第五十二話:火炎弩
鉄製の門を頂く大砦を抜けると、バァァ、と涼しい風がホスロの頬を撫で……ラマ朝の美しい風景が、大門を背景に、少年の眼に流れる。
草原が広がり、更に先には民家、商館が並んでいる。
「コレは……公国も、こうなるようにせんとな……」
言いつつ、ホスロはネロを先頭で歩かせ、ザクザク…と露が付着する青葉を踏みしめながら……
どんどん進んで行き、四人は看板が立ち並ぶ露天街まで進出し、歩く。どの店も軽い木の扉をつけており、外からでも中の様子が確認できた。
街を歩く人々の表情は明るく、目が澄んでいた。
「さて、ホスロ……武器が欲しいのですよね」
左右に目を向け、看板を流し見していると、ネロが急に寄ってきて、ホスロの腕に、自分の腕を絡ませる
「…寄んなや」
余程不愉快だったのだろう、ホスロは思いっきり眉を潜めると、小虫を潰すようにバンッと腕を払おうとするが
「あらホスロ、折角良い取引先を紹介してあげようとしていたのに……止めておきましょうか?」
「………」
すぐにネロの言葉を素直に聞き入れ、抵抗を止める。
不幸にも、腕は組まれた。
「ほぅ、殿下とネロ殿は仲が良いのだな」
「えぇ、昔からの友達ですので」
ホスロは、何も言わない。ネロだけが、楽しそうに少年を凝視し続けている。
なので、ホスロは「早うソコを紹介しろ」と小声でネロに耳打ちし、急がせる。
「全くもう、せっかちなんですから……」
ネロもネロで、この男に怒られては立ち行かなくなるので、渋々言うことを聞き、早足気味になった。
決まった行き先は『南ユグノ会社グラディウム』と書かれた看板が正面にドンと貼られた、立派な商館である。
彼等が歩いていた地点と元々近かったらしく、数分で到着した。
「ここは、マラレル教圏の国家、ユグノ伯国が管理する会社です」
「…ユグノ伯国、伯国、伯爵家か」
(ただの伯爵家ならば、俺の旧アッディーン伯爵家の方が上じゃろうな)
謎の対抗心を燃やしつつ、商館を見上げてみた。
白塗りのレンガの、マラレルらしい構造の館で、無駄な装飾が無くシンプルで良い。
「コレは堅物そうで…期待が出来るな」と入った。
そして内部は……随分と小綺麗である。
今はもう灰となって無くなったが、アッディーン城館よりも内装に金をかけているらしい。
床や壁は、魔木と呼ばれる、北の大陸(マラレル地方よりも、更に北部)でしか採れぬ『凍雷木』に、魔力を抽出した液状の物体、『魔液』で薄くコーティングした、非常に高価な木材がふんだんに使われており、更に客人が目にするであろう所々に黄金造りの奇妙な像が置かれている。
何も無いキャンパスに、ドンッ!と黄色の名画が置かれているような、シンプルな内装に、ホスロは
(ダンテ屋敷と比べると……センスは…中々)と気に入ったらしい。尤も、比較対象である、度々目にするダンテ屋敷の内装があまりにも芸術性の欠片もないのが原因だが。
「おやおや……ネロ様…お客様ですかな?」
ホスロが商館の芸術に目を奪われて居ると……奥から、清潔そうな耳長の老紳士が出て来た。
黒髪混じりの白髪の、少し戦傷も目立つ。
「えぇ…アッディ__」
ネロが手を広げて紹介しようとするが
「要塞都市マドラサの領主、アッディーン公女エレノアの家臣、ホスロ・アッディーンと申します」
(あら…ホスロ……随分と格好を付けたがりますね)
「おい殿下、まだ公国の名は出さぬ方が……」
ヨナタンがホスロの自己紹介を見て、軽薄である、と心配そうにする。
すると、老紳士は上品に……ホッホッホ、と笑いつつ
「ご安心くだされ、ホスロ将軍のお連れの方」
「我らラマ朝の商人衆は、売る相手の出自には頓着が有りません…ただ、公正な取引を求めるのみです」
金となるならば、傭兵にさえ無償で兵器を貸し出す様な気風。公国、マラレルの敵国であるから…と不売するような事は無いらしい。
コレも、ラマ朝の初代の功績だろう。彼の自由な気質は、ラマ朝下の商人衆にまで及び、末永く、今日まで続いているのだ。
