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第四十一話:お互いの誤算

______


オアシス村最精鋭、病院騎士団団長のダンテ・メフメルは別に戦下手ではない、むしろ先祖代々からのメフメル家の戦法をよく学び納め、実行するだけの度胸と胆力を備えた勇将である。

では、マドラサ攻略を成す上で何故ダンテは二十にも満たぬ少年の案を容れたのだろうか。

これには両名が率いてきた公国軍、病院騎士団双方の致命的な欠陥に由来している。


まず、食糧が腰兵糧分(三日〜五日程度)しか無く、マドラサからオアシス村までの険しい山岳地帯を荷車が通れない…そのため継続的に陣を張ることが難しく(現に病院騎士団は簡易的な野戦陣地を敷いている)なるべく短期で落すことが重点となる。


その点、ホスロの…言わば正門を押しに押し、城兵が円環状の城壁の一点に極度に集中する間、背後から気付かれぬように単騎で侵入し敵の大将の首を取る、と言うのは確かに暴論と言われればそれまでだが、賭けとしては理想だろう。

ダンテがホスロに加担したのは、そうした自軍の体質から判断したものだ。


しかしながら、ホスロ案の一番の弱点であるのは、要塞都市マドラサを守護する将がそこいらの凡庸な有象無象でなく、諸家羨望の名将ジルレド・アキナスで有る事だ。


国内外にその名が知られ、二年程であるが、現マラレル王家、王家の霊剣筆頭『ライオリック・ノルマンド』の魔法指導者(魔法の基礎を教える先生の事)としても高名である。



そんな彼は、現在マドラサ城の石造りの大広間で、例の、副将兼参謀役のポジションであるマラレル騎士団員アウラング・ルノー、マラレル騎士ソルタナ・ラエリウス、他にも上記二名と共に出撃中、城の留守番として置いておいた辺境騎士(僻地の常駐の将に与えられる称号)ヴァレンシュタイン・ドール、他にも数々の顔相厳めしい騎士、魔法使いを呼び集め、着席させ自身の策を伝えた。


「恐らくだが、病院騎士団公国軍共に糧秣が足りぬだろうよ」


中央にドンッと位置する大机に貼られた地図をシブシブと見ながら言った。

考えても見よ、と更にこの初老の名将は少し涼しい石部屋で声を大きくし


「あんな険しい山脈を抜け、山賊に警戒しつつオアシス村からここまで、マトモに食糧を運び切れると思うか?」


だから奴らは電撃的に馬を飛ばしたのだ、と。

またまた続けて


「恐らくニクスキオン朝連合と、マラレル側の戦争が終結するまで……一番長かった第二次北征戦争でさえも、二年と少しで終いであった」


「此度は言っても、ニクスキオン朝本国の出兵が一万そこそこ、多分半月と持つまい」


半月、半月だぞ。

食糧武器共に豊富に有る、この要塞都市マドラサを短期で落とすなど五老杖や特等魔道士にでも匹敵する大魔法を連日行使せねば無理だ。


要するに、彼は籠城主義らしい。

一座、異論は無い。

ヴァレンシュタインに至っては、その大きな四角い顎からブラン…と立派に垂らしたヒゲを撫でながら


「うむ、うむ、将軍の意見で良いかと」


と尤もじゃ、と朗らかな表情を浮かべている。


ちなみに、このヴァレンシュタインはあまりにヒゲが立派なため、麾下の将兵から『髭さま、髭さま』と呼ばれ親しまれている。



マドラサ守備軍。

彼らは別に、公国連合軍を侮った訳では無かった。

よく彼我の戦力を認識し、恐らく最上手とも言うべき策を採った。



唯一、ただ唯一の誤算としては、アッディーン公国専属の研究者であり、大魔法使いゲラマドの弟子……レマナの存在を知らなかった事である。


石部屋の中の軍議中、突如として正門付近が騒がしくなる。


どうやら城下に屯していた、八百五十程に増えた公国オアシス村の連合軍が、急遽、兵達に休憩もさせず即日で、真正面から弩やら魔法を放ってきているでは無いか。

バリスタや投石機等の攻城兵器も持たず、反魔法結界が張られている正門を愚直にも堂々突破するのだろうか。


「……捨て置けい」


そう、普段のジルレドならば、そう割り切っていた、わざわざ城中の兵士たちを全面に集中させなくとも、表の兵達だけで対処出来ると……それに、もし正面の敵が囮であれば予備を残しておくのが賢明…と、その良く切れる頭で考えていたハズだ。


だが、つい先程の渡河作戦で、見事にも真正面から突破され、撃って出ざるを得なくなった上に良将を一人失った。その経験が、数時間前の後悔が、ジルレドのその練達された頭脳を襲い、長時間支配していたのだ。


