第五十五話:再会の余韻
暗闇の林道。
ホスロは、先程再会した部下達と馬を並べている。
ラマ朝からの帰途であり、相当眠たいハズだが…嬉しさで、それも完全に吹き飛んだのだろう。
いつになく、表情が穏やかである。
「ゲルフ…主ら騎士団には……頭が上がらんわ…全く……」
「いえ、当然の事ですよ」
ちなみにヨナタンは空気を読んで、「主従水入らずで話されよ」、と。
加えて一足先に、マドラサ城に座するエレノアへ、アッディーン騎士団の来訪を伝えに走って行った。
真夜中だが、きっと勤勉家のエレノアは起きているに違いない。
そしてゲルフの方を向きながら、ホスロがしみじみとしていると、黒髪の少女が、同じくホロホロと涙を流しながら
「本当に…本当に、魔術師様が無事で良かったですッ……!」
「お前は何でうちの騎士団と一緒におるん…?」
そうだ、そもそも何故お前が我が部下達と共に居るのだ。とホスロは怪しげに、立派な白馬に跨るサイエンを見つめる。
(……もしな、もし、ネロとコイツがグルならば…)
と考えなかった訳では無い。
「……まま、ソレは後ほど……長くなりますので」
だが、返って来た言葉と…少女の表情は存外に重く、暗く……明らかに陰りが見えた。
何か言いづらい事があるように。
ソレをみると。
そうか、と 。疑っていた自分を少し恥じつつ、ホスロは明るく言う。
「いやはや、ソレにしても若様…仕事先で結婚しておられたとは…言って下されば良いモノを……」
「……いや、俺は断じて認めて無いけどな?」
ゲルフがまた、目頭を押さえながら言うので、ホスロはジト目で、口をフンッとさせながら否定する。
(そもそもあの契約は、俺がサイエンに負けた、村の中だけで効力を発揮する)
だから少年としては、こんな戦闘狂の小娘を嫁になど____
「えっ…魔術師様……まさか、他の女性に目移りを………?」
するとサイエンが途端に、紫がかった黒髪を震わせ、泣きそうな表情になり……
コレはいけないな、と横にいたゲルフが、エルフ特有の、長耳をプルルッと上下させながら、怒るようにして
「若様!…誇り高きアッディーン伯爵家の跡継ぎたるもの、伴侶様を蔑ろにするようでは……務まりませぬぞ!!」
「………」
(……)
何故俺が怒られるのだ、と、馬上、ホスロは呆然とする。
まさか……コイツら…本当にサイエンを俺の嫁だと…いや、そうだし、厳密には否定は出来ないのだが、俺自身はそこまで乗り気じゃない!
…と言えば、また怒られるのだろうからホスロは黙りこくる。
____
「……ギベリンに、ギベリン将軍に会いたい、少し…後ろまで下がるわ」
だんだんと、受け身になりながら会話に集中し、馬を操っていると…マドラサ城の、中央に建てられた防御塔が見えてきた。
目測だが、あと十数分程で門前まで辿り着けるだろう。
そのためホスロは、後方にいる兵達にも…特にギベリンという将軍に顔を見せようと決意したらしい。
「ははっ、将軍も喜びましょう」
だからと言って、隊列を乱すわけには行かぬ為、ホスロ自身、ウトウト…と目を半ば瞑りながら行軍している歩兵たちと逆走し、最後尾までカッポカッポ、と馬を走らせる。
__余談だが、故オドアケル、先程出て来たゲルフ、ギベリン。
この三人はアッディーン伯爵家の顔とも言える看板将軍達である。
それぞれ、その扱う武器や称号により、異名で呼ばれ、恐れられた。
征狼将軍オドアケル、奴隷将軍ゲルフ……
そして、ギベリンは『伯斧』と呼ばれている。
総合力ならばアッディーン騎士団団長であったオドアケルに劣っていたものの、火力と…純粋な戦闘力だけならば、彼よりも勝っていたのかも知れない。
『操狂』を用い常に冷静であり、伯嶺砕月斧と呼ばれる、アッディーン伯爵家に代々伝わる鋭利な斧槍を自由自在に…手脚の如く扱う。
__伯爵家にしては、良い家臣を持ち過ぎる…アッディーン伯の三狗…め…__
…と、その出自の卑しさと、仕える主の家格を馬鹿にする反面、ある種の羨ましさを込めて、『三狗』
先の三人はそう評されていた。
三狗の一人、『伯斧』ギベリンは難事に当たっても弱音を吐かず、ポツポツとこなす気持ちの良い漢である。現在最後尾にて、哨戒をしているのもソノ性格故だろう。
百三十歳と少しの、薄くひげを蓄えた、人間族と龍竜人族の混種。だが、レマナとは違い『人化』を常時発動せずとも、元々の姿が人間寄りのために外見に変わりがない。
ザッザッ、と遠方より、ホスロの生存と、肉声を確認しても気を緩ませず、疲労困憊の精鋭部隊を励ましながら歩行させている。
「ギベリン、ギベリンよ……!」
そして…前の方から団員達を押しのけ押しのけしつつ、自分の主が馬を駆ってやって来てから…男はようやく破顔し、多少速度を緩める。
「ホスロ様、ご無事な様で……なによりです」
「うむ、お前もな……まぁでもギベリンならば…マラレル兵に囲まれても切り裁いて抜けれそうじゃけどな」