「おや…後ろのお方、よく見ればダンテ閣下まで……お久しぶりです」
老紳士はホスロの後ろに隠れていたダンテも見つけると、親しげに声を掛ける。
「うむ、丁度一年ぶりか、ラノア卿よ……お父上は未だにご壮健で有られるか?」
(結構な歳に見えるけど…お父さん居るんじゃな……)
ダンテの発言を聞き、ビックリしながらホスロは、ラノアと呼ばれた老紳士を再度見てみる…やはり、耳が異様に長い……エルフかな
「はい、ソレはもう…今年で丁度、二百二十歳になります」
「そうか…ならば、卿も中々伯爵位が継げなくて悔しかろう」
クックック、とダンテがフランクに…だが、傍から見れば意地悪そうに言ったが、ラノア、と呼ばれた老紳士は
「いえ…私のような庸愚には…子爵位でも…勿体のう御座います」
とやけに遠慮気味になる。
「まぁ、ダンテ、そのへんにしんちゃい」
旧交を温めるのは良いが、流石に商談をしたい。と、ホスロがつまらなさそうに口をツーンとさせるので、ラノアとダンテはハッとして、笑いながら
「これはこれは…失礼致しました、ホスロ将軍……では」
と老紳士は言うと、自身はくるりと反転し、ホスロ達を誘うように手をゆったりと広げ、応接間まで一行を案内する。
それにしても、立派な商館だけあって、見ていて飽きない。
(掃除が行き届いた館だなぁ)、と館内を巡りつつ思ったりもした。
「ラノア…卿……とお呼びしても?」
そして、歩きつつ、ホスロは老人に話しかける。
「えぇ、勿論で御座います」
「卿の…この館は、父君から受け継がれたのか?」
一応官位(爵位)はホスロの方が上(マラレル、アヴェルナ両教圏含む国際法では、一度授けられた爵位の永続性が認められる為、ホスロがマラレルから追放されようとも、一応アッディーン伯爵家のままである)
なので、会話中、ホスロから話し掛ける時の言い方は軽い。
「いえ、最初は小さな館でした」
ソレを、彼一代でここまで大きくしたらしい。
南ユグノ会社と称してラマ朝で店を開いたものの、最初は中々…良い取引先を探すのに苦労したそうだ。
だが、彼の真面目さと堅実さが次第に評価されていき「ユグノ伯が主を務める南マラレル会社は、誠実かつ良心的である」と宗教問わず評判になって行ったそうな。
(ほぅ…なら、中々ネロも良い物件を紹介してくれたな)
と、思わずホスロはネロを振り返り、この時だけは感謝した。
この時代、商談というのは大抵…館に大体置いてある応接間にて行われる。
南ユグノ会社も、その例に漏れないようである。
__ユグノの伝統的な応接間、ソレは同時にラノア卿の真面目さも際立たせるようで…大きな木の円卓が置かれ、商品がその奥に並べられているのみである。
ユグノ伯国は質実剛健を美徳としている為、必要以上に物品を置かぬのだ。
「ささ、ホスロ将軍…では、早速」
「はい」
早速、とラノアは応接間にホスロ達を入れると、自分自身は奥へと引っ込んで行き…ガラガラ……と何やら大きな鉄製の武器を引いてきた。
(……うむ?…あぁ、バリスタか)
暗くて赤いカーテンを抜け、ラノアが引きてきたモノ……
そう、少年の眼に写ったのは巨大なバリスタであった。
「……コレは…大弩か」
鉄製のクロスボウを五倍程に巨大化させたような見た目で、その巨体を支え、移動をスムーズにするために、車輪を下部に取り付けてある。
魔力を込めた場合の最大射程距離は六百メートルにもなり、魔術が発達した今でも、「魔力消費無しで遠距離攻撃出来る物理技」として、城攻めなどで用いられている。
「いえ、ホスロ将軍……ただのバリスタでは有りませんよ」
ラノアは、あまりホスロの目が動かなかったのを見計らい、何やら説明をしようとする。
が
「……殿下、見てみろ、固有能力が練り込まれている」
ラノアが言うよりも先に、ヨナタンがバリスタの発射部分や、矢を番える時に回す取っ手付近を指さしながら、言い当てた。
「御名答、流石は騎士様」
