第四十話:虎狼の騎士団長
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マドラサ城の双塔から見下ろすジルレド達と相反するが如く、オアシス村の病院騎士団団長、ダンテは馬上より呆然とマドラサ城を見上げていた。
彼は数刻前、村長エラルドより、公国軍の攻略作戦を手伝えと命令を受け、日中全速力で馬を飛ばし、鞭を振り上げつつ騎士団総勢二千名の内八百を率いて電雷の如き速さで駆けつけ囲んだ。
ダンテ・メフメル、古の勇者の右腕、戦士長メフメルの直系であり、代々オアシス村の剣として騎士団の長を務めてきた一族の現当主である。
軍を率いる騎士団長にしては非常に若い。恐らく二十を少し過ぎたくらいだろうか。
真っ黒い髪を長くブラン…と垂らし、オルレアンみたくポニーテールの様にして束ねている。
顔面は、幼い頃にかかった熱病により片目が病んだ…故に金色の眼帯を掛けている。ただ完全に片目盲と言うわけでも無いらしく、霞んでは見えるとのこと。
男ではあるが、異常な程に目鼻が整い、キリッとした眉。まるでシモン・フォルクスを彷彿とさせる様な美男。武人というよりは、知的で、詩人や、音楽の道を極めてそうな見た目をしている。
しかし、そんな見た目とは反してその精神は勇猛果敢であり、戦になれば虎狼の如く歯をむき出し、敵を乱雑に撫で斬る。そのため部下の騎士やオアシス村の民衆達からは、からかい半分で「美纏狼」と呼ばれている。
視点は移り、ホスロ一行。
ジルレド達のマドラサ城包囲突破が終わると、戦音が無くなるのを確かめてから、「そろそろ落ち着いたか」と言いつつ、ホスロ、アステルド、アーディルの三人はマドラサ城壁下に粗末な野営陣地を構築中の病院騎士団の群れに近付いて行った。
先程とは違い、馬にどっしりと跨り、今度は速度を落としつつ、なるべく公国軍らしく正々堂々と、病院騎士が両側に剣や槍を持ちながら屯する簡易道を歩きつつ…大声で
「俺の名はホスロじゃ、ホスロ・アッディーン、公国軍の物見…」
「物見は止めておけ青二才、なんか印象が雑魚そうになる」
とても王族には見えぬ乱雑さに、思わずアステルドはヒヤリとしつつ、コソッとアドバイスした。
だが、ホスロは言い直したものの、また大声で
「コホンッ、公国軍の…えっと……総大将じゃ、取り敢えず騎士団長殿とお話したい、何処へ居られる!!」
余りにも声がデカかった為、四方八方に響き、キイィインと魔太鼓やら魔鐘(音を増幅する普遍魔法が編み込まれた鐘)に反響した。
「……これはこれは、元気なお客様だな」
すると、そんな珍客に堪りかね、奥の天幕から将軍らしき、豪華な服を着た人が歩いてきたでは無いか。歩く姿勢は綺麗で、それでいて優雅。
「病院騎士団団長、ダンテ・メフメル、オアシス村、村長エラルドの命により参った」
先程、マドラサ城の双塔を残念そうに見上げていた男である。
ただ、やはり、ジルレド達に包囲を突破されたせいだろうか、美男子の印象に似合わず少しピリピリした雰囲気であった。
勿論顔には出していないが。
そして、そんな若団長に対し、ホスロは見るなり軽く会釈をして
「そうか、ダンテ殿ね………ならダンテ殿、ダンテ殿、ちょっと話したいんじゃけど、エエよな」
いきなりで申し訳ないが、と一応は前置きした。
取り敢えず村が何故援軍を寄越したのか、その真意を得るべくホスロは提案する。
ダンテも
「勿論、当方こそ説明せねばならんからな」
双方の意見が符合し、直ちに軽い対談の席が魔法でセッティングされてゆく。
急ごしらえの為、『石』の普遍魔法で円卓とイスを作った質素な場所となったが。
形式も(アヴェルナの)国際法に則りアーディルは外で待機、一応総大将のホスロと、その護衛のアステルドが同じく円卓に座って村の諸将と対面する。
「…この軍は…エレノア様が?」
対面早々、雑談も無しに単刀直入、されどホスロは恐る恐る聞いてみた。もしかすれば、エレノアが心配のあまり無茶を言って寄越したのでは無いかと
だが、騎士団長は頭を振った。
違うらしい
「いや、そうでは無い、『オアシス村』村長エラルド殿…もとい村長達の判断だ」
「……?」
