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第六十二話:止まった雪景色


フュオォォ…と、針のような風が、少年の赤い頬を引き続き撫でていた。

ヴォルセリアは寒い、底抜けに、寒い。

都市全体の標高が高く、殆ど年中粉雪が舞い、悲しげな白山が連なっている。


少年は、ホスロは、たった一人で、馬に乗りつつ…魔獣を撫で斬り回っている。

これも全て、弟が喧嘩別れのような形で、離脱したせいである。

ビチャリ。返り血がこおり、服に張り付くたびに、彼は嫌な顔をした。


(思えば…"コレ"も人手不足が故だな)


何故…護国卿ともあろう者が、このような危険な任務をせねばならんのだ。


(俺以上の強者が、あまり居ないからだ)


小型から、中型の竜と万一遭遇した場合、落ち着いて対応出来る人物がマドラサに何人いるだろうか。


かと言って、別に、嬉しくは無い。

ライオリックという神の如き男と戦った後だと、どんな魔法使いも、騎士も凡人に見えて仕方が無い。


(むしろ、俺以上の強者が少ないこの状況は、危険じゃな)


そうとさえ、ホスロは思っていた。


ひたすらに寒い。ふぅぅぅと吐いた息が、瞬く間に白くなる。


__冷静になると、随分と…アーディルと別れてから、随分と魔物を狩り続けている。

手は仕込み杖を振り続けた為に、凍った皮膚が剥がれ、更に割れを繰り返し…内出血していた。

ただ、悴んでいるせいで痛みは無い。


_ガサリッ……また、凍った叢からウサギのような魔獣が飛び出てくる。六つ程の巨大な口が集合したような頭部を持つ、気味の悪い姿。五メートルは有る。

見える限りは…狩らねば。


牙突の構えを取り、剣を押し出すように前方に構え、腰に重心を置く。そのまま滑らかに前傾姿勢を取りつつ……バキィ!、と凍った地面を踏み抜き、一気に脳天を貫く。

最近サイエンから教えてもらった技らしい。


ピギィ、と短い悲鳴を上げて、ウサギ型の魔獣は息絶えた。


「……」


(アーディルは、まだ子供じゃ…迷子になってないかなぁ、竜と遭遇しとったら大変じゃ)


このような弱い魔獣ばかりと遭遇していれば良いが。


どこまでも兄貴らしい。あんな別れ方をしても、尚も心の底では弟の事が心配なのだろう。


「…寒いな………俺は、一人か」


厚着をしてこなかったせいで、体温が下がっている。高山の為、酸素も薄い。中々息が整わぬ。


一人か__誰も、俺が歩もうとする道を…肯定してくれないのだろうか。

昔からそうであった。何かをしようとすれば、壁が自分を阻む。ソレも、越えられない壁が。


今回も、そうなのか?


陰鬱としながら杖を見てみる。

杖には、ラヴェンナが写っていた。


「らしくもねぇなぁ……でっけぇ目標を見て、ワクワクするのがお前だろ」


そう、杖は喋った。杖が意思を持って、喋ったのだ。俺では無い。


「…いや、だよな、ラヴェンナ………違う…俺は…俺は、何の為に生きとるんかなぁ…」


悩むように、首を横に振りつつ、そのまま杖を仕舞おうとすると


パチ、パチパチパチ…


と、どこからともなく拍手の音が寒空に鳴った。

ソレは綺麗な音であり、柔らかい掌が合わさって居るのが分かる。

パチパチ…パチパチ、余裕が有るのだろう、ゆったりと拍手している。


されど、周囲を見渡しても、深い雪草が生い茂って居るだけで、魔力探知をしても気配は無い。


(…手練れかな)