また、ラノアは上機嫌で
「そうです、大矢を射出する箇所には『練爆』の固有能力が編まれた魔法陣が刻まれており、次の矢を装填する時に回す歯車の部分には『旋回』の普遍魔法が付与され、規定の箇所に矢を置くだけで、単体で装填、発射が可能な自動兵器となっております」
自信満々に言い放った。
同時に、今度こそホスロの瞳が輝く。
「威力は…?威力は、どれくらいなん?」
「十本程まとめて括り、『反魔法結界』でコーティングした魔木の丸太を、全て貫き、内部から焼き払い、粉にする程です」
(…!…これは……俺の『突火槍』よりも強いかも知れんな)
武者震いさえ、ブルッと起こる。
コレを戦場に並べるだけで、ようは一等宮廷魔術師レベルの爆撃を、魔力消耗無しで無制限に撃てるのだ。
心が躍らずには居られないだろう。
「名を『火炎弩と言い、西方諸国がこぞって競争している型の、最新番です』」
「先に述べた威力に加え、矢が滑走する箇所にも固有能力『操迅』を"刻んでいる"為、有効射程も従来のバリスタの二倍、一キロメートル程は優に超えましょう」
「買おう」
そのままの勢いで、ホスロはそう叫ぶ。
(射程距離も、俺のどの技よりも長い…買うしか無いじゃろう)
だが、ヨナタンが不安そうな眼差しで
「まて殿下、金額も聞かずに……」
「公国は未だ、正式な貨幣が決まっておりますまい、銀百三十キロを用意して頂ければ、この兵器はホスロ将軍の物となりましょう」
現在の公国に残る銀は…マラレル貨幣を溶かして再鋳造すれば、百六十キロは有るに違いあるまい。
更に金貨、金も多少はあるので、ソレで代用も出来よう。
「うむ、大丈夫じゃ、買おう、買った」
「殿下……勝手には無理だ、先ずはエレノア様に……」
「もし、この機会を逃せば、他国が買いましょうな」
ラノアは、そう意地悪そうに、悩ませるようにヨナタンに笑いかける。
「そもそも、この『火炎弩』自体、生産性の悪さ故…帝国含む、西方諸国の軍事同盟を以てしても、未だ四機しか出回っておりません、その内二機をマラレル王リュクリーク様が、一機を、ニクスキオン朝皇帝ゴッドフリー様が、そして…コレだけが唯一残って居るのです」
ホスロも、ヨナタンも生唾を飲んだ。
大国の王が、揃って買って居るのだ…やはり、性能は確からしい。
「ホスロ殿…買うべきだな」
「買わなければ、後で損するタイプだぞ」とダンテも腕を組みながら言ってくる。
そして、銀百三十キロ以上の価値が、この兵器には有ると主張する。
「ラノア卿……後払いとかって…出来ますか?」
ホスロはキュッと顔をくしゃくしゃにしながら、苦しそうに言う。この時期に、大きな買い物はよした方が良い…というのは、課税の推進者だけに、身にしみて分かる。
「えぇ、買って頂けるのでアレば…前金は要りますがね」
どうやらホスロは、なるべく公国の財を使いたく無いらしく、自費でどうにかするようだ。
一応、ホスロの私財を…所持している、剣や鎧、宝物まで売り捌き、かき集めれば、なんとか銀十五キロは揃えられよう。
ソレに加え……
「これで、二キロ分程度には…ならんかな?」
ホスロは、懐からゴソゴソ…と大きめな本を取り出す。
『魔術教典』と書かれた本を。
どうやら以前、マドラサを落とした時に、真っ先に訪れた『宝物庫』から、一番高価そうだったのでかっぱらって来た物らしく、調べた所……制限なく、古今東西の魔法に関して載っている魔本なのだと。
魔法使いにとっては垂涎の的らしい事も、知っている。
金属のカバーで固められ、開くとギギギ…と重い音がし、マラレル語で書かれている。
そのため……宝物庫からこっそりと取った時から、コレだけは後で魔術家や、ソレこそレマナとかに売ろうかなと考えていたらしい。
「こ、これは……!」
すると、ラノアのみならず、ネロや…ずっと息を潜めて、ダンテの背後を警戒するように、ピッタリと付いていた左衛門尉までも、離れ、目を開き、ホスロが手にする本に釘付けとなる。
