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第六十一話:勘の良い愚弟

____


「冷えますなぁ、兄上」


「あぁ…」


ギベリン達の来訪から二日程経ち……ホスロは現在、会議が行われるヴォルセリア(マドラサ北部、殆どマラレル教圏)地域にまで移動し周辺の魔物の殲滅作業中である。

公国議会の議場は、当初は新首都マドラサであったが、過疎地域の貴族の不便も考えた結果、より北部で開かれる事となった。


(エレノア様は、つくづく甘い)


と、ホスロは思わざるを得ない。

なるほど…確かにポータルの技術も発達し、ほぼノータイムでマドラサ城(都市全体を指す城でなく、エレノアの居城)から現地まで向かえるが、それでも……


「この寒さは、どうにもならんな」


公王ならば、毅然として「お前達が来よ」と言いのけるべきである、と少年は思う。


(全く…アーディルもアーディルだ、エレノア様の隣に侍っておきながら、そんな事も言えんのか)


とホスロは横をにこやかに歩きつつ、『操電』の能力で索敵を行う弟を叱りつけたくなったが、グッと抑え


(まぁ、その甘さも、この子達の美点かな)


ホスロもホスロで、かなり甘い。


__既に大半の貴族、そして公国の将兵達に召集令状は行き渡っており、彼等の中のいくつかは、現在ヴォルセリア近郊に作った宿に泊まらせていた。

会議まであと一週間も無い。明後日には議員の殆ど全員が、この地域にやってくるだろう。

ソレまでにヴォルセリアから危険な魔物を追い払わねば。


(……貴族や公国の従来の将への条件は、決めとる)


だが、今の…馬上のホスロを支配しているのは、魔物退治のアレコレでなく、会議の事ばかり。


『マドラサ貴族が主導している商人組合ギルドの権能(貴族の従者や本人達のみで結成した店以外がマドラサ内で商売を行うと、その土地代として税を取ることが可能)の停止。今まで免除されていたマドラサ貴族自体への土地税(貴族含めた、マドラサ国民に一律に課せられている個別税とは別の、所有する土地の面積に応じて増加する税金の事)の復活』


他にも娼館の廃止や、賄賂の禁止なども取り付ける予定であるが、一先ずは、貴族の財源である商人組合の弱体化を行うらしい。

大仕事となることは確実だろう。


(それに、公国の将兵にも…無理を強いることになるな)


更に、"護国卿を除く"公国の隊長級以上、騎士爵が与えられている者共に関しては、『貴族の土地税を納めさせる義務』を付与するらしい。

『いかなる理由があろうとも、規定の税金を納めさせるまで任務を放棄する事はならない』

もし違反すれば、少々重いやも知れぬが…爵位の剥奪まで考えている。


(俺自身は、一切貴族の税金問題に関しては、潔白じゃなきゃいけんわ)


ホスロ自身が貴族から金を巻き上げぬ事により、マドラサ貴族連中の恨みは公国従来の将達へと向くであろう。

もちろん、提案したホスロに最初の方は増悪が向けられるが、今後関わらないことによりソレも薄れるに違いあるまい。

「俺自身は、もうどうでも良いが、部下達が反対するのだ」と言う風においおい持ってゆくつもりなのだろうか。


更に公国市民については


『人種、種族関係なく、アヴェルナ教徒への個別税は銀貨(各国によって銀貨の形は様々であるが、含有量は魔法による測定があるため、大抵一律六グラム前後)五十グラムを定期的に……ソレ以外の教徒に対しては百グラム…二倍ほどの税を納めさせる』


明らかな、アヴェルナ教徒優遇政策を採るらしい。


ホスロは一応マラレル教を宣伝しているため、もしこの法案が通れば、もちろん自分自身、一切の不純無く納税義務を果たすのだと。

"護国卿が贔屓しているハズのマラレル教徒への税の方が重い"

