第五話:究極の三択
あれから……薬を飲んでから体感で随分と時間が経った気がする。寝ている感覚はあるが手足が動かせない。
どうにかして、どうにかして動かなければ。
麻痺する口を精一杯に開いてスー、スーとゆっくりゆっくり呼吸を行ってゆく。
ス〜、スースー。はぁ…はぁはぁ………
もう少し、もう少し。
段々、徐々に視界が開けてきた。
ぼやぼやしている。嗅覚はまだ復活していないのだろう。
なにも匂わない。
そして、何やら人影の様な者が認識出来てくる。まぁ多分……
「起きましたかホスロ」
やはり夢では無かったか、と飲んだ事を後悔したが後の祭りである。
手足の感覚は未だに戻らない。
「ここは?」
首だけを左右に振って辺りを見回してみると、一面の石レンガで覆われていた。冷たい石の感触が頬をヌルリと通る感じさえする。
「我が家の地下室です」
「ネロの……?」
(つまりマラレル本国じゃがな……)
「なぁネロ、早う街に帰りたいんじゃけど…子供たちに魔術の基礎をまだまだ教えんといかんし、それに畑やら何やら……」
「ホスロ、貴方には今三つの選択肢が残されています」
「俺の発言キャンセル止めへん?」
「まず一は、このまま地下室で私と一緒に過ごし続ける事」
「二は、アッディーン家(ホスロの実家)に戻って宮廷魔術師の試験を受け、共に色んな任務をこなし…ゆくゆくは公的に私と婚約する事」
「三は今ここで共に死ぬ事……ですかね」
「なるほど……実質一択じゃな………」
恐ろしい提案である。
が…それよりもホスロはこの友にどうしても聞きたい事があった、こんな凶行に及んだ理由を。
「……なんで君は……その、俺にこんなに執着するようになったん……昔はそんな事無かったじゃろ」
それもそのハズだろう、今まで友達同士仲良くやってきたのにいきなりコレ。流石に豹変し過ぎではないだろうか。
「昔は……そう……フフッ…"昔は"ですか」
「確かに昔は、幼き頃は貴方を尊敬しておりました…いえ、しかし尊敬なんてモノでは無い…………私の道標、天才、絶対に届かぬ目標………」
ネロは急に熱を込めて変な語彙で喋り出す。
「マラレル国内でも滅多に出ることが無い『能力の二つ持ち』……私では絶対に超えられない、超えてはならない壁であったのに……なのに……なのに…」
「貴方を倒したあの日のこと、鮮明に覚えております」
聞きながらホスロは胸がキュッと締め付けられる様な感覚になり、苦しくなる。なんだか自分が責められているミタイで辛い。
「あの日、あの時、とてつもない失望と罪悪感が私を襲いました……しかしながら…同時に達成感を覚えたのですよ」
「……何と言いますか……あれ程強くてカッコ良かった貴方を這いつくばらせるあの快感……」
すると急にネロは頬を赤らめて、恍惚とした表情でホスロを見つめている。いつもは凛々しい感じの黒髪を静かに溶き、武道着を雑に着た姿は少々怖かった。
目が獲物を捕らえた狐の様に細まっている。
「言葉では言い表せない感情を貴方に持っているのですよ、ホスロ」
「えぇ………そ、それは光栄です………」
ネロが自分に好意?を寄せる事になった原因を聞いて納得……は一切していないが、把握したホスロは、再び話を戻すと彼女の示した択について返した。
「ま、まぁとにかく……分かった、わかったわ、家に戻って魔術師の試験受けりゃええんじゃろ、開放してくれ」
「あら残念…その選択でしたか……」
「それしか無いがな……!!」
ゆくゆくは婚約、というのが非常〜に気になるが、それは一旦置いて会話を続ける。
「では麻痺魔法を解きましょうか」
ネロがパチンッと指を鳴らすとホスロの体は一気に軽くなった。
ただ、ネロは釘を差すような言い方で
「あぁ、くれぐれもあの街に戻るなんて無謀な事を考えない様に」
座標も、寝起きする場所も知っていますよ、と付け加える。
ただ反抗する様にホスロも丁寧に頼んだ。
「あのぉネロさん…手紙くらいは宜しいでしょうか………」
「………まぁ……少しくらいならば」
思わずガッツポーズを決めそうになったが踏みとどまる。
彼としてはせめて連絡だけでも、どうしてもしておきたかった。突如として街を出たとあれば皆に申し訳ない。
(教え子達やカンウさんも居るし……それに……いや、アイツは別に良いか…)
兎にも角にも、このおぞましい部屋から抜け出せただけでも幸運なのかも知れない。