「え……そんな、驚くモンなんか…?」
「ホスロ将軍…まさか、原本ですか?開いても宜しいでしょうか」
ラノアは取り乱したように、急に真っ白な手袋を嵌め、ホスロから恐る恐る……丁寧に本を受け取るとパカリ…と開いて、ペラ…ペラ…、と軽くページを捲ってゆく。
「ほぅ……いやはや、本当に……この本を下さるのですか?」
「えぇ、金の代わりになるならば」
ラノアはソレを聞き、老人ながらも少しジャンプし、多少声を上げて狂喜すると
「ならば、更にもう一機火炎弩をお付け致しましょう!」
と、先の四機しか生産されていないと言うフラグを悪びれる…というか忘れたようにして、また奥からガラガラとバリスタを取ってきて、ホスロの前に結構雑に置いた挙げ句
「もう、何でも好きな商品を……今当店にある物ならば、なんなら全部取って行っても良いですよ」
貴族らしい口調も砕ける程、うっとり…と魔本を見つめるラノア。
「え、あ……ダ…ダンテ殿、『魔術教典』ってそんな凄いモノなんか?」
あまりの老紳士の豹変ぶりに、逆にホスロは恐ろしくなり、焦りながらダンテ達を振り返って尋ねる。
「……ふむ!…いや…俺も……初めて見たな…聖地ホルセリアに眠るとされる…初代勇者の親友、魔法使いゲラマドが所持していたとされる二つの魔本の内の……一冊だ」
魔本の複製や、偽物は作れないらしい。
書いた本人による複製は可能だが、当人以外が似た本を書き、他人に見せようとすると、燃えて消えてしまう。故に独自性が確保され、希少度が跳ね上がるのだ。
そして、その魔本に付与された契約効果は個人間どころでなく、世界に及ぶ。
「魔本の内容は、そのセイでほぼほぼ、口伝でしか伝わらぬ……いや、ホスロ殿、本当に良いのか?」
(俺は別にエエけど…占い師さんが……読みたかったのに…!とか言い出さんかな……)
ふと、彼女の顔を思い浮かべてみる。
きっと、あの綺麗な銀髪を揺らし、垂れた瞳を更に垂らせるか、上げるかして…怒るし…悲しむだろうなぁ…としみじみと考えてみた。
が
「まぁ、どうせそんなモンあるとか占い師さんも知らんじゃろ、エエわエエわ!」
「それよりラノア卿よ、本当に全部取って行って良いんですよね?」
「ははっ…当然です、ホスロ将軍」
「なら、ついでにココと公国とを繋ぐポータルを設置する権利も下さらんか?」
ラノアは、「何を今更、良い良い」と口には出さぬが、行動で示した。
胸ポケットから館のポータルの魔法陣が書かれた紙をホスロにすぐさま手渡す。
「どうぞ」
「…おう」
(まさか…こんな形で武器を仕入れれるとはなぁ……それも、南ユグノ会社管理下の、最新鋭のを)
ホスロは改めて、自分の豪運に感謝した。
最新鋭…か、確かにな、そうだ……最新鋭の装備と交換出来るのであれば……『魔術教典』が、何だ。
大事なのは、今に、そしてこれから先に生まれる有用な技術では無いか。
「では、ラノア卿よ……この店に置いてある兵器の全てを…どうしようか、一度適当な宿を探して運んで……公国に送ろうかな」
「殿下、ココと公国とをポータルで繋ぐのであれば、わざわざ宿に移動させる必要は無かろう」
ヨナタンが目を閉じながら言うと
「それも、そうか…」
「では卿よ、数日間商品を不売のまま置いて欲しい、後ほど回収しよう」
「はい、分かりました…私にとっては……この本だけで、この会社に…いえ、ユグノ伯国の全財産に匹敵するほどの価値を頂きましたので」
老紳士は、任せて下さい…と南ユグノ会社グラディウムは契を守ります。
と、微笑みながら、ホスロに手を差し出し…握手した。だが、物理的な契約は結ばぬ。
なにせ、グラディウムは誠実さだけでここまで繁盛したのだ、もし破れば…契約した内容以上の信頼を失うであろう。
____最後まで丁寧に送られつつ、一行は意気揚々と社を出ると、今度は回復薬や馬、魔獣の類いを売っている業者を探そうとする。
魔術の発展により、昔のように『治癒』や『再生』の普遍魔法を一々唱えて回復する暇も無いほど戦場は激化している。
