第三話:とんでもねぇ街
ネロがいきなり家庭訪問した後、ホスロは徹底的に家の浄化を進めて行った。いっそのこと引っ越してしまおうかとも思ったがカンウの家の近くを離れたら尚更ヤバくなりそうで怖かった。
なにせあの老人、とんでもなく強い。
元マラレル王家直属の『マラレル騎士団』に所属していただけはある。あの年(恐らく六十過ぎくらい)になっても街の近くに降り立った中型の竜くらいならば単独で撃破出来る。
宮廷魔術師よりもちょっと弱いくらい(結構ピンキリではある)のホスロが小型の竜に大いに苦戦するので、老人の強さが如何ほどのモノかよく分かるだろう。
とにかく。
「ネロ……一体どうしてしもうたんじゃろ……」
ホスロは急なネロの豹変具合にビックリしてしまっていた。まさか家を特定して乗り込んで来るとは。
(真面目なヤツじゃけんなぁ……きっと俺を連れ戻さないとって言う使命感で一杯なんかなぁ……)
申し訳ない役目をさせてしまっているのだろう。だが……
「スマン、俺は戻れん」
流石にプライドがある。
とまぁ、ホスロはそう言いつつ、また別に憂鬱な気分になって来る。明日はカンウの娘が帰ってくるらしいからだ。
名前をサイエンと言い、武勇に優れ、父親譲りの頑固さがある烈女。ホスロはこの女性が苦手であった。
ネロを思い出してしまうからなのかも知れない。
祖父であるカンウとも互角に戦い、多分自分が戦ったら普通に負ける様な雰囲気さえある。ただ……
性格がとてつもなく温和なのがどうもやりにくかった。
この強さで自己中心的な人であればスパッと嫌いになれたのだが、どうして中々嫌いにもなれない。
明日、明日か……
今日は本当に色々なことがあったなぁ、と振り返る。
ほぼネロに関する事だが。
半日中家に粉を振り続けたので腰も痛い。
もう、アイツが来ませんように。
そう念じながらホスロは最後の魔法封じの粉の瓶を開けると、天井裏にまで振りまいた。
そして……疲れ切った体躯を布団に投げ出して、そのまま一夜を越した。
_________
翌朝、カンウの老人が言っていた様にサイエンは帰ってきていた。街の中心にある小ぢんまりとした広場にワラワラと人が群れているのが確認できる。恐らく、あの中に居るのだろう。
「サイエン、土産話でも聞かせてくれよ!」
「なぁ姉ちゃん、後で手合わせせぇへん?」
「あ、あ、、う……あの、あ、分かったので、ちょっ、通して……」
ホスロも近づいてみると、アワアワと混乱している金色の鎧に身を包んだ騎士が視界に入ってくる。
どうやら人が多すぎて困っているらしい。
流石に助け舟を出してやった。ザッザッザと人溜まりに接近して、少し大きく通る声で。
「みんな、皆、まぁまぁ離れんちゃい、サイエンが困っとるわ」
すると先程までギュウギュウだった人混みが多少緩和される。同時にサイエンがそんな自分に気づいたミタイだ。
「あ、魔術師樣、あ、その、あ、有難う…御座います」
「人気者も大変じゃなぁ……」
すると、彼女は直ちに人の渋滞から脱出し、ホスロと向き合った。
「爺さんには会ったんか?心配しとったで」
「そんな事よりも魔術師樣」
ホスロはカンウの老人に会うように勧めたが、彼女は意にも返さぬ如き表情で
「その…やりましょう、決闘」
何故か恥じらう様な顔で話しかけて来る。
「あ……ん?!、いや順序おかしいわ…」
「なんで帰って来て早々決闘になんねん……」
そう、ホスロがこの女性を苦手だと思う原因の大体はコレだ。毎度の様に会っては決闘を申し込んでくる。
というか、この街の住人は強い相手と思えば師事するか殴り合うかの何れかを選択するのだ。
(戦闘民族じゃがな……)
カンウやこの女の様な化け物がいるせいで、ソレを目指す住人が多いのだろう。多分感覚がバグってる。
「おぉー!魔術師殿とサイエンの一騎打ちか」
「先生、頑張って下さい!!」
「気張れよサイエン〜」
「ちょいちょい、いや待ってや……いや、え、さっきサイエン帰ってきたばっかで……なんで君らも興奮しとるん?」
メチャクチャ自然な流れで決闘の準備は整った。
サイエンもうきうきで決闘用の結界を張り巡らしている。
「やっぱ出ていこうかな…………この街」
ホスロは徐々に完成されてゆく結界を眺めつつ、そう決意し始めた。