向った。

すると、昨夜と全く同じ姿勢で大男がまさかりを手に持って狼の如く目を光らせている。驚くべき精神力、変わらない忠誠心。天晴かな。

ホスロは親しげに声を掛けた。


「オドアケル、内は和やかすぎていかんわ、気が滅入る」


「左様で」


「お前は寡黙で落ち着きがあるなぁ…」


「有難う御座います」


彼は昔から生粋の兵士らしく必要最低限の言葉しか発しない。家臣として理想的である。


「なぁオドアケル〜、久々に剣術教えてや、向こうであんまり剣を使うて無かったけん鈍っとる」


試験も近いしな、とホスロが言うとオドアケルは困った様な、何故か心配する様な顔で時計(魔法により一定の間隔で秒針を動かす魔道具)を確認しながら


「承知致しました…」


と言い、おい、変わってくれと、その辺を歩いていた別の者を門番にして、ホスロと共に城門と正反対の方向にある鍛錬場へと移動して行った。

アッディーン家の鍛錬場はかの家の敷地の三分の一を占める巨大さで、規模だけで見ればそこいらの領主に匹敵する。まぁ、本当に鍛錬場の広さだけだが。


にしてもオドアケル…もといアッディーンの兵士達に剣技を教えてもらうのも随分と久しぶりだ。幼き頃は良くこの男を始め、アッディーンの剣技を収めた家臣に片っ端から挑んでは学んでいた。

最も、魔術の方を重視する様になってからは素振りだけになってしまったのだが。


「さぁ、では構えられよホスロ樣」


「おう」


お互いに両手でロングソードを握りしめ、鋭い眼光を交える。

そう、そう……いつもホスロの方から動いては剣を打ち込んでいた。今日もそうらしい。

ヤァァァ!っと大声で駆け寄ると思いっきり真上に大きく上げた剣を振り下ろす。

そしてオドアケルは軽そうにソレを受け流して再び構える。アッディーンの剣技は『柔を以て剛を制す』を基本としており、真正面から威力を相殺しようとせずに、ヌラリクラリと避ける動作を基本としている。


逆にアドバイスをしながらオドアケルが打ち込む場面もあったが、ホスロの動きも全く変わらない。


「おやおや、剣を持っていなかった、と仰る割には随分と………さては先程の発言は嘘であると見える」


(カンウの爺さんやサイエンの動きも取り入れながらコソ練しとったけんなぁ…)


「流石じゃ、オドアケル」


そうして三十分くらい打ち合いを続けて居ると、一旦休憩とばかりに二人は剣を鞘に収めて手拭いで汗を拭った。


すると……どうやらパカラッパカラッと馬が土を蹴る音が外からして来るではないか。即座にホスロとオドアケルは勘付くと今度は鍛錬場から城門の横に隣接されている見張り台へと急行した。全く忙しい。


やはり、どうやら城の外から誰かが近づいている、立て続けに魔力探知も行ったので間違いない。かなりの量の魔力。陛下か貴族の使いかな、とでも思ったが杞憂だったらしい。

馬上の人物は、ホスロの唯一の兄弟である『アーディル・アッディーン』だった。


「おぉ、アーディル様がご帰還なさった」


城門を開けい、開けいと見張り台からオドアケルが叫ぶとギギギ…と見張りの兵士がアーディルが下馬する必要が無い様に先に開けた。

そのまま中へと入り、まっすぐ兄であるホスロの元にやって来る。


「兄上、兄上ッ…何処に……」


「久しいなぁアーディルよ」


ホスロは見張り台の木の板からひょっこりと顔を出すと、ブンブンと大きく手を振る。

兄を見つけると、アーディルは嬉しそうに近寄って行った。


「おぉそこに居られたか、すぐに参ります」


そして、その姿を確認すると、馬を小屋に繋いで小走りで歩み寄ってきた。ホスロの方も、自然と見張り台からハシゴを伝って降りてゆく。



このアーディルは二歳年下の弟で、将来は兄であるホスロの様な宮廷魔術師ではなく、どちらかと言うとネロが成った騎士候補(マラレル騎士団所属)になりたいそうな。


余談だが宮廷魔術師と騎士候補、この二つの分類はどちらも王家直属であり、格も同じである。唯一異なる点としては、宮廷魔術師志望の者は近接戦闘が苦手な者が多いという様に個人の能力によって分かれている所のみ。

つまり剣技も魔術もどちらも卓越している、又は異常な程の肉体強度を持つもの(カンウやサイエン等)が騎士となり、純粋な魔術だけしか取り柄の無い者が宮廷魔術師を目指す。(文系か理系か的な)


「兄上……宮廷魔術師なのに肉弾戦を鍛えて…………入庁すれば周りから憎まれますな」


アーディルはホスロが腰に剣を帯びているのを見て怪訝な顔をした。


「まぁ、そう言うな、俺はどうしても受からんといけん」


(何故なら不合格になればネロの監禁部屋に連れ戻されるかも…なんて言ったら驚くじゃろうな……)