そのため、回復薬のような走りながらでも即座に飲める商品が飛ぶように売れている。
「……ネロ、この地域は…ラマ朝は、何の獣の産地なん」
「…残念ながら、馬も小竜も、ここでは育てられて居ません…土地柄が合わないのです」
竜が住むには寒すぎ、馬は元々育てる習慣が無いのだと。
「……なら動物は、ウキヨの国に期待するしかないか」
ホスロは、彼の国に詳しいであろうダンテを顧みながら言った。
「ふむ?」
「あぁ、ウキヨは馬の名産地だな…竜は知らんが」
だが、ダンテは、「別に今よく使われている、竜騎兵を編成せずとも」
「公国…マドラサは死鶏の名産地では無いか」
「いや、コカトリスて……名産地というか、勝手に生息しとるだけじゃがな…なんかアイツらに一度髪の毛を毟られたし……嫌な思い出しかない」
死鶏、蛇と鶏を混ぜたような、スラッとした胴体に、爛れた両翼と、目が赤い鶏の頭部を持つ魔獣である。
飛行速度は竜より劣る上に、陸上の移動速度は人間よりも少し早い程度。ただ、体力は無尽蔵に多い。
「んでもあの鳥、手懐けるのが大変じゃろ」
ホスロが指摘すると、ダンテはソレもそうだな、と黙る。が、ネロが横から
「ならば、我がラドリア家の商館へとお越し下さい」
「希釈回復薬や回復原液のみならず、一等治癒剤、獣薬まで置いていますよ」
「コカトリス程度の魔獣であれば、『獣薬』で服従させれましょう…何匹か確保すれば、後は檻にでも閉じ込めて、数を増やせば良いのでは」
「……獣薬で使役できたな……じゃけど、詐欺られたりせんよな、ちゃんと、適正価格で取引するんじゃろな?」
「当たり前ですよ、ホスロ、商売ごとですので」
(それもそうか…コイツは元来己の利益になることなら、追い求める商売人タイプじゃもんな)
と無表情にこの利益家を睨んだ。
ラマ朝のレンガ街を暫く一行は歩き、カラフルな家々がある地域まで進む。見るからに、ココにはマラレルの貴族達の小遣い稼ぎの会社が軒を連ねているようだ。
自国や、自領で余った果実、日用品等がポータルを経由し、新鮮なままで売られている。
そして…その中で、一際目立つ大きな家がある。
ラノアの屋敷よりは小さいが、どう見ても…小さな商館と呼ぶには相応しい程度であった。
館の主はネロらしい。
「さぁ、どうぞ、持ち主は私ですから…遠慮せずに」
商館の目の前まで来ると、不意にダンテが
「ホスロ殿、君の友人であるネロ殿が相手ならば…別に我らは必要ないな、ちょっと、左衛門尉と共に、ラマ朝にいる友人に会ってくる」
そして行こうとする。
「ま、待ってやダンテ殿……」
(逆にコイツが相手のほうが信用ならんわ!)
と叫びたい思いに駆られ、引き止めようとしたが……自制して、止めた。
「うん?どうしたホスロ殿」
「い、いや…また、帰る時に、中央に合った宿屋で会おうや」
「ふむ、確かにな…ならば明日の正午、ソコで会おう」
(ダンデはあくまで、護衛目的や…俺のワガママで着いて来て貰っとる……無理は言えんわ)
だが、更に、今度はヨナタンまでも
「ほぅ、そう言うことならば、俺も遊びに行こうかな」
「いやお前は居ろよ…公国に関わる問題じゃで?」
「公国の為…か、そもそも俺は仕事中に勝手に呼び出された挙げ句、抵抗する間もなく連れてこられた訳だ、遊びに出るくらい良いでは無いか」
まるで「自分が正しい」とまっすぐな目をしながら言うものだから、思わずホスロは気圧された。
「ぐぬぬぉ……く、ま、まぁエエわ……」
そして、ビクリとしながら、ゆっくりと……もう一度、ネロの方に目を向ける。
彼女は武道着を少し着崩して、ホスロを、獲物を見る獣のように見定め、少し舌を出している。
(いや、大丈夫じゃ、契約では…"危害を加えん"、とあったがな)
ホスロは契りを信じ、中へと入って行った。
だが、心底怖そうに……『ラヴェンナ』をギュッと握りしめながら。