ほぅ、粋なことをする、と言う意見よりも先にホスロはソレを聞いて心中疑問が湧き上がった。
(村へのメリットが無いじゃろうに……確かに公国の要人を匿うのは、まだ許されるじゃろうけど……軍まで出せば戦争になるぞ)
オアシス村が、到底マラレルに適うとは思えんと続けて内心呟きつつ、不思議な顔になりながら、ホスロは
「公国の為にマラレルとやり合うつもりなんか……軍を出すっちゅう事は」
オアシス村のこの判断………そして…なぁ、お前はどう思うとアステルドを振り返るが、グーグーと、この狐男は公王ホロロセルスから賜ったハズの剣を杖にして立ち寝していた。なんと役に立たん男だと一瞬殺意が湧く。
気を取り直して、再び、今度はニコニコと不敵な笑みを浮かべ、両手の上に顎を乗せながらコチラを見つめて来るダンテの方を向く。
合いの手を入れるが如く、彼は
「貴殿…ご存知無いか、現在ニクスキオン朝が…一万の大軍を率いてマラレルに侵攻予定だと言う事を」
意外な、されど驚くべき情報をサラリと澄まし顔で吐いてきた。
当然、ハツミミだと多少ホスロは驚き(一応ニクスキオン朝に関してはマラレルと何度も戦争をしている為、地理学に疎いホスロでも知っている)
「ほほぅ…いや、まぁ、いつも仲悪かったけんなぁ……そりゃエエ事じゃけど」
でも、だからってソレがオアシス村の軍派遣と何の関係があるのだ、とムムム…と難しげな顔と共に迫る。
するとダンテは察しが悪いなぁと言いたげなジャスチャーをしながら
「……ニクスキオン朝が侵攻すると言うことは、彼の国の同盟国である、マラレルの東に位置する帝国や、小王国の数々も呼応する」
簡単なマラレル包囲網が形成されるのだ、と付け加えた。
「そして、この時期にその様な国々と一緒に兵を出しておけば、後々たとえニクスキオン朝が敗れたとしてもオアシス村まで潰す兵員は残って居ないだろうし、ニクスキオン朝が勝てば、マラレル領地であるマドラサの攻略の手助けをしたとして媚を売れるでは無いか」
此度の出兵は村にとって大きなデメリットばかりでは無い、とダンテは恥ずかしげも無く、断定した。
その上
「加えて村にとってのメリットはな、もしマドラサ攻略が終われば……ここの以南」
地図をバサッと広げて、マドラサ平原から更に川を隔てた南側の所領を指差し
「旧サーラタナ朝領地は当方が貰い受ける」
(…勝手に何を言いやがる、狐めが)
「……それ…エレノア様に…公国の後継者に許可をとっての事か!」
自然、ホスロは円卓をバンッと叩き、立ち上がり怒号する…が、ソレをまたまたダンテはニヤニヤしながら
「勿論、勿論、今頃ホスロ殿達は苦戦されておるでしょうなぁ、援軍をやらねば全滅は必至、と説いたら承諾なされたぞ」
「……チッ」
僅か十数の少女を精神的に脅すとは、こ奴らは蛮族か何かだろうとホスロは、この裁断家は苦苦しく断言する。
その上、なんだ、サーラタナ朝領土以外の、マドラサ平原やら都市マドラサは好き放題に治められよと偉そうに言うではないか。
その言い方にホスロはついカッとなって
「…………別にアンタらに手を貸されんでも、俺等だけでマドラサくらい落とせるわ、君らがエレノア様と交わしたとか言う約束は無しにして貰いたい」
「ほほぅ、既に公国軍兵数は初戦にて三十余名となったとの報告が来ているが、それは嘘か?」
「ぐぬっ……いやぁ……」
なんでそんな詳細を知っとるんじゃっ、と不気味に思ったが、認めたくないが、話せば話して行くウチに……確かに……ダンテに理がある。
いやはや、全く……それにしても、なんと利に聡い村なのだろうか。
いや、これくらい狐の如く狡猾であらねば偽政者は務まらんのだろう、とホスロはイライラしながら自己完結する。
「じゃけど、城攻略作戦は俺の案で行かせて貰いたい、ほら、どうせエレノア様から聞いとるじゃろ」
例の、村の会議室で村長達の眼前で、自分が智者の如く語った、レマナの魔法で壁を崩し、裏からホスロが単身突入して敵将の首を分捕る作戦である。
ダンテも人伝に聞いているハズだ。
「まぁ…良かろう」
別に彼も、小僧の作戦自体に不満はないらしい。
