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第四十二話:アンダードッグ化


ジルレド・アキナスは将であると同時に、戦士、そう。戦士であった。

『操毒』を仕込んだ弓矢での遠距離攻撃やら、その時々に対応する判断能力、適応力の高さ。

そして何より、彼のその代名詞ともなっている『操風』である。彼が持つからこそ、強い固有魔法という印象が広まったと言ってよい。


シモンが用いていた普遍魔法での単純な『風』とは異なり、数多の応用が可能である。

防御に徹すれば、あらゆる矢玉の方向をズラし、受け流す風の盾。攻撃に用いれば万物を切断する不可視の刃となる。

アッディーン家相伝の『操炎』と比べても見劣りしないドコロか、恐らく格のみで言うと軽く上だろう(尤も、強さは本人の技量で左右される)。


狭い石廊下の中で両者は向き合い……初手は、まず、ジルレドであった。

剣に普遍魔法での『風』を纏うと共に、己の体表全体を包むように『操風』を繰り出し、そのままホスロの方に押し出す。が、軽く避けられてしまった。


小手調べのような物だろう。


だが、小威力でも、技を放ったと言うのに全く微動だにしていない。ジルレド・アキナスの、その風貌。まるで山頂にゆっくりと佇み眠る精霊のよう。


カチリ……と、お返しとばかりにホスロも炎を纏った。


「……」


パンッ、と予備動作も、気配も一切見せずに、お互い無言で同時に、狭い石廊下を……疾走る!


そして、撃ち合い、ガガンっ、と火花を散らし、剣が交わされ、ギギギ……と押し合う。


初老ながら、パワーではジルレドの方が軽く上らしい。

基礎的な魔力での身体強化に加え、風で剣を前方に押している。

やはり交わしてきた剣の数が違うのであろう。

技量には差がある。


そのまま対応しようが無く、ギリギリ…と押し切られたホスロは、顔に多少切り傷をつけつつ


「……クソっ」


ギギギ……と更に下がりながら横に振り払い、今度はレマナの『怪火雫アヤカシズク』のような煮えたぎる火球を繰り出した。


「『炎月』」


近距離で敵わぬことは今の一連で明白、ならばこの狭く逃げ道のない廊下で焼き払う。風で防ごうにも受けきれんハズだ、と同時に高を括った。


だが、ジルレドは焦らず


「ふむ……良い技だのぅ……この齢で範囲攻撃型の魔法……やはり立派、立派…『装風アーマーウィンド』」


そのままブツブツ、と唱えると、ブワッと、瞬間、ホスロの炎月を包み込む様にして風の幕が全域に貼られ、ボンッと散乱するように散った炎月の火の粉が全て風の中で渦を巻き、発散し、吸収された。


「……単騎…勇敢にも…敬意を払おう、小僧よ」


するとジルレドは、もう遊びは終わりだ、と、背中に背負った大弓をひょいっと取り上げ、腰に巻いた矢筒から『操毒』付きの矢を一本取り出し、つがえ、キリキリ……ギリギリ……ギチチチ…と引き絞り、猟犬のような目をしてホスロを見つめる。


重厚感、威圧感、それが、風となり、気魄となり、石の廊下を泥のように這っていた。

ポタポタ…ホスロの額から、頬から、滝のように汗が滲み、垂れてゆく。


もし……もし、当たれば肉塊すら残らんだろう……と瞬時に分かった。


しかしながら、人間の感性とは不思議なモノで、恐怖でおののきつつも、ホスロの目に映るジルレドの姿はただ、美しかった。肩と弓は綺麗に十文字を描いており、ピシッと直立している。