弟は最近騎士候補の試験勉強の為に標準語を学んでいるようだ。そのせいだろうか、訛りが取れている。

敬語で話しているから、というのも有るが。



にしても、丁度良いタイミングで来てくれた、と内心弟を大きくホスロは褒める。

彼としては試験を受ける前に、自分の大体の実力を知っておきたかった。今まで戦ってきたのがネロやサイエンなどの化け物ばかりだったので正直マラレル国内での自分の立ち位置が分からない。


「そうそう、アーディル、どうだ、手合わせでもせんか?」


「おや…急にですね……私などが兄上とですか……」


「まぁ、まぁ、久しぶりにな」


ふと横をみればオドアケルが決闘用の結界をする張り始めている。しっかりと、邪魔にならない城外に。

二人の話を聞きながら、流石に門の目の前で戦いを始められたら困る、とでも言いたい風であった。


だが、にしても気が利く。


兄弟は、うむ、と目を合わせると駆け出して行き、その結界に誘われるようにして中に入る。

双方帯刀している剣に不殺の魔法を張って向き合った。


そして、その姿勢のままゆっくりと剣を鞘から外してビシッと構える。


決闘の結界は結界内の人数が二人になった瞬間に完成する。


オドアケルは「十、九、八……」


と数えながら結界の外へ向けて歩き出した。


「四…三」


「纏炎」


「纏電」


「二、一………」


出た瞬間、物凄いスピードで剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。

アーディルの固有の能力である『操電』はホスロの『操炎』と同じくアッディーン家の伝統的な固有能力として有名である。


戦闘スタイルも兄弟らしく、これでもかと言う程に似ている。どちらも電気や炎を纏って肉体強度と瞬発力を底上げして殴り掛かる、当に脳筋の戦法。


ただ…純粋な殴り合い、という点ではやはり曲がりなりにも騎士を目指しているアーディルの方が上手らしい。


ギィン、ギィンと何度も何度も剣を重ねる度にホスロの方が押されてゆく。


「兄上、衰えられたか!」


「いやぁ…そりゃ分からんで」


ただ、ホスロは魔術師である。近接戦では敵わんと見ると、思いっきり炎を撒き散らして砂埃を舞わせた。


焦げた砂と煙が結界内に充満する。


「ゴホッ…ゲホッ……!」


自分が生み出した炎から発生した煙ならば、『操炎』の操作範囲内なのでホスロは煙の妨害を喰らわないがアーディルは違う。当然口から大量の煙を吸い込み、苦しくなってゆく。


電気を大量に放出しても別に煙が晴れる訳でもないし、第一やったとしてもその後の隙をつかれて負けるだろう。


がむしゃらに剣を振り回す


「ハァ………ゲホッゴボッ……ハァ…ハァ゛………」


もう呼吸も出来ない程にヘロヘロになった所で、漸く煙は晴れた。


「ハァ……ハァ………卑怯ですね…兄上」


「戦場だったら死んどったで、アーディル」


ホスロはクックックと低く笑いながら言うと、少し怒った様な顔で注意をする。弟は昔から正々堂々で強者は強者らしく、という感じで勝負をする。故に心配なのだろう。


(まぁ、これで俺の大体の実力が分かったわ、騎士目指しとる子に余裕持って勝てるくらいなら、試験も安心出来そうじゃな)


ところで肝心の試験の日程は何時なのだろうか、急に気になったホスロはふと側に控え続けているオドアケルに尋ねてみた。


「なぁオドアケル、そういや宮廷魔術師試験って何日なん?」


例年はこの時期くらいにしていたハズ、早くても一週間後くらいだろうと高を括っていたが、どうやら見当違いだったらしい。


「明日です」


「ん…?」


「宮廷魔術師庁で行われる最終認定試験(勝ち上がり形式のみ)は明日行われます」


「えっ、ちょっ……ん……ホンマに言っとる……?」


「はい」



オドアケルは冷静な顔で言い放った。


「ならもう移動せんと、王都まで半日掛かるんじゃで!?」


「お供致します」


「あ、兄上、私は遠慮しますね」


「お供しますね〜じゃ無いわ!」


呑気に試合する前に言っとけよ、と思う訳である。


「あぁ…いえ、ホスロ樣はそれを承知で余裕を持って最後の鍛錬をされたのかと思いまして……」


「むぅん……それは……まぁ、確認してなかった俺が悪いわ」


貴方を信用していたからこそ、と言われれば何も返せない。

ホスロはそそくさと城内へと踵を返すと、自室に戻ってポーションやら包帯やらをケースに詰め始めた。

(全く……なんで行きたくもない試験に行かんと……ネロめ……)


ここで試験を受けずに、あの監禁部屋へと逆戻りなど冗談ではない。ホスロは不愉快そうに口を曲げながらも、せっせと手だけは動かし、荷造りを完成させて行った。





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