「ジルレド様、如何なされますかな?」


ヴァレンシュタインが、また顎ヒゲをしゃくりながら聞く。

きっと、シモンが…シモン・フォルクスがいれば冷静に進言していたに相違ないだろう。


『わざわざ正面に全兵力を向かわせるまでも無いでしょう』


と、くるくるとステッキを回し、鉄仮面を愉快そうに被って。だが、彼は既に土中である。




「……城内の…騎士、魔法師のみならず、動ける者は全て正門に集中させろ、二度と……」


二度、同じ手が通用すると思うなよ、とジルレドは苦苦しく言い切った。


するとアウラングがその身を案じて


「ジルレド殿、貴殿は総大将の身、ここに残って下さい」


「……何を言う」


「もし流れ矢が当たれば如何される、軽挙はなりませんぞ」


だが、アウラングが腰を折るようにして何度も頼み入るので。


「ふむ……確かに…のぅ」


一応のためだ、アウラングのみならず、ソルタナも加勢し、深刻な表情で言うものだから、ジルレドはウムと頷き、諸将達が次々と部屋から出てゆくのを黙って座り続け、見届けた。


(……城攻めをするには守備兵の十倍の兵力は要る…流石に落ちまい)


そして、フラリと天井を見上げてみる。一面、灰色であった。


つまらん、ならば横を見ようか。

おや、石窓が有るでは無いか、石窓から外を見れば、負傷兵を担いだ病院騎士団が縦横無尽に平原を翔けている。

マドラサ守備軍の弩部隊は精強で有名、運が悪かったのぅと思わず敵ではあるが憐れんだ。


そして、切り替え、また、考える。


(オアシス村の病院騎士団ならば…恐らくメフメル一族が率いて居るのだろう……アレだけ兵法に通じた一族だ、何故このように真正面から城を攻める?)


何故だろう。向こうも無謀であるとは分かっているハズ。

分からぬ、故にわだかまりは消えない。


(わざわざ、"反魔法結界アンチマジック"がある正面から突入してきた理由……いや、裏からは鳥でもない限り浮遊しながら城壁を崩す程の大魔法など………いや、流石に、居るはず無いが…一応な)


名将は、つい席を立ち、左右の兵士に


「少し存念がある、裏門を見てくるわい」


「お供致します」


「いんや、良い、それよりも……一応お前たちも前線に行きなさい、ジルレドに護衛など不要」


ほれほれ、と手をパタパタと振って、追い払うようにして供回りまで送った後に、単騎、ジルレドはゆっくりと腰を上げた。


裏を見てくる。この忘れっぽい人の様な行為に、ひどく男は自分自身に疑問を抱く。


(俺も老いたかな…こんな、家の戸締まりが心配になる気分で)


そう、高過ぎて到達することすら厳しい裏側から回り込み、尚且つ堅牢な二重にも積まれた石壁を破壊できる者など、特等魔道士級ですらも怪しいのに。


__________



ホスロとダンテの会談後、公国軍残存兵力約四十はマドラサ城下で病院騎士団と合流した。

そして、時を移さず、要人達が会するとホスロから直々に、ダンテとの間で旧サーラタナ朝領土が村の直轄になる事と、城攻めを手伝うという内容が交わされ、更にエレノアが合意した事を告げられた。