驚かずに…仕舞いかけた杖を、また握り、魔力を込める。


「…誰なん?」


パチパチパチ…パチ


「この辺は…魔獣が多い、早めに帰った方がエエで」


風が強くなる。ソレは、最早風と言うよりも、吹雪に近いのかも知れない。

その吹雪が、ホスロの声を小さくさせている。

怯えている様でもある。


だが、ふと虚空から聞こえて来た声は、何故か澄んでいた。


「その必要は無いよ、ホス君や」


声のする方を見てみれば…レマナである。いつもの銀髪に、魔導士御用達の装備であった。

ちょこんと置かれた小石に座っており、寒さ故だろうか、膝を抱えて縮んでいる。


「占い…いや、レマナ殿」


不意を突かれたホスロは、自然と丁寧な口調となったが、同時に緊張がほぐれ、警戒態勢も解いた。


「…口兎コウサギを狩るとは見事見事、腕を上げたようだねぇ」


「……なんで」


「何故私がここにいるか…かな、さっきアーディル君と会ってね、辛そうな顔をしていたから事情を聞いた所……なんだ、喧嘩したそうじゃないか」


「きっと弟と別れた憂さ晴らしに一人で魔獣狩りを続けてるんじゃないかな、と思って空を飛んでいたら君を見つけた、それだけだよ」


「私のみならず、弟君にまでも見放されるとはねぇ……何と言うか、本当に哀れだな君は」


だが、魔女に馬鹿にされても、ホスロはガンを飛ばしながら


「…舐めんなよ……別に、公国の諸将に見限られ……彼等を敵に回そうとも、俺の夢が途切れる事はない、俺の行動が曲がるわけじゃない」


すると、レマナは「あっはっは」と大きく笑いながら、ニヤリとほっぺたを少し上げながら、意地悪そうな顔付きになって


「コレだけ、私達に、"私に"世話になりっぱなしなのに?」


と、いかに自分の存在がホスロを輔けて来たか、説き始める。


「行軍中に対龍の結界を張りながら哨戒を行える魔術師が、君の部下に居るのかい?」


「君の腹心は、一等宮廷魔術師の目を誤魔化す程の精度の隠密の魔法を掛けつつ、一切音を立てずに城壁をくり抜ける程の魔術の使い手なのかな?」


「違うだろう…この先、マラレルと殺る上で私や、公国諸将の助けは必須さ」


レマナは言い切る。


「そもそも、別に皆も、マラレルと戦争する事自体には反対すまい…だけど、問題なのは君のせっかちな指導に付き合わされる事だろうね」


君の望みは、いずれ叶う。だからヴォルセリア会議では大人しくしていろ、とレマナは不肖な弟子に向けて哀憫の表情を浮かべている。


「急ぐ必要など無い、ゆっくりと準備を整えて、それから喧嘩を売っても…まだ、君達は若いんだから」


彼女の言を聞き届けて尚も、ホスロの眼光は光り続けている、煌煌と。


「アンタは…龍竜人族じゃけん、何百年と生きられ、元気じゃけど……若いと言っても、俺はあと十数年程度しか、全盛期の状態で戦場を回るのが難しい」


「ソレに、今は忙しいが、ニクスキオン朝との戦争が終われば、ヤツラは必ずココを征服する算段を整えるハズじゃ」


その、半年から一年の間に国内を統一させねば、とホスロは必死なのだ。


レマナの言葉通りにしていると、時期を見誤るだろう。


「…ホス君、それは……」


「無理さ、こんな僻地まで兵を出す余力は無いよ、ヤツラには」


(有る、ライオリック一人で成せる)


ホスロは反論したかったが、止めた。話を聞いてやろうと決める。


「ライオリック君が来ることを恐れているのかい、だがね、アレは精々五老杖と同格かソレ以下程度の強さだよ」


(……この女、俺の思考を読んでいるのか)


「多少は読めるさ、公国の魔女だもの……まぁ当然、疲れるがね」


「…五老杖と同格なら、十分じゃがな」


十分、オルレアン含む公国諸将を手玉に取れる。


「ホス君」


だが、レマナは


「忘れるなよ、私がいる」


公国の研究者筆頭の、魔導士レマナが。


改めて。研究者筆頭とは、その国で一番の魔術師の事を指す。

魔術の世界に於いて、既に有る魔法を調査する事は人間の仕事であり、新しい未知の魔法をゼロから創造する事こそ、人間離れした研究者達の本領であった。


「だから…こんな、急進的な行動は辞め給え、自分の身を滅ぼすよ」


「……レマ…占い師さん、俺は、それでも……それでも、無理じゃ」


「今、この期間しか無い」


「急がにゃいかん、早う、早う、一刻も早く…」


「はぁ…君の独裁の世にせねば……か」


レマナの銀髪が、冷たい風と共に上下し、背後には雪粉が舞っていた。

彼女が座る小さな石だけが、唯一暖かそうにしている。が。


「もう、私が何を言っても…無駄かね」


その石からも、暖かさが失われようとしていた。


「まぁ良いさ……エレノア様にさえ…害を与えぬのならば……多少は見逃し、目を瞑ってあげようか」


「だが……やはり、今後は君からの出撃命令は一切聞かない事にする……"小僧"、覚えておきなさい、私は君の魔術師では無いからね」


そう言いつつ、レマナは座石から立ち上がりざま、瞳だけ龍竜人族ドラドラに変えて(人化を解いて)ホスロの心臓部分を見つめた。幼い顔で、自分の前髪を手で煩わしそうに払いながら。