そして、続けて騎士団長は自身の後ろに控える牛頭の偉丈夫と、東洋風の笠に、黒い陣羽織、それに真っ白な袴の上に軽い鎧を纏った娘をそれぞれ省みて優しく聞いてやった。
「タウルスと左衛門尉も、それで大丈夫かな」
両名、円卓の背後の地面に片膝をつき、コクリと頷く
「……サエモンノ……ジョウ…?」
娘の方の名を聞き、特殊な姿を見て、妙な名前じゃなぁ、とホスロは目を見開く。
珍奇な名前であった為、一瞬怒りを忘れた程である。
「ああ、サエモンノジョウ、いや、コレは名前でなく東の国の役職…官位だな……我ら…そう、騎士で言う所の」
相当するかは置いておくが、単純な上下関係のみで言うとマラレルの一等騎士候補の下位くらいらしい。
「なぜ官位で呼ぶんじゃ、名前で呼べばええがな」
「ソレがな、こいつ、口が聞けぬのだ、それに両親が名をつける前に死んでな、仕方なく官名で呼んでいるのだよ」
いや、口が聞けぬというのが、言語が通じぬ訳ではないとダンテは前置きして
「生まれつきの病らしい……」
東国鎧の娘……左衛門尉は生粋の病院騎士団育ちでは無い。
娘はここより遥か東に位置する島国『ウキヨ』で生まれた。両親は幼い頃に他界し、故に衣食住を得る為ダイミョウの小姓となり、槍働き一本のみで従五位下、左衛門尉と呼ばれる官位まで得た生え抜きの武人である。
そんな娘が何故ダンテの家臣…病院騎士団所属となっているか。
「アレはな、二年くらい前の事だ」
「オアシス村の正式な使者として『ウキヨ』という遥か東の島国に行った時のこと」。とダンテは始めた。
反してホスロは(『ウキヨ』とは初めて聞くなぁ……それに東の国とまで村は友好なんか……)と、初めてづくしの言葉に翻弄されつつも、憎たらしい面の騎士団長の雑談に聞き入る。
ダンテが言うには、村とウキヨでは、昔から親交の証として二年おきにお互いの名産品を交換する事が条約として交わされており、その契機が近づいた為、供物を船に乗せ、大海をゴウゴウと渡り、随員と供に、挨拶のため将軍に見えた時だったそうな
謁見は毎度、サカイ城というウキヨの国の大城で行われるらしく、その日は……と言うか毎度村からの使節がやって来る日は、ウキヨが……自国がいかに強大かを示す為だろうか、謁見の間に行くまでの木造りの廊下を渡る時左右に余りにも強そうな武人達が居並び、眼光鋭く睨みつけてくるものだから、ダンテは思わず皮肉を込めてわざとらしくビクビクしながら
「いやはや、"城内の"将軍様のご家来衆はどれも粒揃いですなぁ…わざわざこの日の為に廊下に侍らせて居られる訳でも無いでしょうに………羨ましい、こんなに沢山いるならば一人頂きたい程です」
と、冗談半分で言った所、案内役の治部大輔という外交担当の役職の者が不器用にもソレを本気と受け取り、ダンテの言葉をそのまま将軍に上奏した。
当然、ダンテは頭を垂れつつ「処罰は免れんな」と思っていたが…意外にも将軍は怒るどころか、「名産品の礼じゃ、家老級の者は駄目じゃが、それ以外ならば一人連れて行けいッ」と逆にダンテのふてぶてしさを気に入ったらしく、今に至る。
改めて、ダンテの後ろに侍る娘は二十手前ながらも、恐らく自分とアステルドが束になってかかっても倒しきれなさそうな、そんなオーラを放っていた。
一部の隙どころか、全身に鋭気を鋭く滾らせ、コチラが下手な動きをすれば即座に首をかかれるであろう。
「ちなみにな、この娘、俺より強いぞ」
ホスロがマジマジと娘を見つめた為であろう、ダンテは自慢げに……だがほんの少し恥ずかしそうにも言う。
すると娘は当たり前だとでも言わんばかりに懐中から紙を取り出し、コレまた何処にきれいに隠していたのか、小さな墨入りの瓢箪と筆を取り出し、サラサラと書く。
「『当然です、ダンテ様ごとき雑兵に遅れをとっていれば』」
また紙を取り出して、書き
「『武士を名乗れませぬ』」
ドヤッと、胸を張ってドヤ顔を作った。
「ほら、中々辛辣だろ」
くぅぅ、と泣きそうになりながらダンテは小娘を紹介し切る。
(まるでウチのオルレアンじゃな……)
対面が終わり、ダンテは…この腹黒で虎狼のような騎士団長確かに心底憎たらしいヤツだが、不憫という点に於いては理解し合えそうだなぁ、と後ろで居眠りを続けるアステルドを見つつ、ホスロはそう思った。