少しの隙も油断も無い、完璧な射体。


矢には、そして……操風が付与され、大海を巻き上げるような暴風が、ゴウゴウ、と常に発生していた。


そして……暫くその姿勢のまま待つと、彼は、放った。


穿嵐アネモス


ドッ……と、空間が削れ、ホスロが纏っていた炎を、地雷原のように一定間隔で設置していた五本槍を…全てを消滅させ、貫く絶技。


ジルレドが編み出した穿嵐は……この世の法則をも捻じ曲げると言われる心力系統にも通じる。

才能を持って生まれた人間の限界値のような技。


「…ごっ……ごぼぉえぇ………」


ボタボタ……


対象の硬度を関係なく吹き飛ばす神の矢は、ホスロの右半身を、豆腐を落として潰してしまったかのように、グシャリ……と吹き飛ばした。


ボトン…、と残った部位が数メートル背後に落ちる。


「よく……耐えたのぅ」


それに、なんと右腕どころか、脇腹すら多少削れている。逆に命があった事を幸運と思うべきなのだろうか。


意外にも冷静に、ホスロは即座に『纏尽炎ホムラマトイ』を発動させ、応急措置を取った。


「まぁ…中々やるがな、びっくり……ゴホッ……したわ」


大量の血を全身から流しつつ、わざとらしく気丈に振る舞う。


一方のジルレドからは、憐れむような口調で


「……右腕が飛ばされ、辛かろう」


バランスも取れまい、とも。


だが、ソレに対する返事とばかりに、なんとホスロは吹き飛ばされた右腕を拾って掴んで持ち、炎を纏って全力投球した。


そして、投げられた腕は回転しながら空中で爆散し、辺り一面、煙が散らされる。


(ほぅ…まだまだ元気か………にしても、煙のぅ……まぁ風で払えば…よいわ)


当然、ジルレドは『操風』を媒介して風を放ち、羽虫を払うようにして、眼に蒸すようにして蔓延る煙を綺麗サッパリ飛ばす……そして………否、だが、視界が開けると不思議とホスロの姿は無かった。


恐るべき逃げ足よのぅ、と流石のジルレドすら呆れるくらいに目を見開く。


「逃げたか……臆病者めが」


だが、詰めが甘い。血痕まで消す余裕は作れなかったのだろうか、石の冷たい廊下の上には、点々と少年のモノと思われる破片と共に血が置かれていた。


当然、コツコツ、そのまま誘われるようにして血を辿るジルレド。


随分と……長い、何十メートルか小走りで行き、ようやくサラサラとした血痕が見えて来る……

が、不幸にもそれは途中で途切れた。


(……!…こんな廊下のど真ん中で途切れるハズは有るまい……ならば)


「上かッ!」


木材が十字に組まれ、最近補強したばかりの天井を見れば、足だけに魔法を纏い、ヤモリのように張り付いたホスロが自然落下の速度で左手に剣を持ち飛んでくる。


「くっ」


ガキンッ、と脳天から剣を向けられたジルレドは怯み、飛び退く。ドタタ……とバランスも崩れた。



それを見逃すほど、ホスロは甘くない……背後に設置されていた『操槍』が、初老の無防備な背中を襲った。


正確無比な槍はみぞおちの辺りまでズブッと刺さり、ジルレドの体内から血を吐き出させる事に成功する。


「………良い…良い」


(取った!)


そう、瀕死のホスロは確かに、確信する。

後は連続で切り込むだけ……そう、走ったが、ガキキンッと、思いっきり剣で殴られ、払われ、距離を取られた。


「グッハッハッハ……」


「ハッハッハハッハッハ!!!!」


「小僧、小僧、久しぶりだぞ!!」


「俺に、ジルレド・アキナスに……こんな深い…傷を付ける者などなぁ…何年振りかなぁ、そうそう、ゴッドフリー陛下ぶりだなぁ、やはり良いなぁ、血肉湧き上がる気分だのぅ!!」