操天狗タナトス


「君は世界から嫌われているらしい……その能力も、自滅する原因となるだろう」


「うん?」


操天狗、狗か、と、魔女はホスロを見つつ言った。


「…それにしても、死に際に授かる固有能力は、本人の性格を反映していると良く聞くが……君は顕著だね…うん、難しい能力を貰ってしまっている」


そのまま、クイッと、彼女は虚空を人差し指で円形になぞりながら


「瞳よ満たせ、瞳よ満たせ、汝の脳髄に女神の神示が下らんことを……普遍魔法『傀儡』」


人形のような顔でホスロを見つめる。


瞬間、バリッ…バリリッ!と


突如として、本人の意思とは関係無く、ホスロの顔面が剥がれ、内側から食い破る様に、爛れた皮膚を纏う狗の頭が這い出て来る。

続けて肩甲骨の辺りから竜の翼が生え、上半身は丸ごと魔物のようになってしまった。


ジルレド・アキナスと戦った時の姿のままである。

魔獣とも、魔族とも区別が付かない…人間の美醜の基準で言うと、なんとも醜い姿。


「レマナ゛ぁァ……お前……何を……」


突然の『操天狗タナトス』の発動により、戸惑ったのもあるが、感情の抑制が効かなくなる事を恐れてホスロは狼狽えた。

現に頭を必死に抱え、何かから隠れるようにし、雪に頭を突っ込んだ。少しおかしな格好である。


「……ふむ、前から思っていたが、戦闘となれば良い能力だねぇ、膂力、俊敏性の向上に加え、魔力に比例するが持続的な再生能力も備わる」


「極めつけは……"ソレ"だね、感情の抑制が効かぬ事により、自他の死を恐れなくなる」


「あらゆる知的な生命が持つ根源的な恐怖を、無くせるんだから」


レマナは言いつつ、呻き回り、透明な敵から逃げたそうにのたうち回るホスロを眺めながら、パチンッ!と指を鳴らした。


魔法が解け、ドバッ、とホスロの『操天狗』の効果は消えた。

汚い泥をはたき落とすように、その、体を纏っていた獣は消え去り、怯えたようにガタガタと肩を震わせるホスロのみ残る。少年のレマナを見つめる瞳は、まるで兎のよう。


「あまりその能力は…余程の事がない限り、使わないように」


「後悔するよ」


「……あ……あぁ」


自分自身でも、抑制し切れぬ力は危険である。

操天狗タナトス』は切り札であると共に、言うなれば、周りを巻き込む自爆技とも成りうる。

魔力が足りず、再生能力の不足が見えれば、きっとホスロは味方さえも食らって能力の補強をするに違いない。

人間を食して魔力を抽出するのも、『操天狗』の能力の一つであった。


勿論、人を殺す事や、共食いに抵抗のある人物ならばそこまで至らないだろうが、ホスロは戦場では冷淡である。

ソレは、彼自身、うっすらと分かって居るハズ。


__英雄は危機に瀕し、その友を喰らった。友の名はラハウと言う__


ある『操天狗タナトス』使いの伝記の一節らしい。

レマナは注意と共に、その節を雪空に向かって詠んだ。

英雄とは勇者の子孫を指し、ラハウとは魔法使いを指すのだと。


「……君はきっと滅ぶ…性格が、固有能力が、象徴している…………それだけが……残念だ」


「子鳥に、大龍の行く先は分からんじゃろ」


「言うようになったねぇ」


この私が、小鳥か。


「君は遠くに行ってしまうのか、この会議で、君は大権を有し、一気にマドラサを戦争へと巻き込んでゆくのだろう」


雪が、舞っている。舞っては粉となり、掠れてゆく。


魔女と戦士の間が、透明な白いベールで遮られている。そのベールは、全て雪であり、そして吹雪であった。

最早周囲の叢さえ見えぬ。少年の目の前にちょこんと佇む魔女の姿も、段々儚く消えてゆく気がした。


「…占い師さん、俺は……これまで何度も冬を越し、雪山を眼に焼き付けてきた」


「若いくせに」


レマナがバカにするが、ホスロは続けて


「じゃけど、この風景が見られるのも、もう幾度とは無いじゃろうなぁ」


その言葉は、少年の行く先を自ら理解し、暗示しているようで


「………本当に、愚かな__」


続きは吹雪でさえぎられ……どちらが言ったのだろうか。



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