第二話:八割不法侵入
「……ネロのやつ…どうせ親父やお袋に言われて来たんじゃろなぁ………」
ホスロは槍の上にあぐらを掻きながら空を飛んでいる。
涼しい風が前方からピューと吹きつけ、前髪がパサパサと揺れてしまう。
それにしても…あの武道服に真っ直ぐな黒髪
(変わってないなぁ……)
少しだけ、ほんの少しだけ懐かしい匂いが肺を貫いて行った。
だが___
「なんか…怖かったなぁ……」
急にブツブツ「解釈違い」だかなんだか言っていたのが気に掛かった……が、忘れよう。
ホスロはそのまま飛び続けて一旦自宅へと戻った。
彼の自宅は街の隅っこ、街の守備兵であるカンウの家の目前に位置している。
別に大層な家ではない。魔術師様、先生、と慕われていると言っても一町民。これくらいの家が精一杯だろう。
尖った茅葺き屋根に木でできた土台。ふっつうの家。
シュタッと大槍から飛び降りると、井戸から水を汲んでいたカンウが話しかけて来た。
「おぉ魔術師殿、どうであったご客人は」
「あぁ……まぁ、その……いや、人違いだったみたいじゃわ」
「そうか…遠路はるばるお越しくださったろうに…可哀想にのぅ………」
カンウは眉を落とすと、また井戸水汲みの作業に戻りつつ呟く様に
「そう言えば魔術師殿…儂の孫を貰う話___」
「じゃあなカンウさん」
あの老人は合う度にあの話をしてくるのだ。全く面倒くさい。
(それに俺はそもそもまだ十七だぞ……)
頭をポリポリと掻きながら自宅のドアへと向かう。
ジャリジャリ、ジャリ……ピタッ。
そしてドアノブに手をかけた瞬間。何か変な感じがした。
「……なんで……なんで魔力が…あるん?」
何故かドアの向こう側にとてつもない量の魔力が感じられた。
(俺の魔力探知の勘も鈍って来たなぁ……)
残念、と思いながらガチャリと開ける。すると……入った瞬間、ホスロの目がとてつもなく大きく丸くなった。
「はっ…?ん………、えッ!?」
家の中に居たのは……他でもない。ネロだった。
「あらホスロ…中々いい家に住んでますねぇ……」
「あぁ…ん……?」
何故こいつがいるのか、てか何故俺の操槍より早く家の中に居るのか。
限りなく怖かった。
数秒間ホスロはネロと目を合わせると、とんでもない速さで振り返って家から逃げようとした。
「カンウさん!誰かっ_」
そして助けを求めようとした、が。ネロに瞬時に距離を詰められて手で口を塞がれる。
「そんなに家から出たいのですねぇホスロ、ならそのままマラレルに帰りましょう!」
「む゛む゛む゛!!!!」
そのまま耳元で何か囁く。
「本当に良かったぁ、貴方が突如として逃げ出した日からずぅぅっと魔力の残りを追い続けて来た」
「ニヶ月前、ここを特定した時は天にも昇る思いでしたよ」
「む゛?」
(ニヶ月前…?、……ということは…コイツ……結構前からこの場所を知ってたのか)
「バレにくい天井裏にポータルを設置して夜な夜な……」
ダッダッダッ……バーン
と会話の途中で急にドアが開かれる。
「魔術師殿、大丈夫か!」
直ちにホスロの拘束は解かれて自由となった。
「カンウさん……」
目をウルウルさせてホスロは老人に感謝を伝える。
そして
「この女にさっき連れて行かれそうに……」
言いかけたが、ネロの姿はすでに無くなっていた。
「魔術師殿……その…大丈夫か……?」
「えっ、あっ……さっきまで……」
「全く……人騒がせな方じゃわい」
家は嫌という程静かになっている。
(怪談かよ……!?)
「……まぁ良いわい、とにかくもう儂は出るぞ」
「そうそう、明日は孫が一週間ぶりに帰ってくる、会ってやってくれ」
そう言い残してトコトコと出ていった。
更に家は静かになる。心無しかカタカタと食器も揺れている気がする。
「…………」
「……す、住めるかぁぁぁ!こんな家!!」
その後ホスロが家中に魔法封じの粉(ポータル等の設置式の魔法を無効化する粉)を振りまくったのは言うまでもない。