第三十四話:踊る脳筋侵攻軍
ザッザッザッ、ズリズリ……リリ……
遥か上を見れば、高山に少しばかり雪が被さっている。雪は白く、そして限りなくキラキラと反射し、輝いている。風が冷たい。フゥゥと吹けば両頬に爽やかな風が流れ、去ってゆく。
断続的に、微かな粉雪が舞っている。
「見んちゃい、ラヴェンナ、雪じゃ」
杖を…杖を翳してみる。この時ばかりは無機質な杖が、ほんの少し暖かい感じがした。
所で、会議の場から丁度一日が過ぎ、数十を超える人の群れは既に雪山の中である。
それも、ただの凡夫では無い。各々が一騎当千、公国の勇者であった。
雪を蹴散らし、液状に土と混ぜさせながら進んでいる。
「ホスロ殿、ホスロ殿、道は合っているんですか?少し、蛇行している様に見受けられるが」
茶髪の、少しばかり背の高い女騎士、オルレアンが傷だらけの顔に、厳しい鉄兜を被り、白馬に乗り軍列の真ん中からトットット、とホスロに近付いて来た。
無論、ホスロも馬上である。自然と二人は雪道の上で並走する。
「うむ、うむ、多分…合っとると思うで………多分な」
少年は何度も地図を広げ、特定の場所をグググ…と見つめながら、軍の先頭を行っている。
「不安ですねぇ……」
オルレアンはマドラサに着く前に、道に迷って寒さと餓えで全滅するのでは、と更に顔を青くし
「はぁ…本当に王族の方なんですか、地図もマトモに読めないなんて……」
「な…な……だって、誰も読めんがな!!」
仕方なく俺が案内役をせざるを得んのだ、と少年は弁明…半ば事実ではあるが、を言う。
アステルドとヨナタンは当然の事、アーディルに統率を任せればまだまだ不安だし、レマナは意外と方向音痴である。
何故公国の騎士やら魔道士に教養のある軍師役が居ないのだ、とホスロは思わず嘆いた。
「というか、アンタに至っては文字すら読めて……」
「………それは…八の歳で初陣で……それからというもの、ずっと…勉学に励む時間など取れませんでした」
「ほぅ、アッディーン公国は、幼女ですら戦場に狩り出しとったんか」
すると、オルレアンはアワアワ、と両手を振って祖国の為に否定し
「いえいえ、私の父が…厳格な方でしてね」
「「公国の槍となるならば、常に励め、敵を殺せ、枯れぬ生き槍として王に仕えよ」と、それはもう……」
「ほぅ、ほぅ……」
今は深くは聞かない事にしたらしい、それきり、ホスロは暫く沈黙した。あまり感じの良い話では無さそうだし。
また今度、ゆっくり忙しく無くなってから聞こうと。
馬上の者はヨナタン、アステルド、ホスロ、オルレアン、アーディル、そして隊長格の兵士のみである。後の四十騎程は皆徒士。レマナはずっと魔法で多少地面から浮きながらここまで移動して来た。
公女兼、半ば公国の纏め役のエレノアは軍事訓練を積んで居ないため危険であるとし、連れては行かなかった。
当然、本人は何としてでも行きたい、と言い張ったが。
「……では、少し隊列が乱れてもいけませんし、一度後方まで下がりますね」
「すまんな」
今、総勢六十三名は深い雪山の中。ここを抜けて、川を越えれば要塞都市マドラサが見えてくるハズである。
兎に角安全に、行方不明者が出ぬように、ホスロ達は細心の注意を払いつつ行軍している。
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「ヨナタン、スマヌが…そろそろ河川が見えてくるハズだ、今少し…俺の部隊を預ける」
場所は同じ時の後方、黒狐の騎士、アステルドがヨナタンに何やら頼み事をしていた。
「何処へ」
「なに、偵察よ、アーディル殿やレマナ殿のお守りも任せぞ」
アステルドは更に振り返りつつ言った。最後尾に彼等二人が並走している。アーディルは『操電』で、レマナは普遍魔法の『糸』に更に魔力を流した魔力糸で、背後を取られても察知出来る様に哨戒中である。
「では、先頭を行くあの青二才に、一応申し出てから出るとしようか」
言うなり馬を降りて、アステルドはビュッーんと物凄い速度で地面を蹴り上げ、砂塵を、雪を巻き上げ、流れ星の如くキレイな軌道を描きつつ、突っ走った。