バンッ、と膝を打ち、不気味にもニタァと初老は笑ってみせた。

そして、突如として彼は手に持っていた剣を折って捨て、鎧兜を脱ぎ捨て、拳に『操風』を纏っただけの状態となる。軽装であり、弾むようにして飛ぶ。


勢い、むぅんと雄叫びに似た叫び声を上げながら、隻腕の、よろめくホスロ目掛けて突進し、大木のような右腕で力一杯殴りつけた。当然、少年も仕込杖で受けるが、ガードしきれずズザザァ!と、更に更に、後方にふっ飛ばされる。


「なんつぅ…パワ……」


ごぅん、と今度は遠距離からジルレドが片手を振るうだけで、巨大な円環状の風の流れを伴った刃が発生し、容赦なくホスロを襲った。


避けようも無く、バリバリ……と真正面から不覚にも受けてしまう。


かなり、深い。恐らく右の肺まで食い込んだろう。


「……くそ…呼吸…………が…」


万策尽きた。もう、逃げの動作に移ったとしても追いつかれ、撲殺されるに相違あるまい。


すると、何かを恐れるように、キュイキュイと、懐から、自分の主人の苦戦をみかねて精霊レマロナが出てきて


「警告デス……ホスロノ残存魔力量……残リ三分ノ一ト少シ」


やけに機械的な声である。

それもそのはず、大抵、神に近い最上位の精霊でもない限り流暢に話す事など、何十年も共に過ごした精霊使いでも無ければ不可能。

ただ、数日でこれだけ精密な情報のやり取りができる者はそうそう居ない。


恐らく、きっと平和な世の中であれば、ホスロは精霊研究の第一人者として、一国で封土を貰い、安泰に人生を終えていたであろう。


ただ、報告を受けたとて事態が好転するわけではない。レマロナなりに考えたのだろうが、無意味である。


証拠に、目が、霞んでいる。

はぁ、はぁ、と自分の吐いた息しか脳に届かない。


(こんな……所で…)


思う。


(こんな……リュクリークにも及ばん一介の将軍に……やられるんか)


それでも、立ち上がる。グググ……と、血を吐き流し。


左手に持つラヴェンナに祈る。皮肉ではあるが、幼い頃より教えられたマラレルの神々に祈る。


(ライオリックや…リュクリークの……ように………心力系統までとは言わん……)


今、この瞬間、ジルレド・アキナスに勝つ為だけの力を、ホスロは欲した。


再度、ラヴェンナに。そして、父祖に。


父祖…そう、一応ホスロは勇者の末裔である。

窮地に陥るごとに強くなり、力を得る。もしホスロが初代勇者ホルセリア・サラーフ・アッディーンに足る器であれば……


「まだ……まだ、負けるわけ……ないじゃろうがぁ!!」


バチッ、と、脳内から足まで貫くように、ホスロに閃光が走った。


それはバリバリ……と体内だけでなく、体の外にも現れ、具現化し、彼の背中から歪な形の翼を生やせ、体を、溶解した犬のように醜くする。


過去、ジルレドが戦ってきた者達の中でも、こういった奴は居た。高貴な血筋であれば特段珍しくは無い、死に際、土壇場での固有魔法の取得。


「……土壇場で……だが、心力系統では無いか、所詮は…陛下の紛い物」


にしても『操天狗タナトス』か、良い固有魔法を得たな、とジルレドは朗らかに笑った。


あまり知られていない……というより、知る機会が無いのだが、基本的に…王族にしか三つ目以降の特殊魔法(心力系統、固有魔法を統括した言い方)は発現しない。

新たに能力を得る前に殺されたり、そもそも得られなかったりする中で、ホスロが『操天狗』を完全体として取得出来たことは幸運だろう。


ただ、少年の残念な所は、その保持する特殊魔法の三つ共が全て固有魔法な所である。才能の限界なのだろう。

その上、全てが単体性能だけで見ると、最上位層に二歩ほど及ばない。

きっと、そういう性なのだ。



操天狗タナトス


己の体を異形の化け物へと、発動中は、細胞丸ごと作り変える魔法。

爆発的な身体能力と、膨大な魔力を消費する回数制限付きの再生機能を得る代わりに、理性を削る。


固有魔法の源流、始祖の魔法の一種とされており、五代目勇者(二代目アッディーン公王)ホルスが保持し特に愛用していた能力の一つである。



ホスロの、少年の願い。速く。空を駆ける天使のように、地を馬の如く駆ける犬のように……速くなりたい。速く、速く、リュクリークの喉元に届くくらい速く……もう、誰も取り零さないように。