ヨナタン等はあからさまに嫌な顔をし、ダンテを睨みつけ、オルレアンに至っては


「エレノア様を唆し……騙し……我ら公国兵が血肉を削って得た地を掠め取ろうと言うのかッ盗人めが!!」


と、なんとダンテ相手に先程の渡河作戦で既に満身創痍だと言うのに、槍を片手で抱いて切り込む。


顔相はエレノアの権利を侵された事に対する焦りと怒りで発狂寸前であり、目が血走っていた。


ホスロ一同がアッと声をかける暇もない程の速度。


だが、ダンテ側も先に紹介した左衛門尉さえもんのじょうがガキンッとオルレアンの重厚な公槍を、なんと片刃で柄が木製の短剣で受け流し、無言で押し合いを始める。


ダンテには指一本触れさせぬ…そんな気魄と共に、その東国の人らしい長く細い眼で、オルレアンを睨み据える。


「……左衛門尉、々、まぁ…刀を仕舞え」


左衛門尉々と二度呼び、そしてオルレアンの方を見て、ダンテ。虎狼の騎士団長は


「オルレアン公叔…貴方も槍を下ろし給え」


「……」


「どうせ協力せざるを得んのだ」


「ホスロ殿……こんな奴らと協力など__」


オルレアンが再び烈火の如く目を怒らせると、ダンテはソレに油を注ぐように


「おやおや、お忘れかな………そう、今頃エレノア様はオアシス村の紅茶でも飲んで居られるでしょうな」


当然、オアシスの民衆……特に長老達は勇者信仰、勇者の血族を大切にする事は分かりきっている。

ただ、彼らは同時に政治家…所詮は官吏であった。


エレノアの実質的な生殺与奪権を握っているのは、他でもない病院騎士団。

流石のオルレアンでも理解し、槍を納めようで


「ご理解頂けたようで、何より」


一連が終わると、ホスロは空かさず


「なら、もう早う攻めようや、時間が……何より食糧が尽きるわ」


「兵が強行軍で疲れている、また後日」


ダンテが、ここは一時解散、また明朝陣を整えて行こうでは無いか、と鬱陶しそうに言うが


「そりゃ相手も同じじゃ、何より、兎に角早く」


ホスロは恐れたのだ、否、知らなかったと言っても良い。マドラサ側が本国に救援を呼びにくい上に、近隣の同盟国からの徴兵すら厳しい事を。


ダンテもソレを聞くと、アッと驚いた風で


「まぁ……確かに本国からの援軍…か、ニクスキオン朝連合の対処で向かわせられる数は限られると思うが……確かにな、早いに越した事はない」


ワープでも使われたら困ると合点する。


ポンッと手を叩くと、くるりと背を向け、そうと決まればすぐに布陣よ、と言い矢継ぎ早に指示を出してゆく。


「ダンテ殿、再度言っておく、俺が背後から回った事がバレんように、必ず正門を押せよ?」


「あぁ」


ダンテは心から気だるげな声で返事をすると、右隣をズシンズシンと歩く牛頭の大男やあたりを駆け回る伝令将校と話し始めた。


「俺らも……公国軍の担当は、右翼の先頭じゃ、ヨナタンら、頼むで」


「任せろ殿下、それより頑張るのはお前の方だぞ」


マドラサ城の支柱である、ジルレド・アキナスの首さえ取れれば勝てるのだ。

とヨナタンは単眼を細めつつ、言った。


「あぁ……必ず」


そして、続けて付近にいたレマナにも近寄り


「占い師さん、アンタを城の裏側まで運ぶ……そんで」


「分かってるよホス君や、穴を開ければ良いんだろう?」


「うむ、音を立てんようにな」



______________


確かに、ジルレド、ホスロ両者共に相手の実情を把握しきれて居なかったのは事実である。

が、勝利の女神はどうやらホスロに味方した。幸福の数は、初老の名将よりも、圧倒的にホスロの方に多い。

マラレル本国からの援軍が来るかも知れないという恐るべき不安の塊が、結果として即日速攻の電撃的な作戦へと昇華したのである。


ジルレドはマドラサ城の城壁を渡り、廊下をカツカツと歩きつつ、魔力探知で敵兵が居ないか探っている。内心またもや馬鹿馬鹿しいと感じながら。


同時間、ホスロも彼と同様魔力探知を行っていた。レマナに裏門の穴を開けて貰い、侵入し、すれ違う守備兵達を隠密に殺しつつ、バレないように進んでいる。


ここでも少年の方が一枚上手のようで。

ホスロの魔力探知は彼が飼っている精霊『レマロナ』を媒介して行っているらしく、範囲も広い。


故に、当然、先に見つけたのは、ホスロの方であった。

後方から爆音が鳴り響く中、悠々と城の裏側を見回っていたジルレドの魔力レーダーに、突如として生体反応が食い込んでくる。既に間合いは殆ど無い。


そして、一瞬、遅れた。


壁沿いにタッタッタ、と泳ぐように走り、足のみ『操炎』で強化し、駆けたホスロのロングソードの先端が、ズブッと、石廊下を曲がろうとしたジルレドの脇腹に食い込み、5センチ程入る。


「……小僧」


ガッ、と、だが、ジルレドは一切動揺せずに一瞥し、ホスロを蹴飛ばすと、そのまま即座に足を掴んでブウんと一回転、空中で回すとガツンッと壁に叩きつけた。


「グッ……」


「どこから入ったのやら……ほぅ、単独か」


「大人数で来たらバレるけんなぁ……まさかアンタが自ら見回りしょおったとはな」


話しつつ、ジルレドは『操風』を纏った。

ライオリック・ノルマンドと同じ系統の固有魔法。


「ガッハッハ、小僧……俺を倒せると思っているのか、この」


ライオリック殿下の魔法顧問であった、俺に。

と、ジルレドは名乗る。まるで自分に語り聞かせるように。


きっと、同じ固有魔法であるから、勤勉なライオリックの事だ、自ら志願して師事したに相違ない。


「なら、アンタを殺せばライオリック打倒に一歩近づくっちゅう訳じゃな」


マラレルに『魔法の師は我が全技なり』という言葉がある。魔法の基礎を教えて貰った者は、その師匠とほぼ同じ攻撃パターンになる事が大半である。


ホスロが『ライオリック打倒に近づく』、と言ったのはソレ故だろう。


「アッディーン公国守護者、ホスロ・サラーフ・アッディーン」


ホスロも堂々と名乗る。

戦士達は、お互いに剣を握った。


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