少年なりの「私は決して絶対的な支配者でなく、公平である」との印象作りだろう。

無論、百グラム前後の銀の定期納品など、ホスロにとっては痛くも痒くも無い。


多少微笑みながらカッポカッポと馬を歩ませていると、ふと、アーディルが右手を上げて


「兄上、見て下さい、氷小竜アイスワイバーンですよ」


「……ふむ」


この地域は雪山を根城にする、氷小竜と呼ばれる竜がよく飛行している。

死鶏コカトリスよりも大きく、頑強であるが、人に一切懐かず、薬物耐性もあるので獣薬も無効化する。


「雄大ですねぇ……所で兄上、氷小竜の面白い習性を知っておりますか?」


「…いや」


アーディルは、こう見えてかなり博識である。

戦闘訓練ばかりで、勉強を一切してこなかったホスロとは違う。

知識が自慢出来る、と、えっへんと胸を張りつつ


「あの種族は、群れのリーダーを決める際、あまり強く無さそうな個体を選ぶのですよ、不思議でしょう?」


「なんでなん?」


「強い個体だと、逆に人間や竜狩りに狙われて殺され易く……それに他のオス達が…自分達の行動を制限されて困るからなのだとか」


「ほほぅ………本当にそんな事を考えとんなら…頭がエエんじゃなぁ、ヤツラは」


「良いのですかね……私は、強い個体をボスとして崇めないのは群れの崩壊を加速させるだけだと思うのですが……?」


「いや、良いさ、ヤツラは賢い」


「……所でアーディルよ、竜の話は置いておいて」


ホスロは馬上、氷小竜から視点を移し、弟を見つめると、もう一度「話は変わるが」


「………明日の会議で、お前はエレノア様の横を決して離れるなよ」


「そして、もしエレノア様が議場から抜けようと試みられるのならば、お前は彼の人の靴を掴み、衣服を握り割いてでも押し留めろ」


「…はい……?」


「議場の周囲を、鉄剣を帯びた勇士が、殺気立ちつつ囲んどるかも知れんからな」


ホスロは途中から、俯きながら言い切った。


対照的に、兄の言葉を聞き、少しアーディルの額にシワが寄る。


「…!……兄上、そう言えば、アッディーン騎士団の…ギベリンや、ゲルフもヴォルセリアの宿に連れてきて居ますよね」


「……あぁ、当然、彼等は"俺"の大切な家臣じゃけんな」


「…兄上の家臣では無く、アッディーン家に…父上に仕える騎士ですよ」


「当主は俺じゃ」


「いいえ、父上です」


弟の発言に、ホスロはため息をつきつつ


「父上は亡くなったがな、いい加減現実を見よ、俺が当主じゃ」


ホスロの方に命令権が有るのは事実である…が、彼がギベリン達に命令を伝える前に、アーディルが兄の考えを察して(そもそも、レマナから言われていれば良かったのだが、彼女が遠慮したのだろうか…)

「兄に何か…誤った判断をするようであれば、諌めるか…自分に真っ先に教えよ」と強く言っておれば、多少変わったかも知れない……しかし、時は既に遅く、彼等は狩人の目つきになっている。命令に忠実な狗と成り果ててしまっていた。


「兄上……ヴォルセリアには幸い、賊は少なく、それに公国議会の会場は、公国直属の騎士団で護衛します」


「足りんじゃろう」


「足ります」


「いいや…足りぬさ」


「……足ります」


エレノア達が連れてきた公国兵は、二十名前後である。

対してヴォルセリアに移動済みのアッディーン騎士団は八十名を超えており、その全員がマラレルの宮廷魔術師……公国の隊長クラスよりも少し弱い程度の実力を有している。


「やめておけアーディル、この問答はよせ、しても意味が無い」


「過度な……いえ、エレノア様の許可も無く、勝手に議場に私兵を配置する事は、明らかな越権行為です」


「見過ごす事は出来ません……一先ず、レマナ殿に報告させて頂きます」


「アーディル…俺は、お前とエレノア様の事を思って言っとるんよ」


「お前達が死なぬように、最善を尽くすつもりじゃ」


「……見過ごす事は」


アーディルは、言いつつ抜剣した。ギラリ…バチ……バチバチッ!と段々、その抜身に電気が伝ってゆく。


(融通の利かぬやつ)


ホスロはうげぇと言うような顔をすると


「ここで我等が争って何になる…そもそも俺は、マドラサ貴族の権力を取り上げたいだけで、エレノア様方に不利益を強要する訳では無い」


「……」


「信じられんか」


この兄を、とホスロは言いかけた。言わずとも、分かって欲しかった。


「そもそも、もし今殺り合っても…十中八九俺が勝つじゃろうしな」


お前が死ねば、エレノア様は誰が守るのだと少年は意地悪そうに笑った。


既に計画は軌道に乗っている。クレアを走り回らせ…彼女の報告によると、何名かの貴族はホスロの意見を知った上で、賛同するのも居るらしい。

アーディルごときの…弟にどうこう出来る次元では無い。


ヨナタンやアステルドも、反対すまいしな。


きっと彼等は、ホスロが議場を私兵で囲む事については激怒するものの、提示案自体には賛同するのでは無いだろうか。

(彼等は根っからの軍人だ、今回の会議では正式

に彼等に騎士爵を与え、更に兵権も与える)

彼等にとってはマドラサ貴族の進退よりも、ソチラの方に思考の天秤が奪われるに違いない。そう、なって欲しい。


だが、アーディルは尚も剣を握る。


「今までの考えを捨てます…兄上は、貴方は王の……支配者の器ではない」


「あぁ、そうじゃで」


だから、エレノア様に王を委ねたのだ。

とホスロは悲しそうに言った。

サラーフの名を冠する器であっても、鉄杖を持つ支配者では無いのだ、と自分に改めて言い聞かせる。


「とにかく、今のお前に出来る事など何も無い…だから、エレノア様の側を離れず、ひたすらあの方を守れ」


「ええな?」


「……」


クソっと言いつつアーディルは剣を納めると、すごすごと兄を置き、一人で雪道を駆け始めた。素早い。


「おい、何処に行くアーディル」


「少し…頭を……冷やして参ります」


(けっ、行くなら行けば良い、馬鹿真面目め)


改めてホスロは、弟の頑固さに閉口した。




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