若き戦士の顔面は犬と混ざったようで、ただ、ただ、非常に醜い。なにせ、半面だけ爛れた狗である、それも口を大きくガパリ…と開き、目がギラギラと赤く光った。

それでいて、肩。肩甲骨の当たりからは黒黒と、しかしながら骨ばかり蠢き、露出した、腐った龍のような翼が生えていた。


おまけに貫くような獣臭を放っており、魔獣と言われても多分否定は出来ないだろう。

ソレは既に気品ある王族、戦士と言うよりは、まさしく醜く悍ましい悪魔の使いである。


「…………コレ……ダケ……、願ッテモカ」


(やはり……俺では…心力系統までは掴めんか…)


嗚呼…と、うねるように、悲しそうに鳴いた。


自分の才能の無さを、改めて突きつけられたようで悔しい。が、反してジルレドはホスロの姿を目視し、非常に喜びながら


「だがまぁ、小僧…やるのぅ、それでこそ将じゃ、将軍よ」


次の一撃で決めるべく、ギリギリ……と、されど無表情に拳に万力の力を入れる。居合のような構え。ホスロの狗になった頭ごと潰すのだろう。


蔓延る威圧感。


「参ル」


ホスロも、それを打ち消すべく構えた。


剣を真っ直線につきだし、待つ。奇しくも、ネロの父であり、ラヴェンナの仇であったアルブレッドと同じポーズである。


踏み込みで石屑を巻き上げながら、虚空を切り裂くようにして、双方ほぼ同時に駆け出す。自然、場数を踏んだジルレドの方が速い…


かに見えた。

ジルレドは、ここでも一つ誤算をしていたのである。


そう、『操天狗』は源流なのである。

あらゆる魔法の源流。中でも『速度系統の固有魔法』の源流、魔獣の如く空を駆けるべく生まれた、神に近づく為の、人間の魔法


狭い石廊下を、ホスロは風を超える速さで舞い、そして………万全な状態ならば、ホスロの新たな速度に対応していたかも知れない……が、音速に迫らん高速移動で、少年は、深々とその剣をジルレドの腹部に刺す。


「……」


逆に放とうとしていたジルレドの、『操風』を付与した拳は外れており、半ば、勝負は決まった。


もう、初老に動く気配はない。バタバタと最期まで足掻く…等といった年齢は過ぎ去ったのだろう。



「…ふむ………最期の、まぁ………助言……じゃ………」


ジルレドは諦めたように笑うと、ホスロのまっすぐな、それでいて深い眼を見て


「王たる者、迷うなよ」


迷ったからこそ、俺はこうなった、と言わんばかりにズシャ……と、鷹のような、青い光を含んだ隻眼の戦士は、ようやく膝を着いた。


「……他に、何か言うことはあるんか?」


ホスロも優しい目をしている。半面、獣目だが。

先の『穿嵐』で吹き飛ばされた右腕と脇腹は再生しており、なんとか大丈夫そうである。


「無い、強いて言うならば、陛下に申し訳ない……くらいだな」


そうか、と言ってホスロが介錯するよりも速く、ズバッと、思いっきりジルレドは自分の固有魔法『操風』で首を切断し、ゴロン……と武人らしく、綺麗な姿勢のまま転がった。


正門の方では未だに戦音、雄叫びが止んで居ない。

すぐにでも総大将を討ち取った事を知らせなければ、と、獣化を解きつつホスロは感慨に耽る暇も無く、駆けた。


左手に持つ初老の首は、限りなく冷たく冷静である。

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