「青二才、青二才!」
青二才は先頭に居るのだよな、と途中で騎馬兵達に確認しながら。
「アステルドさん、隊列を離れないでッ」
途中真ん中辺ですれ違ったオルレアンが注意したが
「言うな、言うな、偵察だ」
とそのまま行く。
先では、相変わらずホスロが難しい顔で馬を進めていたが、突如。横に人狐が現れて、馬の両前足を上げ、驚く。
「おぉッ、は……アステルドか、何かあったん」
「うむ、もう少しすれば、平原に出るだろう、だから偵察にでもな」
ソレを聞き、ホスロは更に難しい顔をして
「将軍級が単独でか…俺も行く」
と、何と下馬し、すぐ後ろに着いてきていた隊長格の魔術師に手綱を渡すと
「進軍を頼む」
と行ったきり、黒狐と共に先に駆けて行ってしまった。森の中では馬より走った方が速いのだと。
小身者の辛い所だろう。これが、何百と騎士兵達を従える大国レベルの総大将なら部下に頼み、それで良かった。
だがホスロ達は何より人材が少ない。
自分自身で危険な任務をしなければならず、時に田舎役者の様な立ち回りが必要であった。
ザッザッ、と二人は全力で森を走り抜けてゆく。
アステルドは存外優しく、敢えてペースを落として走っているらしく、ホスロでも難なく着いて行けた。
平原に流れる川まで二人は見に行く予定である。
マドラサ川、都市マドラサと、旧サーラタナ朝(アヴェルナ教圏国家であり、二十年程前に滅亡、尚その後の土地は手つかずとなっている)との間に流れている川で、ここで両国は国境を分断していた。
タッタッタ、と横木に手をつき越え、葉を払い除け、切り開きながら進んでいる。
二十四、五分程無言で駆け続ければ…見えてきた。
五千程の兵士ならば余裕を持って収容出来るほどに開けた緑地である。
随分と開けており、その先には代名詞、マドラサ川が走っていた。
同時に二人の眼に恐ろしい人影が見える。
なんと、マドラサ川のさらなる対岸に、三百メートルくらい先だろう。
強固な防御陣地を敷いた三十名程の魔術師と、五十を超えるであろう兵士が群れを成しているではないか。
遠目ではっきりとはしないが、皆マラレル王家の騎士服を纏っている気がする。
「ッ…バレん様に森を抜けたんじゃけどなぁ……流石に、探知結界くらいは敷いとったか」
「戻るぞ青二才、一度、どうするか話し合おう」
流石は公国で数年騎士業をしていただけはある、アステルドは判断が早かった。
「その青二才って呼び方止めん…?」
だが、その会話は途中で遮られる。
「……伏せろッホスロ!!」
バシュッ、何処となく矢が二人の頭上を飛んだ。
岩を貫かん程の勢いと、掠っただけでも致命傷になりそうな気迫に、思わずホスロは目を丸くする。
馬に乗っていたなら恐らく避けきれずぶっ刺さっていただろう、と少し身震いもした。
「どこから…対岸から見えん距離__」
「ハッハッハ、よぅ避けたのう、天晴天晴!!」
見れば、猛牛に乗った、厳しい上裸の騎士?が供回りも付けず二人の二十メートル程横の方を闊歩していた。
広大な青空の下、清々しい程の格好である。何故気付け無かったのだろうか。
当然、ホスロ、そしてアステルドの両名は何も言わずそれぞれ剣を構える。
アステルドに至っては何やらワサワサ…と毛を逆立てている。
「操毒付きの矢じゃ、当たれば死んどったぞお前達」
(アンタが飛ばしたんだろ…)
と内心突っ込むが、魔獣に乗り、男はずっと陽気な口調で
「二人共、それなりの身分の騎士とお見受け致す、前哨戦で大将同士が本気で撃ち合っても敵わんな……では」
初老である。白髭で、片目の。
髪は無く丸く剃っている、体の何処の部位を見ても無駄な贅肉が無く、武人の鑑の様な身体だ。
そして、そのまま去って行こうとするのを、アステルドが大声で止めようとして
「貴公、撃ち逃げ男め、名を申せ、また戦場で会おう!」
「グハッ、聞いて驚くなよ……俺こそ」
このマドラサの城主、ジルレド・アキナスじゃ、と言って好漢は嵐の様に過ぎ去った。