第三十七話:道化師の遺灰
「良き…勝負であった」
オルレアンは滑らかな、その特徴的な茶髪をすっとかき上げ、一面…水が蒸発し切って石だらけの川底に立ちながら、道化師と向き合っている。
シモン・フォルクスは既に原型を留めぬ程に黒く炭化しており、辛うじて四肢が残っているだけ。顔も多少は、未だに溶けては居ないが。
(……あぁ、イサベル……私は…)
シモンは静かに独白する。
結局、結局……何物にも成れなかった、と。
姉上のような死神にも、幼き頃…憧れていた五老杖にも、君の…君を守る盾にも……
何が
(何が…一等宮廷魔術師だ、格だけ、称号だけ)
そして内心、自分をコレでもかと卑下する。
陛下から大層な名を賜ったクセして、なんだこのザマは、これでも将か、王の刃かと。
ひどく、冷静に、シモンは…この批評家は自分を見下し、己の余りの不甲斐なさに絶望した。
__だが、最期だけは。せめて、最期くらい
あの子を笑わせる為に道化師と成った。
病の身の、あの子が心から笑えるように、もう、引き攣った笑みをしなくて済むように。
私の手品を見て、涙を流して大笑いしてくれた……あの子の為だった。
一緒に食事をした、一緒に夜空を眺めた、一緒に……あぁ…共に過ごした日々が、もう、良いと言っているのに、脳内で自然と走馬灯のように流れ続ける。
(そうだな…私は、最初から………そう、そうだよイサベル…最期まで)
「オルレ…アン公叔…ッ……シモンの゛………いえ゛…"死神の"ショー…ばッ………どうでしたかな?」
崩れかかる体を無理に動かし、燃えカスとなりもう無いハズの帽子にクルリと手を回し、同時にステッキを軽く持つ素振りを見せ、道化師はその"見た目通り"丁重に、そして戯ける様にお辞儀をした。
「無論、腹いっぱいッ、久々に……楽しかったぞ!!」
オルレアンはハッハッハ、と元気よく、口を大きく開けて笑うと、「さらば好敵手、その腕、ローズバリア閣下にも引けを取らんだろう」と過度に労う。
ソレを聞けなかったか、聞き届けたのかは知らぬ。
無慈悲にもシモンの体は炭となり、灰となり、上品にパラパラと舞い、落ちた。
…コロン……と、唯一金属製の時計を遺して。
『シモン様、コレ……"たんじょうびプレゼント"です、西の国々では良く送るんですって!』
『なんと……大切にしますね…イサベル____』
そう、少女との思い出の品を。
本来なら爆炎槍で焼けてしまうであろう強度。魔力を込めた手で握れば曲がってしまうくらいの脆さ。
故に、ずっと、コレの為だけに小さな結界を張り続けたのだろう。
「……この時計は…?」
オルレアンはふと、水が無いお陰で、キラキラと光る時計を見て気付き、シモンであったモノに近寄り、カチリ…と拾い上げる。
そのままパカッと開き、見てみると
『御身体を大事になさって下さい』
と魔法で刻まれた金属文字が埋め込まれていた。震えた字で……手が麻痺していたのだろうか。
「……あの、そう、シモン殿の御家族だろうな………後ほど…否、この場所に」
オルレアンは自分が傷だらけで、息も絶え絶えなクセをして、力を振り絞って土を掘る。当然、素手である。
公槍はなによりも、義理を好む。幼い頃から、せめて騎士らしく振る舞おうと。
ザクッ…ザクッ……と。血が噴き出つつ、掘る。
ある程度、十センチくらいだろうか。
掘り終えると、胸の前で縦字を切りながら、ストンッと金属製の時計を埋め、見つからぬ様に土までかけた。
「オルレアンッ、オルレアンッ、無事か!」
すると、ドッドッドッ、と背後から馬が走ってくる音が近づいてくる。
それも、数匹。何故か心底安心する音である。
見れば、やはりホスロやアステルド達であった。
皆手柄と言わんばかりに、殺した相手の杖やら剣を馬に、正確には鞍の下部辺りに括り付けている。
(全く……若人達…いや、アステルドさんは違いますけど……)
重くなって、戦闘中に不便だろうに、と思わず笑ってしまう。
どれだけ己の戦果を誇示したいのだ、と呆れもした。
「オルレアンも誰か名のある魔道士でも討ち取ったか?」
アステルドが血で汚れたロングソードを肩にズッシリと乗せ、狐らしい毛並みをワサワサと振るい立てて、少年のように目を輝かせながら聞いてくる。
一瞬、一瞬。
オルレアンはシモンの金属時計を埋めた方向を見た。まだ、土が新しい。
「えぇ…勿論です、その腕…いえ、精神、ローズバリア閣下やマラレルの特等魔道士にも引けを取らないでしょうね」
あまり過大評価をしないオルレアンがそう言い放った為に、当然、人狐騎士は驚き
「ほほぅ!名は何と申した」
「シモ……いえ、死神様です、気高き、芯が通った」
「あの…お前が討ち取る、と豪語していた魔道士殿か」
更に二人の後ろにヒョッコリと隠れていたヨナタンがいきなり、まるで畳み掛けるように聞いてきた。
「さぁ、どうでしょうね」
皆オルレアンの回答に不思議な表情をしたものの、それ以上は追求せず、こうしては居られんと、傷の回復や負傷兵の手当をするべく直に動き始めた。
だが、諸将の動きと反して、公槍は暫くの間、シモンの金時計が有る方を向き頭を垂れ…淋しげな表情で密かにアヴェルナ式の祈りを捧げた。
その魂が安らぐようにと。