と、肩を叩きながら、笑顔で、頼もしそうにホスロは言った。
「過大評価ですよ、ホスロ様…実際にここまで来る間、何度も死にかけましたので」
だが、そんな低く、指揮官向きの、良く通る声で発せられたギベリンの発言に、前を歩いていた騎士、伯爵家の騎士団員達からドッ!と笑い声が上がって
「ハッハッハ!ホスロ様、ギベリン将軍の言うことを信じなさるな!」
この方は……
「マラレルの一等宮廷魔術師と、一等騎士候補を同時に相手どられ…、ほぼ無傷で退けられましたぞ」
「さ、流石じゃなぁ……ギベリン」
「それは…相手が弱かっただけの事、もしホスロ様と対峙しておれば、私の胴から上に首は無かったでしょうな」
「ふんっ、お前は本当に……昔から過剰に俺を褒めたがる」
この男は、龍竜人族の性質上、寿命が長いため、ホスロの祖父の代から…三代に渡って仕えている老臣でもある。
『アッディーン一族は神の如き存在である』、と心から思っており、伯爵家の為に殉じるならば本望と…常日頃胸に刻んでいるのだ。
自然、ホスロを評する時は、初孫を見るように甘くなってしまう。
だが、当のホスロは…すぐに話題を変えたがった。むず痒い。
そして、カツカツ…と馬を寄せ、並走させながら、二呼吸ほど置いてから、切り出すようにして。
多少愉快な、与太話の様な感じを…露骨にも出しつつ、ホスロは配下の目を見て尋ねる。
「なぁギベリン、この先、公国はどうなると思う?」
ホスロは敢えて、「どうやって公国がここに建った事を知ったのだ」やら、「アッディーン城館襲撃後、領土はどうなったのか」、「そもそも、襲撃事件時に主らは何処にいたのだ」やらの暗い話を、本来ならば…真っ先に繰り出したかったろうに………
やはり、ゲルフやサイエンを前にした時と同じく振らなかった……が、詩を詠むようにして、悲壮感を一切出さずに…ふと少年は聞いてみたのだ。
「この先…ですか」
伯斧は、少し思案して、難しい顔をしながら、真面目にも
「無論…ホロロセルス様の御息女、エレノア様の下にて大いに繁栄し、そして……」
「そして、憎きマラレルを鶏の羽を毟るようにして打ち破り、公国の正義と聖なる名が天地を響かせましょう」
(やはり、真面目な顔で正論を言いやがるな)
と、今度は、あまりにもギベリンが堅いため、ホスロが苦い顔をする。
同時に、こんなボロボロになってもアッディーン一族の優秀さを信仰する部下が、少し可笑しかった。
「正義…か、だが、その正義を無視し…非情にも市民を殺しつつ公国を荒廃させたマラレルが栄えとるがな」
「えぇ」
「しかしホスロ様、ソレは一時の繁栄です、当方が正義を貫く限り、彼等の虚構の栄光も永くは保ちますまい」
(ほぅ……正義、正義か……)
と、考えてみる。正義、についてである。
そう言えば……自分が今から行おうとしている、市民、貴族への大課税には…その、"ギベリンの言う正義"が有るのかと。
山賊盗賊、傭兵の類いを扇動し、領民の不安を煽り、その上で…半ば脅すような形で金を徴収する。
察しの良い貴族が議場に来るならば、ホスロは更に…マムシのように忌み嫌われるだろう。
(じゃけど…エレノア様に反感が向かんのは、エエことかな)
それでもだ。やはり、これは…自分がコレから行なうであろう事は、正義なのだろうか。
(……あぁ、何を俺は…馬鹿な事をついつい考えてしまう……、正義じゃ、マラレルを打倒する…という正義の下に行うんじゃ)
邪悪なマラレルを打倒する、哀れで善なる公国。
だが、その善は、正義は、ホスロの独善なのかも知れない。少年自身も、本当は分かって居るのでは無いだろうか?
__きっと。いや、決まっている。
全く、ホスロは不幸な男だ。彼に降りかかる運命が、自然と彼を…こういう風に……独善的な行動を取らせざるを得ない風にしてしまったのだろうか。
少年はもし、普通の貴族に…そう、アッディーンの一族に生まれてさえ居なければ、幸せな人生を歩んだろう。
地頭自体は悪くなく、戦士としての才能もあり、精霊に愛され……
一介の精霊使いの騎士として、戦場を馳駆し……ぼちぼち戦闘能力はあるので、評価され、恩賞を貰うに違いあるまい。
戦争がない日は、家族に囲まれながら、ゆったりと……家で研究を行う。
休みの日は友と談笑し、国の未来を共に語り合い、穏やかな…マラレルの陽の光を浴びて、眠る。
そんな毎日を送れたハズだ。
だが、過去が、今が、少年の性格を捻じ曲げつつある。
「ギベリン、マラレルを打倒する為の計画は、どんな内容であれ、善いことだよな」
「ふむ……さぁ……それは、世間が…判断するモノですので」
ソコから先は、おそらく哲学的分野になるのだろう。と、ギベリンは苦しそうな顔をする。
流石にホスロも、コレ以上、このアッディーン家の宿将を虐める訳にも行かぬ為、後は軽く、話題を変えて、楽しい雑談を始めた。
彼等が引き続き目指す、高きマドラサの天守は、そろそろ…騎士団の目の前まで来ようとしている。




